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第2部
67話
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ルエーリヴでは冬も終わりに差し掛かる頃、ようやく雪の嵩が減ってくるがまだまだ雪深い。
北の果ての影響が少なくなったとはいえ、それでも寒いのは変わる事はなく、仕事に影響が出ることも度々あった。この地の厳しさは、北の果ての影響と元々の半々くらいのようである。
商会としては春に備えてロードヒーティング用資材の増産、ポーション生産設備の拡張、春用衣服の生産に力を入れているようだ。服にはアリスも少し絡んでいるようで、反応が楽しみだと言っている。住民の好みは分からないが、機能性を重視した物なので、そこまで悪い反応にはならないはずだ。
他にも双子の歯が生え変わり始めている。先に抜けた悠里の事を大袈裟だよと言っていたアレックスも、自分の番になると不安そうに歯を気にしていた。自分達もそろそろだと分かっているようで、弟たちもあまり茶化せずにいる。下の妹達は、存分に姉の前歯が抜けた事に驚き、楽しんでいたが。
一家の最大の懸念事項である遥香だが、ようやく元の8割まで状態を戻していた。
一番の原因は自信の喪失なのだが、冬の間に色々とやらせたおかげでそれも回復している。元々、努力を苦にしない才能があり、色々とやってみたいという思いもあったからか、この冬の間は10年で最も戦闘以外の能力を高める時間となったようだ。
傲慢、とも言えるくらいの尖りが鳴りを潜めた事が、逆に戦闘においてどうなのかという不安はあるが、今の所、訓練ではそれが悪い方向に作用していないので安心はしている。
「遥香、魔物達は懐いているか?」
早朝の訓練ダンジョンで、魔物達の世話をしていた遥香に尋ねる。カトリーナとバニラも一緒で、遥香と魔物達の様子を観察していた。
「うん。コバルト君以外は大丈夫だよ。」
「親分は曲げないなぁ。」
今日も隅でドッシリと座っている白熊の親分。力の無い主は認めないという事か。
「サクラ、そろそろ良いか?」
『そうね。もう良いと思うわ。』
ミニタマモとじゃれ合っていたサクラが頷く。
元気がなく、ヨロヨロといった足取りで小さいアッシュもやって来た。
明らかに、アッシュの中の魔力と、遥香の魔力が別なものになっている。元々は、極めて近い性質のものを湛えていたのだが、あの一件でアッシュの魔力が激減したところを見ると、無理をする遥香の命を救ったのはアッシュだったのではないかと思えてきた。
そこを追及するのは傷を抉るようなものに思え、流石に出来なかったが…
『これは賭けよ。この数ヶ月でハルカの魔力は変質している。あの頃と違うのは分かるわね?』
オレ達ではなく、アッシュに問い掛けるサクラ。アッシュは頷き、小さな頭が上下する。
『これを受け入れるのはきっと想像を絶する痛みを伴うわ。それはもう、身が引き裂かれるくらいのね。ヒガンがバニラに魔力を与えるのと訳が違うから。』
食事もするが、魔獣やエレメント系は魔力が血肉同然。変質した魔力を受け入れるという事は、血肉を入れ換えると同義ではないだろうか?
それは確かに受け入れる側にとって、生死を託すに等しい選択だろう。
無言で正座し、両手を広げる遥香。余計な言葉はない。これまでをどう思い、これからをどうするかの判断を託したようだ。
カトリーナとバニラがオレの手を握る。二人とも心配している事が痛いくらい伝わってきていた。ただ、カトリーナさん、それ以上はオレの手の骨がバラされそうなので手加減をお願いします…
「アッシュ君。」
ただ、一言名前を呼ぶだけ。
遥香を見上げるアッシュ。何の声も出さずにその身を遥香に委ねた。
まだ、魔力の受け渡しは行われていない。何か一言声を掛けるか迷ったが、サクラが前に来て首を横に振る。
これは二人の事で、オレたちはただ見ていろという事か…
5分ほど経ったところでようやく遥香の気持ちが整う。
遥香の中で魔力が練られ、アッシュへと流れ込む。かつてのような冴えはないが、かつてのような刺々しさもない穏やかな魔力。
だが、アッシュの体はそれを本能的に拒もうとするが、理性で抑えようとしていた。
遥香としては止めてしまいたいだろうが、サクラに始めたら最後まで止めるなと何度も言われており、魔力を流し続けるしかない。
オレにも他に出来ることはない事が分かる。耐え続けるアッシュ、信じ続けるだけの遥香。これ程、受け身になるしかない戦いはこれまでの二人では苦痛だっただろう。だが…
「一緒に乗り越えよう、アッシュ。私たちはいつまでも、何処までも一緒だから…!」
初めてアッシュと呼び捨てた。
それはアッシュにとってどういう事なのか、オレたちには分からない。だが、それは大きな誉れで、最後の一押しに十分な要素のようだ。
遥香の魔力によって満たされたアッシュの体が輝き出す。遥香の魔力と同じ、淡く柔らかい、だが強い輝き。
直視出来ない程に輝くと、アッシュの体は光の粒となって弾け飛んだ。
『えっ?』
キョトンとする横の二人。事態が全く飲み込めていないようだ。
ちゃんとアッシュはそこに居て、遥香にもそれが分かっている。
「大丈夫だ。」
驚く二人に問題ない事を伝えて落ち着かせる。いや、三人だな。アッシュ自身も驚いているように思えた。
「遥香は信じている。アッシュ、お前はどうだ?」
そう問い掛けると、決まっている、と言わんばかりに散った光が再び集まり始める。
遥香の手元に集まった光が再び形を成し、アッシュが再び姿を表した。
「戻った…戻ってきた!」
感激した様子で声を上げるバニラ。
遥香だけでなく、いつも番犬のように居たアッシュの事も皆ずっと気に掛けていたのだ。喜ぶのも当然だろう。
遥香の腕の中の光が消えると、小さな、更に小さなアッシュが姿を現した。
キャンキャンと吠え、尻尾もブンブン振っている。
「アッシュ…良かった…元気になったね…」
顔をその白い腹に顔を埋めて呟く。
色が全体的に白くなったが、まだギリギリ灰色と言っても良い範疇だろう。
他のテイムモンスター達も大喜びで二人を囲んだ。
我慢出来なかったカトリーナも遥香に抱き付く。今日という日を、遥香に負けないくらい待ち望んでいたのだろう。トレーニングや訓練にはとことん付き合っていたが、肝心の魔力の事はノータッチだった事もあるだろうが。
「はぁ…良かった…ほんとうに…」
横に居たバニラも力が抜けてその場にうずくまる。
「椅子は必要か?」
「いや、大丈夫。こうしてないと泣いてるのがバレてしまう…」
涙腺の脆さは周知のものだが、長女として強がりたいという思いもあるのだろう。
遥香はカトリーナに任せ、オレはバニラと見守ることにする。もう一つ、解決しないとダメなこともあるからな。
そのもう一つがのしのしと、部屋の隅からこちらへ歩いてきた。
遥香ではなく、オレをジッと見る白熊のコバルト。
「思うようにやれ。」
そう伝えると、遥香の所へ行き、遥香をつまみ上げ…上げられなかった。
毛皮に覆われているが、冷や汗をかいているように見える。
「カトリーナ、遥香を離してやってくれ。」
「はい…」
この至福の瞬間を邪魔しやがって、と言わんばかりのカトリーナだが、渋々離れることを認めた。その際に、遥香からアッシュを渡される。
キャンキャンと吠える様子はやってやれ!と言ってるようにも見えた。
「やることは分かってるから。」
そう言ってから、魔獣達から離れてコバルトと向き合う遥香。
「お父さん、お姉ちゃん、良い力比べないかな?」
「そりゃ、熊と力比べと言ったら相撲だ。まわしになりそうなものは…」
「遥香の腰に北の果てで使ったロープを巻くだけで良いだろう。コバルトの腰はそのままで掴めるだろうし、ロープはオレのを使え。」
「分かった。」
長めにしてあるので、遥香の腰に10周以上巻く。コバルトが掴めないとダメなので、わりと緩めにしておいた。
「組み合ってみようか。バニラ。」
カトリーナではなく、分かっているバニラを呼んで互いのズボンのベルトを掴み合うような形になる。
「コバルトは遥香のロープを、遥香はコバルトの皮を掴め。コバルト、その程度ならなんともないだろ?」
舐めるな、と言わんばかりに鼻息を吹き出して返事をする。
オレ達を参考に組み合う二人。
オレ達以上に身長差があるが、有利不利は関係ない。
ミニタマモが無言でオレの頭に飛び乗る。どうやら中継するようだ。
「土俵はないから投げ飛ばされた方が負けだ。」
「合図はわたしがしよう。はっけよい、のこったで開始だ。」
「変わった合図だね。」
どういう事だ元日本人の四女。流石に相撲は分かるだろうと思っていたが、そうでもなかったらしい…
向こうでは管理されていたと聞いているし、相撲の知識は余計なものとして排除されたか…?
「しっかり掴めているな?
魔法は無し、身体強化スキルのみで投げ飛ばされた方が負けとする。」
「うん。」
頷く遥香とコバルト。
二人の間に立ち、地面に向かって手を伸ばすバニラ。
組み合う二人に闘志が漲る。体格差で見れば圧倒的にコバルトだが、カトリーナを摘まみ上げられなかったのだ。遥香もそれだけのパワーやスキルがあれば…というところか。
「はっけよい…のこった!」
バニラが合図と共に腕を振り上げる。
【闘気】【魔力変換】
スキルと共に、魔力が物理的な力をサポートする衣のようになり、遥香のパワーが増加していく。そうか、そのスキルがあったか!
魔法の方が早いので選択から外れていたが、単純なパワー勝負なら【魔力変換】は今の遥香にとって非常に心強いスキルだろう。
近くに居たバニラが圧に耐えきれず、数歩下がった。
コバルトの全身にも魔力が巡り、全力で遥香を持ち上げようしているのが分かる。お互い、腕だけで持ち上げようとするのではなく、足、腰、背、全ての筋力を動員して持ち上げようとする意思が見える。
だが、お互いにびくともしない。
5分間、互いの力という力が総動員され、全力がぶつかり合う。
びくともしないが、力のバランスを変え、重心のコントロールはしている。地味で分かりにくいが、見た目以上に激しい攻防が繰り返されていた。
先に動いたのは遥香。力を振り絞るようにコバルトを持ち上げ、うっちゃろうとするが、コバルトも負けていない。巨体を活かし、大きく右に身体をずらして踏み留まる。
だが、遥香の攻勢はそこで終わらない。身体を捻り、着いた足を引っ掛けるように伸ばし…
「あぁぁぁあああっ!」
腰でコバルトの巨体を跳ね上げ、全身を預けるように二人が転がった。
「遥香の勝ちだ。」
オレがそう言うと、二人は気が抜けたように大の字になり、激しく呼吸を繰り返し始める。
魔獣には必要ないのでは?と思ったが、そうでもないらしい。マナを取り込み、消費した魔力へと急速に変換されていた。
「地味でしたが、見事な力比べ、見事な駆け引きの応酬。力をぶつけ合うだけでなく、重心、仕掛けるタイミングの探り合いと奥深い戦いでした。
最後はタイミングの見極め、経験の差でハルカ様が上回ったようですね。」
カトリーナが今の一戦の感想を述べる。オレと見立ては変わらないが、まるで闘技大会の時のようだ。
「遥香、起き上がれるか?」
「…なんとか。」
カトリーナからイグドラシル水を受け取り、一気に飲み干す遥香。汗が凄まじい事になっていた。
「暑いだろ。オレは外に出るよ。」
「うん…お父さん。」
「どうした?」
「ありがとう。」
一言だけ言うと、暑さに我慢出来なくなったのか服を脱ぎ出したので慌ててオレは外に出る。
家の中に戻ると、皆が感極まった様子で泣いていた。
「想像以上だったな…」
「むしろ、なんで泣いてないのよ…」
アリスに非難されてしまう。
だが、その答えはずっと前から決めていた。
「そりゃ、遥香とアッシュなら大丈夫だって信じていたからな。二人の実力も、信頼関係も見込んだ通りだったよ。」
「あぁ…そういう事だったのね…」
涙を拭き、笑顔になる。
この場にいるみんなも同様で、オレの言葉に反論はなかった。
『これで心置きなく旅立つ準備も出来るかのう?』
「そうだな。そろそろ、仕事の引き継ぎやらお礼にいかないといけないな。」
「でも、今日はもっと大事なことがあるじゃない。」
アリスがハンカチをしまってみんなを見る。
「遥香とアッシュ復活記念パーティーの準備を始めるわよ!」
『おー!』
お祭り好きに拍車が掛かっているアリスにとって、またとない機会は逃せなかったようだ。
本人達が戻ってくるより早く打ち合わせは終わり、パーティーの準備へと移る。
ボス戦並の手際の良さを発揮し、パーティー準備はあっという間に終わった。
遥香だけでなく、全く聞かされていなかったカトリーナも驚いた顔で始められたパーティーは、日が暮れてもまだ続く。
オレはちょいちょい訓練ダンジョンに顔を出し、ダンジョン設置時はそのまま居着くことになったモンスターたちにもお裾分け。
「みんな、遥香を支えてくれてありがとう。
今後もこういう事があるかもしれない。その時はまた信じてやってくれ。」
会話は出来ないが、言葉や思いは通じるので遥香を支えてくれた感謝を伝える。
功労者であるコバルトには、特別に少なくなってきたシャコを丸ごと焼いて振る舞うと、視線を逸らして殻ごとバリボリと食べて、極めて短い尻尾を微かに揺らしながら隅へ戻る。その不器用な喜び方にサクラ、タマモ、エレメント系たちと笑い合うのであった。
北の果ての影響が少なくなったとはいえ、それでも寒いのは変わる事はなく、仕事に影響が出ることも度々あった。この地の厳しさは、北の果ての影響と元々の半々くらいのようである。
商会としては春に備えてロードヒーティング用資材の増産、ポーション生産設備の拡張、春用衣服の生産に力を入れているようだ。服にはアリスも少し絡んでいるようで、反応が楽しみだと言っている。住民の好みは分からないが、機能性を重視した物なので、そこまで悪い反応にはならないはずだ。
他にも双子の歯が生え変わり始めている。先に抜けた悠里の事を大袈裟だよと言っていたアレックスも、自分の番になると不安そうに歯を気にしていた。自分達もそろそろだと分かっているようで、弟たちもあまり茶化せずにいる。下の妹達は、存分に姉の前歯が抜けた事に驚き、楽しんでいたが。
一家の最大の懸念事項である遥香だが、ようやく元の8割まで状態を戻していた。
一番の原因は自信の喪失なのだが、冬の間に色々とやらせたおかげでそれも回復している。元々、努力を苦にしない才能があり、色々とやってみたいという思いもあったからか、この冬の間は10年で最も戦闘以外の能力を高める時間となったようだ。
傲慢、とも言えるくらいの尖りが鳴りを潜めた事が、逆に戦闘においてどうなのかという不安はあるが、今の所、訓練ではそれが悪い方向に作用していないので安心はしている。
「遥香、魔物達は懐いているか?」
早朝の訓練ダンジョンで、魔物達の世話をしていた遥香に尋ねる。カトリーナとバニラも一緒で、遥香と魔物達の様子を観察していた。
「うん。コバルト君以外は大丈夫だよ。」
「親分は曲げないなぁ。」
今日も隅でドッシリと座っている白熊の親分。力の無い主は認めないという事か。
「サクラ、そろそろ良いか?」
『そうね。もう良いと思うわ。』
ミニタマモとじゃれ合っていたサクラが頷く。
元気がなく、ヨロヨロといった足取りで小さいアッシュもやって来た。
明らかに、アッシュの中の魔力と、遥香の魔力が別なものになっている。元々は、極めて近い性質のものを湛えていたのだが、あの一件でアッシュの魔力が激減したところを見ると、無理をする遥香の命を救ったのはアッシュだったのではないかと思えてきた。
そこを追及するのは傷を抉るようなものに思え、流石に出来なかったが…
『これは賭けよ。この数ヶ月でハルカの魔力は変質している。あの頃と違うのは分かるわね?』
オレ達ではなく、アッシュに問い掛けるサクラ。アッシュは頷き、小さな頭が上下する。
『これを受け入れるのはきっと想像を絶する痛みを伴うわ。それはもう、身が引き裂かれるくらいのね。ヒガンがバニラに魔力を与えるのと訳が違うから。』
食事もするが、魔獣やエレメント系は魔力が血肉同然。変質した魔力を受け入れるという事は、血肉を入れ換えると同義ではないだろうか?
それは確かに受け入れる側にとって、生死を託すに等しい選択だろう。
無言で正座し、両手を広げる遥香。余計な言葉はない。これまでをどう思い、これからをどうするかの判断を託したようだ。
カトリーナとバニラがオレの手を握る。二人とも心配している事が痛いくらい伝わってきていた。ただ、カトリーナさん、それ以上はオレの手の骨がバラされそうなので手加減をお願いします…
「アッシュ君。」
ただ、一言名前を呼ぶだけ。
遥香を見上げるアッシュ。何の声も出さずにその身を遥香に委ねた。
まだ、魔力の受け渡しは行われていない。何か一言声を掛けるか迷ったが、サクラが前に来て首を横に振る。
これは二人の事で、オレたちはただ見ていろという事か…
5分ほど経ったところでようやく遥香の気持ちが整う。
遥香の中で魔力が練られ、アッシュへと流れ込む。かつてのような冴えはないが、かつてのような刺々しさもない穏やかな魔力。
だが、アッシュの体はそれを本能的に拒もうとするが、理性で抑えようとしていた。
遥香としては止めてしまいたいだろうが、サクラに始めたら最後まで止めるなと何度も言われており、魔力を流し続けるしかない。
オレにも他に出来ることはない事が分かる。耐え続けるアッシュ、信じ続けるだけの遥香。これ程、受け身になるしかない戦いはこれまでの二人では苦痛だっただろう。だが…
「一緒に乗り越えよう、アッシュ。私たちはいつまでも、何処までも一緒だから…!」
初めてアッシュと呼び捨てた。
それはアッシュにとってどういう事なのか、オレたちには分からない。だが、それは大きな誉れで、最後の一押しに十分な要素のようだ。
遥香の魔力によって満たされたアッシュの体が輝き出す。遥香の魔力と同じ、淡く柔らかい、だが強い輝き。
直視出来ない程に輝くと、アッシュの体は光の粒となって弾け飛んだ。
『えっ?』
キョトンとする横の二人。事態が全く飲み込めていないようだ。
ちゃんとアッシュはそこに居て、遥香にもそれが分かっている。
「大丈夫だ。」
驚く二人に問題ない事を伝えて落ち着かせる。いや、三人だな。アッシュ自身も驚いているように思えた。
「遥香は信じている。アッシュ、お前はどうだ?」
そう問い掛けると、決まっている、と言わんばかりに散った光が再び集まり始める。
遥香の手元に集まった光が再び形を成し、アッシュが再び姿を表した。
「戻った…戻ってきた!」
感激した様子で声を上げるバニラ。
遥香だけでなく、いつも番犬のように居たアッシュの事も皆ずっと気に掛けていたのだ。喜ぶのも当然だろう。
遥香の腕の中の光が消えると、小さな、更に小さなアッシュが姿を現した。
キャンキャンと吠え、尻尾もブンブン振っている。
「アッシュ…良かった…元気になったね…」
顔をその白い腹に顔を埋めて呟く。
色が全体的に白くなったが、まだギリギリ灰色と言っても良い範疇だろう。
他のテイムモンスター達も大喜びで二人を囲んだ。
我慢出来なかったカトリーナも遥香に抱き付く。今日という日を、遥香に負けないくらい待ち望んでいたのだろう。トレーニングや訓練にはとことん付き合っていたが、肝心の魔力の事はノータッチだった事もあるだろうが。
「はぁ…良かった…ほんとうに…」
横に居たバニラも力が抜けてその場にうずくまる。
「椅子は必要か?」
「いや、大丈夫。こうしてないと泣いてるのがバレてしまう…」
涙腺の脆さは周知のものだが、長女として強がりたいという思いもあるのだろう。
遥香はカトリーナに任せ、オレはバニラと見守ることにする。もう一つ、解決しないとダメなこともあるからな。
そのもう一つがのしのしと、部屋の隅からこちらへ歩いてきた。
遥香ではなく、オレをジッと見る白熊のコバルト。
「思うようにやれ。」
そう伝えると、遥香の所へ行き、遥香をつまみ上げ…上げられなかった。
毛皮に覆われているが、冷や汗をかいているように見える。
「カトリーナ、遥香を離してやってくれ。」
「はい…」
この至福の瞬間を邪魔しやがって、と言わんばかりのカトリーナだが、渋々離れることを認めた。その際に、遥香からアッシュを渡される。
キャンキャンと吠える様子はやってやれ!と言ってるようにも見えた。
「やることは分かってるから。」
そう言ってから、魔獣達から離れてコバルトと向き合う遥香。
「お父さん、お姉ちゃん、良い力比べないかな?」
「そりゃ、熊と力比べと言ったら相撲だ。まわしになりそうなものは…」
「遥香の腰に北の果てで使ったロープを巻くだけで良いだろう。コバルトの腰はそのままで掴めるだろうし、ロープはオレのを使え。」
「分かった。」
長めにしてあるので、遥香の腰に10周以上巻く。コバルトが掴めないとダメなので、わりと緩めにしておいた。
「組み合ってみようか。バニラ。」
カトリーナではなく、分かっているバニラを呼んで互いのズボンのベルトを掴み合うような形になる。
「コバルトは遥香のロープを、遥香はコバルトの皮を掴め。コバルト、その程度ならなんともないだろ?」
舐めるな、と言わんばかりに鼻息を吹き出して返事をする。
オレ達を参考に組み合う二人。
オレ達以上に身長差があるが、有利不利は関係ない。
ミニタマモが無言でオレの頭に飛び乗る。どうやら中継するようだ。
「土俵はないから投げ飛ばされた方が負けだ。」
「合図はわたしがしよう。はっけよい、のこったで開始だ。」
「変わった合図だね。」
どういう事だ元日本人の四女。流石に相撲は分かるだろうと思っていたが、そうでもなかったらしい…
向こうでは管理されていたと聞いているし、相撲の知識は余計なものとして排除されたか…?
「しっかり掴めているな?
魔法は無し、身体強化スキルのみで投げ飛ばされた方が負けとする。」
「うん。」
頷く遥香とコバルト。
二人の間に立ち、地面に向かって手を伸ばすバニラ。
組み合う二人に闘志が漲る。体格差で見れば圧倒的にコバルトだが、カトリーナを摘まみ上げられなかったのだ。遥香もそれだけのパワーやスキルがあれば…というところか。
「はっけよい…のこった!」
バニラが合図と共に腕を振り上げる。
【闘気】【魔力変換】
スキルと共に、魔力が物理的な力をサポートする衣のようになり、遥香のパワーが増加していく。そうか、そのスキルがあったか!
魔法の方が早いので選択から外れていたが、単純なパワー勝負なら【魔力変換】は今の遥香にとって非常に心強いスキルだろう。
近くに居たバニラが圧に耐えきれず、数歩下がった。
コバルトの全身にも魔力が巡り、全力で遥香を持ち上げようしているのが分かる。お互い、腕だけで持ち上げようとするのではなく、足、腰、背、全ての筋力を動員して持ち上げようとする意思が見える。
だが、お互いにびくともしない。
5分間、互いの力という力が総動員され、全力がぶつかり合う。
びくともしないが、力のバランスを変え、重心のコントロールはしている。地味で分かりにくいが、見た目以上に激しい攻防が繰り返されていた。
先に動いたのは遥香。力を振り絞るようにコバルトを持ち上げ、うっちゃろうとするが、コバルトも負けていない。巨体を活かし、大きく右に身体をずらして踏み留まる。
だが、遥香の攻勢はそこで終わらない。身体を捻り、着いた足を引っ掛けるように伸ばし…
「あぁぁぁあああっ!」
腰でコバルトの巨体を跳ね上げ、全身を預けるように二人が転がった。
「遥香の勝ちだ。」
オレがそう言うと、二人は気が抜けたように大の字になり、激しく呼吸を繰り返し始める。
魔獣には必要ないのでは?と思ったが、そうでもないらしい。マナを取り込み、消費した魔力へと急速に変換されていた。
「地味でしたが、見事な力比べ、見事な駆け引きの応酬。力をぶつけ合うだけでなく、重心、仕掛けるタイミングの探り合いと奥深い戦いでした。
最後はタイミングの見極め、経験の差でハルカ様が上回ったようですね。」
カトリーナが今の一戦の感想を述べる。オレと見立ては変わらないが、まるで闘技大会の時のようだ。
「遥香、起き上がれるか?」
「…なんとか。」
カトリーナからイグドラシル水を受け取り、一気に飲み干す遥香。汗が凄まじい事になっていた。
「暑いだろ。オレは外に出るよ。」
「うん…お父さん。」
「どうした?」
「ありがとう。」
一言だけ言うと、暑さに我慢出来なくなったのか服を脱ぎ出したので慌ててオレは外に出る。
家の中に戻ると、皆が感極まった様子で泣いていた。
「想像以上だったな…」
「むしろ、なんで泣いてないのよ…」
アリスに非難されてしまう。
だが、その答えはずっと前から決めていた。
「そりゃ、遥香とアッシュなら大丈夫だって信じていたからな。二人の実力も、信頼関係も見込んだ通りだったよ。」
「あぁ…そういう事だったのね…」
涙を拭き、笑顔になる。
この場にいるみんなも同様で、オレの言葉に反論はなかった。
『これで心置きなく旅立つ準備も出来るかのう?』
「そうだな。そろそろ、仕事の引き継ぎやらお礼にいかないといけないな。」
「でも、今日はもっと大事なことがあるじゃない。」
アリスがハンカチをしまってみんなを見る。
「遥香とアッシュ復活記念パーティーの準備を始めるわよ!」
『おー!』
お祭り好きに拍車が掛かっているアリスにとって、またとない機会は逃せなかったようだ。
本人達が戻ってくるより早く打ち合わせは終わり、パーティーの準備へと移る。
ボス戦並の手際の良さを発揮し、パーティー準備はあっという間に終わった。
遥香だけでなく、全く聞かされていなかったカトリーナも驚いた顔で始められたパーティーは、日が暮れてもまだ続く。
オレはちょいちょい訓練ダンジョンに顔を出し、ダンジョン設置時はそのまま居着くことになったモンスターたちにもお裾分け。
「みんな、遥香を支えてくれてありがとう。
今後もこういう事があるかもしれない。その時はまた信じてやってくれ。」
会話は出来ないが、言葉や思いは通じるので遥香を支えてくれた感謝を伝える。
功労者であるコバルトには、特別に少なくなってきたシャコを丸ごと焼いて振る舞うと、視線を逸らして殻ごとバリボリと食べて、極めて短い尻尾を微かに揺らしながら隅へ戻る。その不器用な喜び方にサクラ、タマモ、エレメント系たちと笑い合うのであった。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
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突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
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