暁の世界、願いの果て

蒼烏

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第2章 日常讃歌・相思憎愛

第22話 空を同じくして、袂を分かつもの2

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第2章 日常讃歌・相思僧愛 第22話 空を同じくして、袂を分かつもの2
「くそっ!出口が……」
「何で人が吹っ飛んでコンクリートが割れるんだよ……」
「俺のせいじゃない……光、霊子で何かできそうか?」
「……いや、何となく霊子ってのは分かるんだが……何だか上手くいかないんだよな……」

 出入口が崩壊した原因は自分じゃないと否認する仁代星斗じんだいせいとが話を逸らして光に問う。
 耶蘇光やそひかるもこの件については特に追求せず、霊子が分かると事も無げに答える。
 光は霊子の存在は知覚しているが、何処か上手くいかないようだ。

「霊子が分かってりゃすぐだ。あいつをどうにかするために頼むぞ」
「お前はもうできるんだろ?そっちを使った方が早くないか?」
「俺のは相手を殺すための銃弾を作るもんだ……人間相手に、使うもんじゃない……」

 星斗の言葉に光が押し黙る。
 星斗がを相手にして、相手を殺すことを望んだと言うのだ。
 生半可な覚悟でできる事ではない。
 光は己の覚悟と”生徒達を救いたい”という想いを比べる。

(まだ……覚悟が足りないな……)

 気持ちは変わらない。だが、心の底から覚悟を決めて願えているかと己に問う。
 教師としての職責からくる、義務感なのではないかと自問自答してしまう。
 そんなことをしている時点で、己を疑っているのが丸わかりである。
 光は自身の中の朧気に在る願いを、まだ掴めずにいた。

(皆に被害が出る前に、どうにかしなきゃ……)

 工藤を見据えながら、意識は己の身体の中。光は深い深い場所に散らばる霊子へと手を伸ばす。
 霊子は動かすことができる、だが、肝心の願いが乗らない。
 思案顔の光を余所に、工藤が嬉しそうに嗤っていた。

「イヒヒヒヒヒヒッ!あぁ、お義父さんも楽しいなぁ……あ゛ぁ゛……みんな壊してぇなぁ」

 工藤の顔がぐちゃりと歪み、星斗と光のどちらから相手にしようかと交互に見ながら悩んでいるようだ。

「光、あの速度に拳銃を当てるのは至難の業だ……どうにか動きを止められないか?」
「さっきみたいにか……また上手くいくとは思えないけどな……」
「何とか動きを止められれば、拳銃も使えるんだがな。まぁ、効くか分からないけど……」

 拳銃すら通用するか分からないという星斗の言葉に、光はまさかと言った表情をみせる。
 星斗にしてみれば今日一日で散々弾かれてきた通常弾が、人間にも効果があるのか懐疑的になっていたのだ。光は信じていないようだが。
 
「信じてないだろ……とりあえず、動き止めるぞ!」
「拳銃が効かないってどう言う事だよ……ナイフの傷は絶対に受けるなよ」
「わかってる」

 2人で話しながらも工藤から目は離さない。
 星斗は再び拳銃を取り出して構える。

(まぁ、牽制くらいにはなるだろ……)

 当たっても効果があるか分からないが、無手よりは意味があるとして軽く狙いながら決定的な瞬間を待つ。
 
「フヒヒヒヒッ!次は先生から行くかなぁ!」

 ◇◇◇

 一方その頃、屋上に設置された大型室外機の裏に身を隠した仁代真理じんだいまり仁代亜依じんだいあい西風舘ならいだて東風谷こちや野口雫のぐちしずくの5人。

「とりあえず、皆はここに隠れていてください」

 真理は皆にそう声をかけながら、西風舘と共に連れてきた雫をゆっくりと座らせる。

「私はをぶっ飛ばしに行ってきます」
「ちょっと!危ないって!」

 工藤との戦いの中に戻ろうとする真理に対し、東風谷が引き留める。

「光さんとお父さんだけ戦わせる訳にはいきません。それに私なら……」
「気持ちは分かるが、ここに3人を置いて行くわけにはいかなだろ?」
「でも……」
 
 諦めきれない真理。
 視線の先には工藤と対峙する光と星斗。
 西風舘も工藤から目を離さずに、守るべき人がいるだろうと問いかける。
 真理が西風舘の言葉で振り返ると、亜依と目が合う。

 「真理お姉ちゃん……行っちゃうの?」
 
 亜依が心配そうに真理を見つめる。
 亜依の言葉に真理が動揺する。
 今し方、自身の妹だと言われた少女を見つめ、真理の決意が揺らぐ。
 
 あの時、会えなかった妹。
 母親の仁代美夏じんだいみかのお腹を撫でながら、話しかけていた大切な妹。
 その妹が、今目の前に居るという。
 父親の星斗がそう言ったが、未だにどうなっているか理解することはできない。
 それでも「お姉ちゃん」と言われ、不思議と納得してしまった自分がいる。
 真理の魂が、目の前の少女を妹の亜依だと叫んでいる。
 あの時取れなかった亜依の手を取らなくていいのかと。

「私は……」
 
 真理が亜依の問いに答えようとした、その時。
 地響きのような衝突音と共にガラガラと何かが崩れる音が響く。

「ひぃっ!」

 頭を抱えてその場にしゃがみ込む東風谷と亜依。
 真理が轟音のした方へと視線を移すと、そこには崩れ落ちた出入口と瓦礫に倒れる工藤がいた。

「出口が吹っ飛んだ……何が起きたの?」
「真理さんのお父さんの蹴りで工藤が吹っ飛んで、コンクリの出入口が粉々になったみたいだ……」
「ぇ……?人が当たっただけで、コンクリって粉々になるんですか……?」
「有り得ない……人間のできる事じゃない……」
 
 工藤の動きを見ていた西風舘が半信半疑で答え、東風谷は訳が分からないと言った風に疑問と呈する。
 そして西風舘は今の出来事を人外の所業だと言う。

「あれも、霊子の力?」

 だが真理は今起こったことに対して、父親の星斗の言葉を思い出す。
 
「霊子を操る……」
「真理さん?」

 突如、呟き出す真理に西風舘が声を掛けるが真理はそのまま呟き続ける。
 
「身体の中のにある霊子を意識して認識する……」

 ゆっくりと目を閉じて、意識を己の身体の中へと向ける。
 そこには今までに見たことも、感じたことも無い光景が広がっていた。
 
 「心からの願いを、霊子に込める……」

 美しい光景だが、今は感動している暇もない。
 どうにかして光と星斗の下に戻って、あいつをぶっ飛ばしたい。
 その想いが真理を深い己の内側へと誘う。

(あいつをぶっ飛ばしたい!あいつとが欲しい!)

 真理は強く、強く願う。
 願いは粒となり、霊子の光の中へと入っていく。
 だが、真理の願いは霊子と混じり合うことは無かった。

「何で……?やり方間違えた?」

 再度目を瞑り、同じ手順で願いを霊子に乗せようとする。が、水と油の様に混ざることなくお互いが揺蕩たゆたううだけだ。

「どうして!何でダメなの!!」

 星斗の言葉の通りに霊子を知覚することはできた、願いを霊子に乗せようとした。
 しかし、それらは混じり合うことなく、何も変化は起きなかった。
 
「真理お姉ちゃん……大丈夫?」

 亜依の言葉にハッとした表情で我に返る真理。
 突如様子がおかしくなった真理を見て、亜依が心配そうに声を掛ける。
 真理もできないものを一旦横に置いて、亜依に向かい合う。

「ごめんね……ありがとう、お姉ちゃんは大丈夫だよ」
「よかった……」
 
 亜依は安心したのか、はにかんだ表情を見せる。
 真理も釣られて笑顔を向ける。

「真理さん……さっき君のお父さんが言っていたことを、今やろうとしたのか……?」
「……はい、上手くいきませんでしたけど……霊子ってものが身体の中にあることは分かりました」
「あいつも、その力を使ってるってるのか……」
「恐らくは……」

 西風舘も先程の星斗の言葉を聞いていたのか、真理がやろうとしたことが分かったようだ。
 
 何となく、あんなことが起きてから身体がよく動くような気がした。
 何となく、相手の動きがよく見えるような気がした。
 何となく、身体が丈夫になった気がした。

 真理も、西風舘も、感覚的にそんな気がしていた。
 普段とは違う動き、視力、身体。
 だが確信は無かった。
 確かに工藤が人間離れしていくのを目の当たりにしたが、それは工藤だけのものだと思っていた。
 しかし、目の前で星斗ができると言った。
 星斗が人を吹き飛ばして見せた。
 だから真理はやってみようと思ったのだ。
 
 工藤を、ぶっ飛ばすために。
 
 だが、その目論見は失敗に終わった。
 何かが上手くいかなかったようだ。
 西風舘もできる事なら己もと考えたようだが、真理の失敗を目の前にして、どうしたものかと立ち止まる。

「真理さん……何が原因か分からないけど、できるまではあの場に戻らない方がいいんじゃなか?でないと、あの場に戻っても……」
「……分かりました、もう少しやってみます。足手纏いには……なりなくないので」
「その方がいい、あれは異常だ……」

 ◇◇◇
 
 星斗達の話を態々わざわざ待ってから工藤が飛び出す。
 大きく跳び上がり、上空から襲い掛かる工藤。
 
(単調な動き……これなら……)

 星斗は着地の瞬間を狙って光の前方に銃口を向けようと意識を一瞬、工藤から外す。
 その時、工藤のナイフを持たない手が振られた。

「!」

 星斗は離れかけた意識を無理矢理に戻し、振られた腕を見る。
 工藤から何かが放たれていた。
 小石大の塊が幾つも投げ放たれていた。
 
「コンクリだ!」

 光の声で飛来する物体の正体を知る。
 先程砕かれたコンクリートの欠片をばら撒いたのだ。
 片手に握ることのできる程度の数だが、星斗に向かって弾幕のように放たれたコンクリート片は無視することのできない速度で飛来する。

「ぐっ」

 星斗は両腕で顔面を被い、コンクリート片を防ぎながらも工藤の軌跡を追う。

(光には投げつけてない……俺への牽制か……流石に拳銃は嫌かね!)

 星斗の腕や身体にゴツゴツとコンクリート片がぶつかる衝撃が伝わる。
 
(動きに支障が出るようなものではないな……)

 星斗は拳銃を工藤に向けるため光の方へと身体を向け、腕を顔面から離す。
 
「ガッ……」

 星斗の側頭部を強烈な衝撃が突如襲う。
 視界が明滅し、揺れる。

(何が……起きた……)

 星斗は途切れそうな意識の中で、握った拳銃だけは取りこぼさないように握り続ける。

 ◇◇◇

 工藤が跳び出そうと身を屈めた瞬間、左手で何かを握り込むのが見えた。
 光は迫る工藤を見ながら、に警戒する。
 いつもどおりに飛び込んでくる工藤を見ながら、警棒を構え制圧の機会を窺う。
 だが、空中を舞う工藤の左手が不自然に振るわれた。
 が放たれたのだ。

(!何を投げた!?……石……コンクリートか!!)

 星斗に向かって放たれた塊を状況からコンクリートと判断。
 光はすぐさま星斗に向かって警告を発する。
 拳銃を構えていた星斗が身を守るために構えを解いて防御に徹している。

(星斗を牽制して拳銃を使わせないためだな。だけど、あいつの動きを封じるのにそんな物だけじゃ足りない!)

 横目で星斗が防御を解いて再度拳銃を構えようとしているのが目に入る。
 予定通り、工藤の動きを止めるため、光は迎撃姿勢を取る。
 その時、再度工藤の左手が大きく振るわれた。
 
「ガッ……」

 真横から洩れてくる苦悶の声。
 星斗の身体が揺れ、被っていた制帽が宙を舞う。

「星斗!」
 
 思わず叫ぶ光。目線は落下するコンクリート片に注がれる。

(もう1回投げたのか――!?)

 意識と視線が逸れていた。
 絶えず工藤の動きを追っていた光の意識と視線を
 気付き、視線を工藤へと振り戻すが、一瞬の遅れが生じる。

「ウヒッ!死ね!!」
「くっ……」

 工藤の一撃を躱して制圧へと持っていこうとした予定通りの動きは取れず、振り下ろされたナイフを警棒で受け止める事しかできない。

(まともに受けては駄目だ!)
 
 1階の廊下でアルミ製の刺股を切り刻まれたことから、すぐにナイフを滑らせて受流す。
 ナイフの刃が立つ前に、勢いをいなし、滑らせ、受流す。
 連続で切り付けてくる工藤のナイフを捌きながら、光は反撃の機会を窺う。

「星斗!動けるか!?」
「――すまん……何とか……」

 側頭部をコンクリートで打ち据えられた星斗は、頭を手で押さえながらやっとで立っていた。
 それでも”立て直す”と言う。
 
(星斗が戻るまで耐えるのみ!)

 ならば時間稼ぎのために防御の徹するため、工藤を惹き付けつつ、連撃を捌いていく。

「フヒヒヒヒヒ!何時まで保つかなぁ!先生!」

 狂気の刃は勢いを増す。

 ◇◇◇
 
 側頭部に走る鈍痛と共に、ゴトリと地面に落ちる音が聞こえた。
 星斗は明滅する視界の中で光の声を聞いた。
 漸く返事をするのが精一杯だ。

(何が……起きた……)
 
 はっきりしてきた視界の中に、足元に転がるコンクリート片が写る。

(これを……くっそ、やられた……)

 側頭部に手を当てながら、自身の失態を悟る。
 左手にヌルリとした感覚。
 手は真っ赤に染まり、地面に紅い雫が滴る。

(くそ……派手に出血したか……)

 己の油断を悔いる余裕はない、目の前では光が工藤の猛攻を凌いでいるのだ。
 衝撃から感覚が戻り始め、側頭部がズキズキと痛みだす。
 だがそれも正常な感覚の証左。

 (――行ける)

 星斗は身体が動くと判断して、光と工藤の間に割って入る為に走り出す。
 走りながら拳銃を構えようとするが、止まることなく動き続ける工藤を狙うことができない。

(やっぱりキツイな……なら、これならどうだ!)

 ジリジリと後退しながら工藤の猛攻を凌ぐ光の目を見ながら工藤の後方へと回り込む。
 光が星斗の動きに気付き、2人の目が合う。
 お互い、相手が気付いたことに気が付く。
 星斗はそのまま間髪入れず、両手で拳銃を上空へと真っ直ぐに掲げて見せる。

「撃つぞ!!」

 一声。

 星斗は引き金を引き、上空に向かって1発の弾丸を発射する。
 所謂、威嚇射撃である。
 大きな破裂音が鳴り響き、工藤が思わず光から目線を外して後方へと視線を送る。
 一瞬の隙。その隙を光は見逃さない。

「はぁっ!」
「ぐっ……」

 警棒を工藤の左肩に叩き込む。
 ミシリと肩にめり込み、工藤の身体が左に傾く。

「星斗!手錠!」
「おう!」
 
 空に掲げた両手を下して一気に工藤へと駆け出す星斗。
 狙うは工藤の左手に掛けた手錠。
 左肩を打ち据えられ、だらりと垂らしている工藤の左腕を目掛けて星斗の腕が伸びる。

「大人しくしろ!」
 
 星斗の手がガチリと手錠を鷲掴む。
 そのまま一気に工藤の腕を引き伸ばそうと手錠を引こうとするが、あまりの抵抗のなさに一瞬違和感を覚える。

「フヒッ!」
 
 工藤の声と共に左腕が星斗の方へと向かってきた。
 星斗が掴んだと思った手錠が、ガチガチ音を鳴らしながら星斗の手から引き剥がされていく。

「なんっ、だ――」

 星斗が手錠を握り直そうした時、視界の端に別の影が写る。
 工藤がその身を翻し、身体を回転させていた。
 そして右手に把持しているナイフが横薙ぎに振るわれていた。

「避けろ!」

 光の声に反応して星斗は身体を仰け反らせる。
 ナイフの切先が星斗の鼻先を掠めていく。

「ぐっ……」
 
 体勢を崩した星斗の手から手錠が離れてしまう。

「行くぜ!お義父さん!」
 
 工藤はクルリとナイフを逆手に持ち替え、星斗の脳天に目掛けてナイフを振り下ろす。
 星斗は拳銃を持ったままの右手を滑り込ませ、ナイフの降下を防ぐ、そしてそのまま左手を伸ばしてナイフを持った工藤の右手を掴む。

「光!」
 
 星斗が叫んだ時には既に、光は視界から消えていた。

「せいっ!」

 先程の星斗と同じように工藤の足元を掬う足払いを仕掛けていた。
 今回は既に工藤のナイフを握る右手を押さえている、このまま一気に制圧するいくつもりのようだ。

 工藤の足が宙に浮いていた。

「くっ……」

 だが、光の口から漏れるたのは苦虫を噛み潰した様な声。
 光の蹴りは工藤の足を捉えることなく空振っていた。

「クヒっ!」

 工藤は光の動きを予想していたのかのように、自ら跳び上がって足払いを回避する。

「ヒッヒッ!」
 
 工藤は跳び上がった勢いのまま、星斗の肩を踏み台にして一気に飛び上がる。
 
「ぐっ」

 工藤の上昇の勢いに、右手を掴んでいた星斗の左手が耐えきれずに拘束を解いてしまう。
 工藤は空中で身を翻しながら、再度星斗の脳天目掛けてナイフを突き立てんと落下を始める。

「もう一丁!」

 工藤の落下を合わせて星斗がまた右手を受け止めようと身構える。
 工藤はその様子に楽しそうに嗤い、真っ向からナイフを振り下ろす。
 工藤のナイフを持った右手と星斗が激突する寸前。

(ここだ!)

 星斗の身がスルリと半身だけ横にずれる。
 工藤の期待とは裏腹に、星斗と激突することなく、なんの手応えもなかった。
 代わりに左腕を掴まれる感触。

「光!」

 身を躱して工藤の左手と手錠を鷲掴んだ星斗が吠える。
 間髪入れず光は警棒を振るう。
 警棒はナイフを握った工藤の右手を直撃し、その手から弾叩き落とす。
 コンクリートの上を跳ねるナイフ。
 光は落ちたナイフを蹴り飛ばし、ナイフはカラカラとコンクリートの上を滑っていく。

「制圧!」

 星斗は掛け声と共に工藤の左腕を捻り上げ、後ろ手に回そうと動く。
 光もナイフを叩き落とした右手を掴み、同じく後ろ手に回そうと捻り上げる。

「ぐぁぁぁ!」

 全力で関節を決められ、工藤が苦悶の声を上げる。
 星斗は片手で工藤の左腕を掴み、もう片手で頭を押さえつける。
 そのまま地面に組み付そうと体重をかけるが、くの字に折れた工藤の体がそれ以上動かない。

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
  
 星斗は全力で工藤を押さえつける。
 バイクを軽々と持ちげる星斗の膂力に抗う工藤。
 気を抜くとすぐにでも拘束が解けてしまいそうになるため、星斗も全力をもって制圧にあたる。
 
(なんて力だっ!)

「光!手錠!!動けねぇ!!!」
「おう!」

 光が工藤の右手を握ったまま手錠に手を掛ける。
 その瞬間、工藤の全身の力が抜けて一気に沈み込んだ。

「はっ……?」

 工藤は今さっきまで抗っていた力を抜き、自らしゃがみ込んで星斗の力から逃れたのだ。
 星斗は半分工藤に乗り掛かる形になっていたため、支えを失って体勢が崩れてしまう。

「フヒッ!」

 工藤が嗤う。
 しゃがみ込んだ反動を利用して一気に跳ね上がる。
 体勢を崩した星斗に体当たりし、押さえつけられた拘束を解く。

「光ぅ!逃すなぁ!」
「分かってるって!!」
  
 弾け飛ばされながらも星斗は掴んだ腕を意地でも離さない。
 光が工藤の左手に掛かった手錠を掴もうと手を伸ばす。
 あと一歩で指が手錠に触れる、そう思った瞬間に光の視界から手錠が消える。

「ヒヒッ!」

 工藤は無理やり身体を大きく捻り、2人に掴まれた両腕を振り払おうとする。
 星斗と光はそれでも腕をガッシリと握り、振り払おうとする遠心力に耐える。

「うおっ!」

 フッと星斗の足が浮く。

「「ぐっ……」」

 星斗の身体が光に衝突し反動で2人の手が離れてしまう。

「しまっ……!」
 
 光が思わず声を上げる。
 グルリと回転して見えた工藤の顔がニヤリと嗤う。
 工藤は何か企む顔をし、後退しようとしていない。
 それは星斗達にとって、まだ捕縛の機会が残されていると言うことに他ならない。

 (まだ――いける!)

 ナイフと持たない今が絶好の機会と捉え、星斗は感覚を研ぎ澄ます。
 工藤が回転する勢いのまま、右拳で抉る様に殴りかかる。

(軌道が――狙いは――光か!)

 声も出せないまま工藤の右拳が光の顔面目掛けて打ち込まれる。
 光が辛うじて左腕で受け止めるが、勢いと体重の乗った一撃に光の身体が浮いて吹き飛ばされる。

「ぐっ!」

 コンクリートの上を転がる光。
 工藤は勢いそのままに、左拳を星斗に向けて打ち出す。

(受けては――ダメだ――)

 咄嗟に工藤の拳を受ける事から捌く方へと切り替え、抉る様に迫る拳を外側から内側へと逸らし工藤の勢いをいなす。
 目の前で左手に掛けられた手錠が揺れていた。
 星斗の左手が手錠をしかと、握りしめる。
 
 (絶対に――逃がさない!)

 手錠を掴まれ少し驚いた表情をする工藤、だが直ぐに下卑た笑みと共に嬉しそうに嗤う。

「おらぁ!無駄だぜお義父さんよぉ!!」

 再度星斗の手を振り払おうと力の限り星斗を振り回そうとする工藤。
 
(まずい――このままじゃ――離してたまるか――ナイフが手から離れた――今がチャンスなんだ!)

 またも星斗の身体が浮く。遠心力で投げ飛ばそうとする工藤と必死に手錠を握る星斗。

(逃さない――ここで――こいつを――捕まえるんだ!)
 
 星斗の想いとは裏腹に、ズルズルと手から離れて行く手錠。

「いいねぇ!お義父さんよぉ!これならどうだ!!」

 星斗を左手一本で振り回す工藤は、星斗を自身の頭上に振り上げ、一気にコンクリートの地面に叩きつけた。

「っがっはっ……」

 手錠に掛かった最後の指が外れる。

(離す――かっ!絶対に――離さない!)

 指が離れた瞬間、星斗の中の想いが霊子と融合する。
 想いと混ざり合った霊子は、翠色の光を伴って星斗の手から溢れ出し、手錠に絡みつく。
 地面に打ち据えられ、這いつくばる星斗の左手から翠色の線が一直線に工藤まで伸びていた。
 ジャラリという、まるで鎖の様な音と共に伸びた線は星斗の左手に握られ、工藤の左手に掛かった手錠と結ばれていた。

「へっ……何だか分からんけど……漸く捕まえたぜ」
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