召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

16話

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〈※※※※※〉

「僕は君が許せない。
 だけど何より、容易く殺せてしまう事が許せない。」

 木造の家屋。開け放たれた窓の向こうからは木々のざわめきと鳥のさえずりだけが聞こえてくる。
 何度も主と戦い、説得をされながらも最後まで受け入れる事がなかった魂が、片方の角が折れた主を器にして目の前に居る。
 タマモ達を誤認させる為に、事前に主から渡された仮死状態になる薬を飲ませ、体は『影の者』に託してエルフの森の西の外れの家屋へと運んでもらっていた。

「何度も言うけど、私だって拒んだ。生き残るべきはあの人だって言った。でも、あの人はもうその気が無かったんだよ。」

 幾度も繰り返されたやり取り。
 ボブは娘の魂が出任せを言っていると思いたかったが、顔をしかめながら胃の辺りを押さえる見慣れた姿から認めるしかなかった。

「…なんでこんなにお腹が痛いの。」
「主はストレスが原因だと言っていた。」
「…これでどうしてあんな凄い魔法が組めるのか意味が分からない。」

 痛みで話を聞いていない時があるのはボブも分かっている。それでも、言わずにはいられない事が山のようにあった。

「動けるようになったら訓練を始めるよ。
 しっかりと戦ったり、商売が出来るようになってもらわないと困る。」
「この強面で商売出来るの?」
「むしろ、こっちじゃ都合が良いくらいだよ。エルフ相手の商売は、強気に出るくらいで丁度いいから。」
「亜人も色々だね。」

 そう言うと、指の足りない左手を見る娘の魂。
 最初は左肘から先がある事に強烈な違和感を感じていたが、今は当たり前のように動かせている。
 人間の身体は慣れるものだなと、男の身体になっての変化の大多数を受け入れていた。ただ、一点を除いて。

「ねえ、男の人ってみんなここにこんなモンスター飼ってるの?」
「…そこまでなのは主だけだと思うよ。」

 ハルカが股間を指差して尋ねると、ボブだけでなく側に居るミズカも目を逸す。
 外側はどうあれ、中身が愛する妹と本気で一線越えられるのでは?と早々に夜這いを仕掛けていたが、股ぐらのモンスターを見て尻込みをしただけではなく、ハルカの方も全く気持ちが昂らなかったのである。

「邪魔なだけだから切り落としたい。」
「それをすてるなんてとんでもない!」

 無い方が色々とスッキリして良いと思うハルカだが、ミズカは全力でモンスターの潜む股間を守るように阻止する。
 ミズカもヒュマス軍に同行していたのだが、ほぼ跡形もなく壊滅していたにも関わらず、一人だけ巻き上げられた土砂に半ば埋もれる形で生き残っていた。

「切っても良いけど助かる見込みが無い。」
「それは困る。まだ『3人』に会いに行くのは早すぎるから。」

 全く似ていない妙な姉妹だが、一緒に居る限りは大丈夫だろうという確信がボブにはあった。
 それに、ハルカが妙に律儀で礼儀正しく、その様子から約束事は絶対に守ると言い張る事も信頼している。

 町を襲撃した件も、戦争の流儀というものを知らず、闇雲に破壊する事が許されていると勘違いしていたからのようで、許されない事だと知っていればやらないとの事だった。
 学ぶ機会を得られなかっただけで、多くの知識や経験を引き継いだハルカは、ボブにとってはよく知る主よりもずっと慎重で聞き分けも良い。

「創士さんの思いも引き継いだから赤ちゃんも気になるけど、ここじゃ会えないよね?」
「君が想像しているよりもここはルエーリヴから離れているよ。」

 ディモス領ともヒュマス領とも違う空気に納得する。
 その中間とも言える空気は感じ慣れたものとは違うが、心が穏やかになっていくのを実感していた。

「ここの風は良いね。ヒュマス領は年中ジメジメしてたし、ディモス領の夏はすごく暑くて、冬はすごく寒かったから。」
「それに、食べ物にも困らない。
 森には獣が、湖には魚が居て、木々には果実が実り、薬草も豊富だ。
 ディモスの文字は読めるかい?」
「うん。召喚者はどんな文字も読めるから。」

 渡された木の板に目を通すハルカ。
 読み終えた物はミズカへと手渡していく。

「転生の方法と修練の積み方…」
「こっちは商売に必要な事が書いてあるね。」

 計算は得意だが、商売となると自信はない二人。
 だが、まだ文明が芽吹いたばかりのこの地では、それだけ出来れば十分とも書いてあった。

「この顔で愛嬌は無理じゃない?」
「さっきも言ったけど、威圧的である方がこっちじゃ重要だよ。エルフは、特に耳の長いのはすぐ腕力に訴えるから。」
「そうじゃないエルフっているんだ?」
「髪も肌も白いエルフと、髪は様々な色で肌は褐色のエルフがいるよ。」

 長耳が連合軍として加わっているのはハルカも知っているが、そんな特徴のある2種族に見覚えが無かった。

「白に褐色ですか。」

 ミズカもあちこちで他種族の噂話は聞いていたが、その2種族は聞いたことが無い。

「白の方は閉鎖的で交流が無くて、褐色の方は協調が出来ないみたいなんだ。」
「エルフと言っても多様ですねー。」
「混ざることってないの?」

 そんなハルカの問いにボブは首を振る。

「旅暮らしのディモスと結ばれた人を知っているし、灰色エルフも居るけどそれだけで種族が形成出来るようなコミュニティはない。
 寿命も僕らよりずっと長いから、居てもまだ1代か2代目くらいなんだ。」
「ああ、天空都市の生き残りなんでしたね。」

 天空都市の墜落から200年。
 抗争の末、各種族がそれぞれ地域ごとに分かれてからまだ100年程。魔物の存在が脅威となり続け、気楽に旅が出来る者は限られていた。

「ここもエルフの森だけど端の方で入口同然。
 エルフと同盟を組んだと言っても、まだ中までは開放してもらえてないんだ。」
「交流を深めるのが魔王の願いだよね。」

 指の足りない左手を見るハルカ。
 何でも出来るように思えたこの手でも、掴めなかったものがある事に少し安堵する。

 戦いの中で、届かない、掴めないと思ったこの手も、やはり人の手だったのだと思うと少し親しみが湧いていた。

「魔王が死んだ後の世界を見届けるのが勇者の役目って言われたけど、私はそうは思わない。」

 視線を右手へと移し、最後に戦った時に見た姿のように右手を突き出してから力強く握る。

「私は人だし、魔王も、創士さんも人。
 二人のように大きな事は出来無いけど、願いを繋ぐくらいはしてみせるから。」

 そう覚悟を語る顔は、魔王になると決めた時のような悲壮感も、決戦に挑む時のような自棄も無く、前を見て将来へ繋ぐ意気込みに満ちていた。

「でも、その為には動けるようにならないと始まらない。このお腹の痛みもどうにかしないと集中出来そうにないかな…」

 そう胃の辺りを押さえながら言うハルカに、ボブはポーションを差し出す。

「よく効くそうだよ。最後は日に5本くらい飲んでいたから。」
「…力があってもストレスには敵わないのですね。」

 ミズカの言葉に頷くハルカには、〈魔国覇王〉という二つ名がこの身体にとってどれほどの重荷となっていたのかよく分かってしまった。

「無理と無茶を重ねないといけない程の理由までは分からないけど、二人ともこの世界が大好きだったのは分かる。だからこそ、許せなかったんじゃないかな?」

 共に旅をしている時も、自分達を置いてふらっと行方をくらます機会が多かったのをボブはよく覚えており、自分達が居ては見に行けない光景があったに違いないとは思っていた。

「だから、頑張るよ。あの二人が思い描く理想に少しでも近付けるように。」

 ポーションを受け取ると一気に飲み干して横になる。

「私、魔王みたいに寝ないとか無理だからね?
 そこだけはよろしく。」

 そう宣言され、顔をしかめるボブと苦笑いを浮かべるミズカ。
 聞き分けは良いが、魔王とはまた違った自分勝手さに、ボブは前途が少しだけ不安になっていた。
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