召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

2話

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〈※※※※※〉

 魔王であるタクミを崩そうという動きは、外からだけでなく内からも行われている。
 武力しか持たない簒奪者さんだつしゃというのが北部、西部ディモス領の領主間における共通の認識であり、魔王を再びすげ替えるのは容易だと思われていた。
 その謀略の中で真っ先に狙われたのが冴えない従者のボブである。

 貧民上がりで決まった名を持たず、時に数字で、時に身に着けていた物やその色で呼ばれる身の上だったボブ。
 そのボブに転機が訪れたのは、不幸にも雇い主が行商途中で魔物に襲われた時である。

 知らずにスタンピード間近の領域に踏み込んだ一行は魔物の先駆けに強襲されて大混乱。護衛も散り散りとなり、雇い主は死亡。もうダメかと思った名もなき者はその時に救われた。
 白い大きな狐を連れた冒険者の噂は耳にしており、あっという間に事態を収めたことに衝撃を受ける。

 そんな無二の戦闘能力を持つ冒険者にも致命的な弱点があった。片付けが上手く出来ないのである。
 野宿の度に道具を全て出して、適当にまとめて片付け、次の日になるとまた全部広げて探す姿は余りにも情けなかった。
 その度に名もなき者は手伝い、終いにはそれだけの理由で白い狐からスカウトされる事になる。
 主は亡くなり、断る理由もない名もなき者は自分では足手まといにならないか?と不安で尋ねた。

『その気があるなら鍛える。無いなら大人しくしていればいい。
 色々な手間が省けるからオレとしても来てくれると助かる。』

 それがまだ冒険者だったタクミとの主従関係の始まりである。
 名前のボブはその時に付けられたもので、それ以外に適当な名前が浮かばなかったというのが理由だった。

 見た目も冴えず、特筆する能力もないボブだが、タクミにとって無二の友で、特別な部下でもある。
 そんなボブが狙われるのは当然の事であった。

『見た事、聞いた事の全てを語って下さるだけでいい。』
『こちらに来れば一生、食うも住む困らせません。』
『うちの17番目の娘はどうか?』

 政治を知らないボブだが、厳しい人生を送って来ただけに、言葉の後に『すぐ殺すから。』というのが見え透いてしまっていた。

「ボブの所にも来たでござるか。」

 お帰りいただいた所にやって来る、異邦の剣客。名はギン・サーマで竜の翼と角と尻尾が目立つ若いドラゴニュートである。
 海の向こうの大陸から飛んでやってきたと言っているが、ボブはその事についてはあまり信じていなかった。様々なビーストが居るこの地でも、探せば同族が居るのでは?くらいに考えている。
 それでも、まともに戦えば敵わないとまで主に言わせる剣豪としての腕だけはしっかり認めていた。

「はい。3日連続です。ですが、僕を取り込む理由が分かりません。」
「殿には味方が少ないでござるからな。身内を取り込めば完全に孤独になり、容易に崩せると考えているのでござろう。それはきっと間違いないでござるが。」

 この変な口調の剣客は自分よりよく考え、見えている。それはボブには頼もしくもあり、なんともおかしな気持ちであった。

「しかし、拙者には一宿一飯どころではない恩義がござりますからな。鱗の無い女や使い切れない大金、管理出来ぬ土地など修行の身の上には不要!」

 胸を張って堂々と言い切る潔さがボブには眩しく見えた。

「とは言え、この島にはやはり鱗の女が居ないのが実に残念でござる。」

 余計な一言にボブは困惑の表情を浮かべるが、ギンはワハハと大笑いしてみせた。

「男二人がこんな所で密談?その割には大笑いしてるようだけど。」

 王城と言えども館同然の規模という事もあり、廊下に響く大笑いを聞いたディモスの女性が二人に声を掛ける。
 魔王に用でもない限り誰も来ないだろうと思っていた二人だが、用のある者は少なくない。

「おお、これはカレン殿。殿に御用でござるか?」
「ギンちゃんは相変わらず変な言葉遣いね。
 陛下の方が私に用があるみたいなのよ。南部から戻ってくるなりだけど何かあった?」
「うーむ。あったといえば…という感じではござるが…」
「あー、良いわよ。あなた達の『なにかあった』は本当に大事おおごとだもの。」
「左様でござるな。ワハハ!」

 ため息を吐くカレンに対し、再び大笑いのギン。
 そんな二人に挟まれてボブは苦笑いしか出来なかった。

「それより、陛下はいらっしゃるんでしょ?入ってもいいかしら?」
「もちろんでござる。陛下に呼ばれて、という事なら邪険にはせぬでござろう。」
「そう?じゃ、時間があったらまた後でね。」

 そう言ってノックをしてからカレンは部屋へと入って行った。すぐに出て来た。
 不思議そうに二人が見ていると、大慌てでタマモが顔を出して来た。

「か、勘違いするでないぞ!?き、着物という服に慣れてないだけだからの!?」

 少しはだけているタマモの姿に、ニンマリ顔のギン、顔を赤くし見てはいけないものを見てしまったかのようなカレン、ボブは困惑の表情を浮かべるだけ。
 召喚者がデザインしたものを気に入り、裁縫師に作ってもらったものだが上手く着こなせずにいた。

「早く入ってくれ。急ぎの用で呼んだからな。」
「は、はい!」

 呆れた様子の魔王の呼び声を聞き、慌てて入るカレンを三人は見送るが、再び顔を出すカレン。

「みんなにもしたい話だそうよ。」
「はて?難しい話は拙者にはよく分かりませぬぞ。」

 そう言いながらも遠慮なく入るギン。ボブも首を傾げながら主の執務室へと入って行った。

「タマモの尻尾とイチャイチャしてたかと思いきや、そんな痕跡はございませぬな?」
「そんな暇があるなら指示の一つでも出した方がマシだ。それより、これからの事だが」

 そう言って、複数の木の板を取り出した。
 木の板には図が描かれており、これは魔導具に関する物だと3人は一目で分かる。

「決戦を仕掛ける為の準備を始める。その為に必要な魔導具の設計図が〈魔国創士〉から届いたところだ。これを可能な限りの数を用意して欲しい。」

 驚いた顔の2人と1匹。
 騒動の事を知っているだけに、魔王の依頼を素直に聞くとは思っていなかった。

「あれだけ邪険にされてよく引き受けてくれたのぅ…」
「あれでももうすぐ母親だそうだ。孫が出来る事を伯爵が嬉しそうに木簡にしたためてきたぞ。」
「ああ、それで腹が大きかったのじゃな。」

 ギンとボブは〈魔国創士〉の姿については全く知らず、タマモの言葉に驚きの表情を浮かべた。

「伯爵の息子には苦労を掛けるが、まあ南部には居て損のない人材だ。活用してもらおう。」
「だったら、せめて話だけでもしてやったらどうじゃ?妾やカレンとそう変わらんじゃろ?」

 タマモの言葉に魔王の強面が更に顰め面になる。

「一度、魔法の依頼で話をした事はあるが、馴れ馴れしい上に心に踏み込んでくるような図々しさがあって苦手なんだ。」
「それで、ずっと自前で魔法も用意しておったのか。
 どうりで質にバラツキがあるわけじゃ。」

 各種ストライクとブラスト、ヒール、バリア、アンティマジックの魔法は直接購入したが、それ以外は自分で作ったり、人を介して注文している魔王。
 伯爵の息子に嫁ぐと聞いた時は、注文もしやすくなったと内心ではホッとしていた。

「子供が育って、性格も落ち着いたら会ってやるさ。それまでは今のままで良い。」
「10年以上もこんな無茶苦茶な魔王を戴き続けたら、民の方が音を上げそうじゃがの…」
「そうかしら。少なくとも、商人や職人は大忙しで大喜びしてるわよ?」

 カレンの言葉を聞き、驚くタマモ。
 1日3食を保証する生活なのは良いが、朝は5時、夜は6時まで春から秋まで働き詰めの生活は、元が魔獣であるタマモにはとても受け入れられる事ではなかった。
 冬は完全に休業状態なのは冬眠する魔獣にとっても同じなので、当然の事だとは思っている。

「仕事があり、収入があるという事は明日の食事がある保証だからね。私たちのような貧民はそれだけでありがたいのよ。」

 現状、ディモス領は『平民』という概念がなく、支配層である『領主』と被支配層である『貧民』しかいない。商人、職人も全て『貧民』と呼ばれるのが当然だと皆が思っていた。
 それは『偉大なる始祖』から始まる壮大な勘違いが原因なのではあるが…

「平民だ。少なくとも、今のこの町に貧民はいない事になってるから慣れてくれ。」
「あはは、ごめんなさい。
 それも含めてタクミはよくやってると思うわよ。始祖様から3代、引き継ぐだけで精一杯って感じだったみたいだし。」
「この状況じゃな。オレも力がなければ何もしなかったよ。」

 良くも悪くも実力主義のディモス。
 圧倒的な力の前に平伏させてから、国の礎を築くというのが魔王の目的で、その先は後任の人材に任せるつもりでいる。
 既に内政の大部分は任せられるようになっており、見つけた粗などは後任が魔王になってから改善させれば良いという考えで動いている。

「それでも北部と西部、そして、ヒュマスは難しいようでござるな。」

 ギンの言葉に頷く魔王。表情からは半ば諦めのような気持ちが漏れていた。

「生活があり、守りたい価値観がある。それは理解してやるが、発展の邪魔になるなら容赦はしない。
 国是として『より前へ、更に先へ』を掲げている以上はな。」

 発展の余地はいくらでもあるが、それを活かせない領主達に容赦しないのはこれまでの行動が物語っている。
 ディモス領内で高い関税を掛けるようなら町を破壊して休憩場に変え、山賊、盗賊退治に消極的とあらば繋がりをでっち上げて討伐したりもした。
 見せしめのような行為に震え上がり、魔王の前では〈魔国覇王〉と呼んで畏怖してみせる領主達ではあるが、これでもまだ懲りていない事はよく分かっている。
 力だけで築こうとしている基礎があまりにも脆弱過ぎる事を、魔王が一番身に沁みて理解していた。

「その邪魔になるヒュマスを徹底的に潰す計画がある。これはその為の鍵の1つだ。」

 魔王は徹底的に寄せ付ける気のない〈魔国創士〉の書いた設計図を手にする。
 あらゆる技術が拙く、『戦略兵器』という概念もないこの時代において、〈魔国覇王〉の計画の全貌を正確に理解出来る者は〈魔国創士〉を含め、僅かしかいなかった。
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