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第三章

知らない温泉と祖父からの依頼

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「ここがこの村の温泉!森の女神の湯・・・だ!?」

 僕はニーナ、ラビヤー、ジェーンの三人を連れて音楽の村の温泉までやってきた
 しかし、温泉は昔よく入っていた時と比べて、見る影も無かった

「わぁ~!すごくきれいですねぇ!!」
「これは・・・すごい」
「すげぇ!まるで貴族の屋敷に来たみたいだな!」

 三人の反応もすごい

 この温泉は歴史を感じ荘厳と言える佇まい、自然と調和する木造!

 だったのだが・・・・

「前に来た時と全然違う?!」

 そこにあったのは何者かは分からぬがとても立派な彫像、王都にも負けない壮大な門、湯気のほとばしる噴水、あちらこちらに咲くここらで見ないような花たち・・・
 そして白く輝くような貴族の屋敷のような建物だった

「思い出が・・・子供の頃の思い出が・・・」

 僕は思わず地面に両手と膝をついてしまった
 子供の頃にボロいなどと言っていたけど、愛着のあったあの建物はもうどこにもなかった

「マークよ・・・おどろいたか・・・?」

 そんな僕のところに祖父がやってきた
 さっきまでの農夫スタイルと違い、執事のような服を着ている

「爺ちゃん・・・これはいったいどういう事なの?」
「いやな、2年前にお前が王都に戻ってすぐ、王都から王様がやってきたんじゃ
 しかもそん時、他の国の王族を何人か呼んで、何やら話し合いとか親睦を深めていたようでなぁ
 じゃがあまりにボロかったんで、いろいろ不便もあったらしくてのう・・・
 帰り際に王様が金を出すから立派な建物に変えてはどうかと言ってくれたんじゃよ
 今では王の湯という名前になったんじゃ」
「それでこんなことに・・・」
「まぁ王様には逆らえんしな、ワシらもほんとは木造の立派な建物が良かったんじゃけど・・・
 これは、王様の趣味じゃ」
「おうさまぁ・・・」

 王様の趣味なら・・・仕方ないか・・・
 地方の村なんか王様の決定に逆らえるはずも無いし
 お金も出して貰えるなら、そりゃ出資者の意向に沿うだろう

「二十日前に完成したばかりじゃからまだこれを知る客もおらんし、お前たちが中を見ておくれ」
「うん・・・入っていいの?」
「村人も入ってよいことになっておるし、客も取っていいらしいんじゃよ
 この村の大事な収入源じゃしな
 王様専用の湯も別棟あるから大丈夫じゃし・・・
 それにお嬢ちゃん達を見てみろ、あんなに喜んでるじゃろ」

 ニーナたちは門の中で彫刻や噴水を見てきゃあきゃあとはしゃいでいる
 ・・・彼女たちが楽しそうならそれでいいか

「さぁさぁ!ワシが中を案内してやろう!」

 そう言って祖父に僕の腕を引っ張られて、温泉の中へと入っていくのであった


「すごかったなぁ・・・」

 僕は露天風呂に浸かり、眺めの良い景色を見てそう呟いた
 建物の中も温泉も、以前とはまるで違ったのだ
 エステサロンにレストラン、バーや娯楽室など本当に貴族用のリゾートみたいになっていたのだ
 温泉は中と外の二つしかなかったのに、中湯は三種類で浅めと半身湯と立ち湯があった
 外は景色が一望できる露天風呂、滝のような打たせ湯、サウナ小屋に川から引いてきた水風呂など・・・
 豪華どころか知らない世界である

「はっはっは!すごいじゃろう!どうせならってんで王様の寄越した金を使い切ってやったわい!」

 祖父は僕の隣で湯につかりながら自慢げに笑っている

「でもこれじゃ利用料高くなっちゃうんじゃないの?大丈夫なの?」
「そこは安心せい、利用料は以前と変わらず、貴族たちから高めにとることになっておる
 これは王様の部下さんからの提案なんじゃけどな」
「あーだからここまで豪華になってるのか
 爺ちゃん達だけじゃここまで建て替えとか、案は出なさそうだよね
 ちゃんと監督する人いたんだね・・・」
「うむ、その人が王都に帰るときは帰りたくないって泣くほどのすごい温泉に変えることが出来たわい!」

 また祖父が高らかに笑う
 まだまだ聞きたいことはある

「でもこの規模だと湯量もすごいよね?枯渇したりはしないの?」
「そこも大丈夫じゃ、お前は知らんかったろうけど前まで源泉のほんの一部しか流し入れてなかったんじゃよ
 それを3分の1まで増やしただけでも賄えておるわ」
「えぇ・・・すげぇ・・・」

 もう呆れてというか、すごすぎて言葉が出ないよ・・・
 この村はもっと発展して行くのだろうか
 これからどうなるか不安だけど、さびれ気味だった村が賑わうなら良いだろうな
 村を出た僕が口を出すことでもないし・・・

「マークや・・・仕事は楽しいか?」
「どうしたの急に」

 急に祖父が優しい口調で僕に語り掛けてきた

「お前が冒険者になって村を飛び出して何年も経つ
 ワシらはお前が父親たちのようにならないか心配しておったんじゃ
 でも何年か前に、でかいギルドのギルド員になったと聞いて、ワシらは安心しておったんじゃよ・・・」

 僕は子供の頃に祖父から両親の話を聞いて、いつか冒険者になりたいと思って過ごしていた
 その夢を叶えるために祖父母を説得して冒険者になった
 今ではギルド員になって危険とは遠い仕事になったけど、それまでずっと心配させてたんだろう
 祖父は穏やかな顔で僕を見ている

「安心してよ爺ちゃん、ちょっと忙しいけど楽しくやってるよ
 それに・・・実は僕、出世したんだ」
「ほう!出世か!婆さんにも聞かせなくてはな!」

 祖父は嬉しそうにしている
 彼の嬉しそうな顔を見て僕も嬉しい

「で、どんな仕事なんじゃ?」
「あー・・・それは・・・」

 僕はそこで言い淀む
 一応ギルドの仕事でギルド長からの任命なのだけど、理解されるだろうか・・・?

「なんじゃ、まさか人に言えない仕事なのか?」

 祖父は心配そうな顔つきに変わった

「うーん、爺ちゃんが理解してくれるかわかんないけど・・・」
「言うてみい、爺ちゃんがなんでも受け止めてやる」
「悪い事じゃないよ、大丈夫
 ・・・実はギルドから人を追放する仕事をしてるんだ」
「つい・・・ほう・・・?」

 祖父の表情が驚きに変わる
 ダメかなぁ・・・
 辞めろとか言われそうだ・・・
 少し沈黙が続いた後、祖父が口を開く

「なーんじゃ!そんな事か!ワシだって村長だぞ?そんなもん何回もやってきたわ!」
「ありゃ」

 なんだ、僕の早とちりだったか・・・
 でも辞めろって言われなくて良かった

「よし、詳しく話してみい」
「うん、簡単に言うと、ギルドにとって害のある人っているわけじゃない?
 横領したとか、犯罪をやっていたとか、他の人に迷惑だとか、ギルドの評判を落としそうとか・・・
 その人のやったことやなんでそうなったかを調査して、ギルド長やその上司たちに報告するまでなんだけど」
「ふむ・・・」

 そこまで話したら祖父は少し考えこむ
 難しくなく、簡単に説明できたと思うんだけど・・・

「マーク」
「何?」
「ちょっと力を貸して欲しいんじゃ」
「えっ?」

 力を貸す?
 どういうことだろうか

「温泉も新しくしたところじゃ、この村はこれから大きく、強く、発展していくじゃろうな
 その前に、この音楽の村をより良くしたいと思うのは間違っていないだろう?」
「うん、わかるよ」
「じゃけど温泉を新しくするときに思ったんじゃ
 上手くこの温泉を運営していくには、万全の態勢で挑みたい、とな」
「うん」
「頼むマーク、この村の膿を取っ払ってくれんか?!」

 祖父はお湯に顔が浸かりそうなほど僕に頭を下げた


 僕の休暇と帰省は、新しい仕事も予定に追加されることになったのだ
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