白き時を越えて

蒼(あお)

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終章:終わりの前の静寂

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私はお休みをもらって、ある場所に来ていた。
……捜し物をする為だ。
もし回収されていたら困るな、と思っていたけど
それは“時丘 華菜の遺品”として保管されていた。

――時は近い。
見つかって、良かった。
これがなかったら、
あの人達の言うとおりに……
みんなを見捨てて、元の世界に帰るしかないもの。

私が別の私のように
柊さんを男性として好きになることはなかったけれど
それも仕方のないことだろう。

前の彼女のことをあんなに引きずっている人を
好きになれなんて言われたって無理だもの。

それが、“私”という存在だったとしてもだ。
それは他の人なのだ。

みんなは、
“柊さんは今の私を見てる”というけれど
私にはその気持ちは全く伝わってこない。

柊さんには悪いけれど、
肝心の私に伝わらない気持ちを
受け取ることなんて、私にはできないよ。



目当ての物が見つかった私は、
上機嫌で自分と綾の部屋に戻る途中だった。


交代の時間だったんだろう。
廊下で柊さんとばったりであった。
そういえば、居住区の入り口って付近って
そんなところだっけ。

「……こんにちは」
「………ああ」

この人はろくに挨拶も返せないのだ。
はっきり言って、私より暗い性格だと思う。

「すみません、お休みもらって」
「千春が戻ってきたから、問題ない」

……悪気はないんだろうけど、
それって、やっぱり私は頼りにならないって
意味……だよね。

悪気がないのは分かるから、
何も思わないけれど。
実際、私は無資格でお手伝いしているだけだし。

それでも、もう少しくらい
悔しいと思うかな、と思っていた。
しかし、そうはならない。

私がこの人に心を動かされることは……
きっとないだろう。

「じゃあ、行く」
「はい、今日も頑張ってください」
そう言葉を交わし、別れるときだった。
私が足を滑らせ、体勢を崩し、
後ろ向きに倒れていきそうになったのは。

どうして後ろなのだ。
つんのめったのなら、
体勢の立て直しようもあるのに。

私は、転ぶ覚悟しかしていなかった。
しかし……床にはぶつからず、
しっかりと支えられていた。

……柊さんの、腕に。



「……柊さん」
「疲れているのか? ……よく、休め」

お互い完全に背を向けた後だったと思うけど
そんな状態からでも、
こんなことって出来るんだなぁ。

「ありがとうございます」
「たいしたことはしていない」

そう言うと、柊さんは行ってしまった。

私が、あの人に恋でもしていれば。
きっと、すごくどきどきしたんだろう。
でも不思議なことに……
私の鼓動は、いつものままだ。

彼と触れあったところで、
何の変化もない……。
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