347 / 580
第14章【間章】ノノちゃん旅日記
第344話 大人の事情です
しおりを挟む
『わくわく、農村体験ツアー』三日目の朝。
色とりどりの花が咲く前庭の奥に見える生け垣を越えた先にわたしはいます。
「ねえ、シャルロッテ様、これはあんまりではないですか。
ここって、数日前まで森だったのですよね。
わたし達が来るのにあわせて収穫時になっているなんて不自然過ぎます。」
そう、わたしの目の前にあるのは小さなジャガイモ畑。
シャルロッテ様が、牛の乳搾りと並んで企画の最初からやろうと言っていた芋堀りのための畑です。
この辺りは岩がちの地域で地面を覆う表土は薄く、子供が掘ってもすぐ岩にぶつかります。
おおよそ、耕作には向かない土壌のため牧草地にして、酪農を営んでいるのです。
ですが、目の前にあるジャガイモ畑は黒々とした柔らかい土が地面を覆っています。
そこでは、良く育った茎や葉がが萎れ始めて、今まさにジャガイモの収穫時を迎えていました。
そもそも、ジャガイモって植え付けから収穫まで三ヶ月はかかりましたよね。
一体どうやって…、とは聞くまでもないですね。
きっと可愛い精霊さん達が手伝ってくれたのですね。
聖堂に集まった方々の病気やケガを一瞬で治したり、巨大なログハウスを三日で作る事に比べれば些細な事ですか…。
多分に呆れを込めたわたしの言葉に対し…。
「この畑が何時からあったかなんて、言わなきゃわからないわよ。」
シャルロッテ様からは、こんな返事が返って来ます。
確かに、お客様には分らないでしょうが…。
「ねえ、ノノお姉ちゃん。
聞こう、聞こうと思っていて、聞きそびれてたんだけど。
こちらのお屋敷っていつごろからあったのかな。
ノノおねえちゃんがいた頃はまだ無かったよね。
あれからずっと、この森に入ってなかったんで気付かなかったの。
それに、この畑ってすごくよく手入れがされている。
雑草一つ生えていないもん。
でも、私、この森に人が入って行くの見たこと無いよ。」
ほら、ナナは気付いた。
村に住んでいれば、十歳の子供だって気付きますよ。
このログハウスの敷地は、水遊びをした川に続く木道と私の故郷の村に続く小径しか道がありません。
普通であれば、ログハウスの建築の際は、多くの作業員が村の中を通り過ぎるはずです。
それに、良く手入れされたジャガイモ畑、何方か世話をする人がいるはず。
村人全員が顔見知りの村です。
他所から来られた人が通り過ぎれば、目立つことこの上ないです。
ナナの言葉を聞いたシャルロッテ様は、ナナに向かって微笑みかけます。
氷のような笑顔で…。
「良いことを教えてあげるわ、ナナちゃん。
その辺は大人の事情なの。
大人の事情と言われたら、それ以上深く聞かないのがお約束なのよ。
これは、大事な処世術よ。覚えておきなさい。
分った?」
「ひぃっ!」
あっ、誤魔化した…。
流石に、知り合ってまだ三日のナナには精霊さんの超常の能力については教えませんか。
冷淡な笑みを向けられたナナは、顔を引きつらせ、ひたすら首を縦に振っていました。
「そう、わかって貰えて良かったわ。
じゃあ、芋掘りを始めましょうか。」
ナナのリアクションに満足したシャルロッテ様は、表情を和らげ芋掘りの開始を告げました。
********
まずは、わたしが芋掘りをして、子供達にお手本を示します。
やはり、畑の土はとても柔らかで、腰を落としてジャガイモの茎を引っ張ると然して力も込めずに引き抜けました。
抜いたジャガイモの根に付いていた芋は三つほどでしたが、どれも丸々とした大きなものでした。
わたしは引き抜いた時にできた穴に手を入れて、土をかき分けました。
すると、根っこから切り離されて土の中に残ったジャガイモがコロコロと出て来ました。
その数、五つほど。
黒々とした見た目通り滋養分豊富な良い土のようで、ジャガイモはどれも丸々と良く肥えています。
わたしは掘った大きなジャガイモを手に取り、子供達に見せながら告げました。
「はーい、こんな風にジャガイモを掘ります。
じゃあ、みんなでジャガイモを掘ってみましょう。
沢山採れたら、これで美味しいランチを作りますからね。
それを楽しみにして、頑張りましょうね!」
一斉にジャガイモ畑に散る子供達。
例によって、わたしの傍らではクララちゃんがジャガイモの茎と格闘を始めました。
ナナはと言うと、一番年長の女の子と一緒にジャガイモを掘り始めました。
昨日の朝、ナナは思い切って、覚えたてのアルビオン語で『おはよう』とその子に声を掛けました。
声を掛けられたその子は一瞬驚いたようですが、すぐに『おはよう』と返してくれました。
その後、お互いの言葉が分からず、お互いにちぐはぐの受け答えになっていましたが。
身振り、手振りでコミュニケーションを取ろうとした結果、なんとか打ち解けたようです。
昨日から、一緒に行動するようになりました。
わたしの近くでせっせとジャガイモ掘りにいそしむ、年少組の二人。
アリスちゃんくらいの体躯になると比較的容易にジャガイモが抜けるようですが。
一回り体つきの小さいクララちゃんにとっては大仕事なようで…。
「うんしょ、うんしょ。」
と精一杯の力を込めて引き抜こうとしています。
あっ、そんなに力を込めたらと、わたしが思った時はすでに遅く。
ジャガイモがスポッと畑から抜けて、勢い余ったクララちゃんはそのままポテっと尻もちをつきました。
下は柔らかい土です。痛かったり、ケガをしたりということは無いはず。
泣き出さないかとみていると「きゃはは、ころんじゃった。」と笑い声を上げました。
尻もちをついた事まで、クララちゃんには可笑しかったようです。
そして、地面にお尻を付けたまま、ジャガイモが抜けた穴をせっせと掘り拡げ始めます。
やがて、
「じゃがいも、みいつけたっ!」
大きなジャガイモを掘り起こしたクララちゃんは得意げにわたしに差し出して見せました。
とても、嬉しそうなのは良い表情をしていますが…、全身泥だらけです。
シャルロッテ様の言う通りでした。
ジャガイモ掘りなんて、わたし達には然して楽しいとは思えない農作業ですが。
普段土など触ったことが無い都会の子達には、それなりに楽しい遊びのようでした。
ジャガイモ掘りに夢中になって、気が付いた時には子供たちみんなが泥だらけになっています。
いえ、泥だらけなのは、子供達だけではないようです。
「あら、あなた、そんなに泥だらけになって…。
顔まで泥が付いているわよ。」
「そういうあなたこそ、鼻の頭に泥が付いてる。
土の上に座って、ジャガイモ掘ったでしょう。
スカートのお尻が泥だらけよ。」
二人参加しているお母さん達が、お互いの姿を見て笑っていました。
これは、ランチの前にお風呂に入ってもらった方が良いですね。
********
予想外に好評だったジャガイモ掘りを終えて、ログハウスへ戻って来たわたし達はランチの前に汚れを落とすことにしました。
みんなでやって来た温泉の浴室。
わたしは、たらいに汲んだお湯に手を入れ熱くない事を確認してから、クララちゃんにかけて上げました。
「ノノお姉ちゃん、いたいよ!」
クララちゃんが、悲鳴に近い声を上げて訴えました。
いつもなら、「きもちいい!」と喜ぶはずの温めのお湯なのですが。
おかしいなと思いつつ、クララちゃんをよく見ると。
首周りや腕など芋掘りの時に露出していた部分が日焼けしていました、ええ真っ赤に。
初日、昨日と涼むために遊びに行った河原は、森の木々に陽射しが遮られ日焼けの心配が要らない場所でした。
ですが、今日のジャガイモ畑はさんさんと直射日光が降り注いでいました。
いくら精霊さんに頼るとはいえ、日の当たらないところに畑を作るのは難しかったようです。
普段、直射日光にさらされることは余りないのでしょう。
クララちゃんのお肌は真っ白です。まさに深窓のご令嬢ですね。
ただでさえデリケートな幼子のお肌です。
慣れない強い陽射しを浴びて真っ赤に日焼けしてしまいました。
「イタタ…、迂闊だったわ、首筋の日焼けにお湯がしみる。
せめて、麦わら帽子くらいかぶるんだった…。」
お母さんの一人の呟きが聞こえてきました。
大人でも我慢できないような日焼けをしているようです。
わたしは目の前で涙目になっているクララちゃんをナナに託すと脱衣所へ向かいます。
湯上りのために用意した大き目の拭き布を体に巻き付けると、急いでシャルロッテ様のところに向かいます。
素肌に布切れ一枚ですが、女性しかいませんので問題ないでしょう。
その格好で脱衣所を飛び出すとちょうど、シャルロッテ様が駆けつけてくださいました。
さっき、別の子があげた大きな鳴き声を聞き付けて、急いで来てくださったとのことです。
わたしが事情を話し、シャルロッテ様を浴室に連れて来ると。
先程より状況は悪化していて、日焼けに慣れているナナ以外はみんな涙目になっています。
中には、泣き声を上げている子もいました。
「これは、困ったわね。」
そう呟いて思案するシャルロッテ様。
きっと、子供に優しいあの子が出てくるわねと思っていたら。
「全く迂闊ですわ、ロッテちゃん。
小さな子供はお肌が弱いのですから、あなたが気を付けてあげないと。
まあ、小さな子があんなに日焼けして可哀想に。」
案の定、シャルロッテ様を窘めながら、水の精霊アクアちゃんが姿を現しました。
わたしは、慌ててクララちゃんのもとに駆け付けると。
「はーい、クララちゃん、痛くないよ。
これから、ノノお姉ちゃんが痛くなくなるおまじないをしてあげるからね。」
わたしは出来る限り大きな声で、クララちゃんに話しかけ周囲の注目を引き付けます。
「いたくなくしてくえゆの?」
涙目で尋ねてくるクララちゃん、わたしが大きく頷くと…。
「あっ、くららちゃんだけずるい!
わたしも、わたしも!」
アリスちゃんの自分もと主張する声にうまいこと子供達の注目が集まりました。
わたしはシャルロッテ様に目配せをすると…。
「じゃあ、みんな!
いたいの、いたいの、とんでいけー!」
クララちゃんの頭をナデナデしながら、そう声を上げます。
すると、アクアちゃんが上手くあわせたくれた様子で、『癒し』の光が降り注ぎます。
昼間の明るい浴室、日焼けと言う軽いケガとあって『癒し』の光も多くありません。
痛みに涙目となっていた子供達の目は上手く欺けたようで、アクアちゃんに『癒し』の光に気付いた様子は見られません。
「うええ…、えっ、いたくなくなった?」
泣いていた子が、日焼けの痛みが消えたことに気付きます。
「おまじない、きいた!
いたくなくなった、ののおねえちゃん、ありがとう!」
クララちゃんも涙目から一転、とても愛らしい笑顔を見せてくれました。
子供達の方はこれで丸く収まりました。
ですが…。
「でも、この光…。
何日か前に、教会に降って来た光にそっくりね。」
大人の目はゴマかせませんでした。
二人参加しているお母さん方には、ばっちりアクアちゃんの存在が目撃されしまい。
数日前にシューネフルトの教会で起こった『奇跡』が、シャルロッテ様の仕込みであることがバレてしまいました。
ですが、幸いにしてこのお二方、アクアちゃんを非常にお気に召した様子で口を噤んでくださるようです。
シャルロッテ様の画策した『奇跡』の演出は世間にバレずに済みそうです。
「ふーん、あれも大人の事情なの?」
ギクッ、振り向くとそこにはナナの顔が。
どうやら、ナナもアクアちゃんの事をばっちり目撃したようです。
「そういう事だから、見なかったことにしてね。」
とりあえず、わたしはそう答えておきました。
冬になって、シャルロッテ様の許にお世話になればすぐに教えてもらえるでしょうしね。
********
無事にお風呂から上がったら、ランチの時間です。
この日のランチはフイッシュ・アンド・チップスを予定していましたが、わたしが変更してもらいました。
ランチは、ラクレットと言う地元料理を味わってもらいました。
取れたてのジャガイモを丸茹でして、火で炙ってトロトロに溶けたラクレットチーズを掛けた素朴な料理です。
せっかくチーズフォンデュでチーズ嫌いを治してもらったのですから、ダメ押しにもう一つ美味しいチーズ料理をと思ったのです。
自分で収穫したジャガイモだと言われた事もあるのでしょう。
子供達は一人として、チーズを掛けても嫌がる様子を見せずにジャガイモを頬張っていました。
そして、匂いが少なく、口当たりの良いチーズの味をとても気に入ってくれたようです。
食べ終わった後、子供達は「また食べたいね。」と言ってれました。
そして、あっという間に三日間が過ぎ、『わくわく、農村体験ツアー』も終わります。
お給金の銀貨が入った小さな布袋とジャガイモを詰め込んだ大きな布袋を抱えたナナが言います。
「シャルロッテ様、お給金ばかりか、こんなにジャガイモを頂いて有り難うございました。
うちはお腹を空かせた弟が二人もいるのでとても助かります。
それと、お姉ちゃん、久しぶりに会えて凄く嬉しかった。
また、しばらく会えないんだろうけど、元気でね。」
そう、午前中に収穫したジャガイモ、アルムハイムへ持ち帰るには多過ぎたのでナナに持たせることになりました。
食い扶持の多いわたしの家では貴重な食糧です。
有り難く頂戴することにしました。
「じゃあ、ナナちゃん、冬前には迎えに行くからね。
ご両親にはあとで私が説明に行くけど、ナナちゃんからも言っておいてね。」
ナナの帰り際、シャルロッテ様は冬場のことを念押ししていました。
村へ帰っていくナナを見送った後、わたしが三日間ナナと一緒に過ごせたことのお礼を言うと。
「何言っているのよ。
本来なら仕事抜きで帰省させてあげる約束だったのだから、私が謝らないと。
それに、ナナちゃんには本当に助かったわ。
いつも、小さな弟の世話をしているからか、小さな子の相手が上手ね。
良い妹さんね。」
シャルロッテ様はそう言ってくださいました。
その言葉にわたしはこう返します。
「はい、ナナはとっても良い子なんです!」
さあ、夏ももうすぐ終わりです。
色とりどりの花が咲く前庭の奥に見える生け垣を越えた先にわたしはいます。
「ねえ、シャルロッテ様、これはあんまりではないですか。
ここって、数日前まで森だったのですよね。
わたし達が来るのにあわせて収穫時になっているなんて不自然過ぎます。」
そう、わたしの目の前にあるのは小さなジャガイモ畑。
シャルロッテ様が、牛の乳搾りと並んで企画の最初からやろうと言っていた芋堀りのための畑です。
この辺りは岩がちの地域で地面を覆う表土は薄く、子供が掘ってもすぐ岩にぶつかります。
おおよそ、耕作には向かない土壌のため牧草地にして、酪農を営んでいるのです。
ですが、目の前にあるジャガイモ畑は黒々とした柔らかい土が地面を覆っています。
そこでは、良く育った茎や葉がが萎れ始めて、今まさにジャガイモの収穫時を迎えていました。
そもそも、ジャガイモって植え付けから収穫まで三ヶ月はかかりましたよね。
一体どうやって…、とは聞くまでもないですね。
きっと可愛い精霊さん達が手伝ってくれたのですね。
聖堂に集まった方々の病気やケガを一瞬で治したり、巨大なログハウスを三日で作る事に比べれば些細な事ですか…。
多分に呆れを込めたわたしの言葉に対し…。
「この畑が何時からあったかなんて、言わなきゃわからないわよ。」
シャルロッテ様からは、こんな返事が返って来ます。
確かに、お客様には分らないでしょうが…。
「ねえ、ノノお姉ちゃん。
聞こう、聞こうと思っていて、聞きそびれてたんだけど。
こちらのお屋敷っていつごろからあったのかな。
ノノおねえちゃんがいた頃はまだ無かったよね。
あれからずっと、この森に入ってなかったんで気付かなかったの。
それに、この畑ってすごくよく手入れがされている。
雑草一つ生えていないもん。
でも、私、この森に人が入って行くの見たこと無いよ。」
ほら、ナナは気付いた。
村に住んでいれば、十歳の子供だって気付きますよ。
このログハウスの敷地は、水遊びをした川に続く木道と私の故郷の村に続く小径しか道がありません。
普通であれば、ログハウスの建築の際は、多くの作業員が村の中を通り過ぎるはずです。
それに、良く手入れされたジャガイモ畑、何方か世話をする人がいるはず。
村人全員が顔見知りの村です。
他所から来られた人が通り過ぎれば、目立つことこの上ないです。
ナナの言葉を聞いたシャルロッテ様は、ナナに向かって微笑みかけます。
氷のような笑顔で…。
「良いことを教えてあげるわ、ナナちゃん。
その辺は大人の事情なの。
大人の事情と言われたら、それ以上深く聞かないのがお約束なのよ。
これは、大事な処世術よ。覚えておきなさい。
分った?」
「ひぃっ!」
あっ、誤魔化した…。
流石に、知り合ってまだ三日のナナには精霊さんの超常の能力については教えませんか。
冷淡な笑みを向けられたナナは、顔を引きつらせ、ひたすら首を縦に振っていました。
「そう、わかって貰えて良かったわ。
じゃあ、芋掘りを始めましょうか。」
ナナのリアクションに満足したシャルロッテ様は、表情を和らげ芋掘りの開始を告げました。
********
まずは、わたしが芋掘りをして、子供達にお手本を示します。
やはり、畑の土はとても柔らかで、腰を落としてジャガイモの茎を引っ張ると然して力も込めずに引き抜けました。
抜いたジャガイモの根に付いていた芋は三つほどでしたが、どれも丸々とした大きなものでした。
わたしは引き抜いた時にできた穴に手を入れて、土をかき分けました。
すると、根っこから切り離されて土の中に残ったジャガイモがコロコロと出て来ました。
その数、五つほど。
黒々とした見た目通り滋養分豊富な良い土のようで、ジャガイモはどれも丸々と良く肥えています。
わたしは掘った大きなジャガイモを手に取り、子供達に見せながら告げました。
「はーい、こんな風にジャガイモを掘ります。
じゃあ、みんなでジャガイモを掘ってみましょう。
沢山採れたら、これで美味しいランチを作りますからね。
それを楽しみにして、頑張りましょうね!」
一斉にジャガイモ畑に散る子供達。
例によって、わたしの傍らではクララちゃんがジャガイモの茎と格闘を始めました。
ナナはと言うと、一番年長の女の子と一緒にジャガイモを掘り始めました。
昨日の朝、ナナは思い切って、覚えたてのアルビオン語で『おはよう』とその子に声を掛けました。
声を掛けられたその子は一瞬驚いたようですが、すぐに『おはよう』と返してくれました。
その後、お互いの言葉が分からず、お互いにちぐはぐの受け答えになっていましたが。
身振り、手振りでコミュニケーションを取ろうとした結果、なんとか打ち解けたようです。
昨日から、一緒に行動するようになりました。
わたしの近くでせっせとジャガイモ掘りにいそしむ、年少組の二人。
アリスちゃんくらいの体躯になると比較的容易にジャガイモが抜けるようですが。
一回り体つきの小さいクララちゃんにとっては大仕事なようで…。
「うんしょ、うんしょ。」
と精一杯の力を込めて引き抜こうとしています。
あっ、そんなに力を込めたらと、わたしが思った時はすでに遅く。
ジャガイモがスポッと畑から抜けて、勢い余ったクララちゃんはそのままポテっと尻もちをつきました。
下は柔らかい土です。痛かったり、ケガをしたりということは無いはず。
泣き出さないかとみていると「きゃはは、ころんじゃった。」と笑い声を上げました。
尻もちをついた事まで、クララちゃんには可笑しかったようです。
そして、地面にお尻を付けたまま、ジャガイモが抜けた穴をせっせと掘り拡げ始めます。
やがて、
「じゃがいも、みいつけたっ!」
大きなジャガイモを掘り起こしたクララちゃんは得意げにわたしに差し出して見せました。
とても、嬉しそうなのは良い表情をしていますが…、全身泥だらけです。
シャルロッテ様の言う通りでした。
ジャガイモ掘りなんて、わたし達には然して楽しいとは思えない農作業ですが。
普段土など触ったことが無い都会の子達には、それなりに楽しい遊びのようでした。
ジャガイモ掘りに夢中になって、気が付いた時には子供たちみんなが泥だらけになっています。
いえ、泥だらけなのは、子供達だけではないようです。
「あら、あなた、そんなに泥だらけになって…。
顔まで泥が付いているわよ。」
「そういうあなたこそ、鼻の頭に泥が付いてる。
土の上に座って、ジャガイモ掘ったでしょう。
スカートのお尻が泥だらけよ。」
二人参加しているお母さん達が、お互いの姿を見て笑っていました。
これは、ランチの前にお風呂に入ってもらった方が良いですね。
********
予想外に好評だったジャガイモ掘りを終えて、ログハウスへ戻って来たわたし達はランチの前に汚れを落とすことにしました。
みんなでやって来た温泉の浴室。
わたしは、たらいに汲んだお湯に手を入れ熱くない事を確認してから、クララちゃんにかけて上げました。
「ノノお姉ちゃん、いたいよ!」
クララちゃんが、悲鳴に近い声を上げて訴えました。
いつもなら、「きもちいい!」と喜ぶはずの温めのお湯なのですが。
おかしいなと思いつつ、クララちゃんをよく見ると。
首周りや腕など芋掘りの時に露出していた部分が日焼けしていました、ええ真っ赤に。
初日、昨日と涼むために遊びに行った河原は、森の木々に陽射しが遮られ日焼けの心配が要らない場所でした。
ですが、今日のジャガイモ畑はさんさんと直射日光が降り注いでいました。
いくら精霊さんに頼るとはいえ、日の当たらないところに畑を作るのは難しかったようです。
普段、直射日光にさらされることは余りないのでしょう。
クララちゃんのお肌は真っ白です。まさに深窓のご令嬢ですね。
ただでさえデリケートな幼子のお肌です。
慣れない強い陽射しを浴びて真っ赤に日焼けしてしまいました。
「イタタ…、迂闊だったわ、首筋の日焼けにお湯がしみる。
せめて、麦わら帽子くらいかぶるんだった…。」
お母さんの一人の呟きが聞こえてきました。
大人でも我慢できないような日焼けをしているようです。
わたしは目の前で涙目になっているクララちゃんをナナに託すと脱衣所へ向かいます。
湯上りのために用意した大き目の拭き布を体に巻き付けると、急いでシャルロッテ様のところに向かいます。
素肌に布切れ一枚ですが、女性しかいませんので問題ないでしょう。
その格好で脱衣所を飛び出すとちょうど、シャルロッテ様が駆けつけてくださいました。
さっき、別の子があげた大きな鳴き声を聞き付けて、急いで来てくださったとのことです。
わたしが事情を話し、シャルロッテ様を浴室に連れて来ると。
先程より状況は悪化していて、日焼けに慣れているナナ以外はみんな涙目になっています。
中には、泣き声を上げている子もいました。
「これは、困ったわね。」
そう呟いて思案するシャルロッテ様。
きっと、子供に優しいあの子が出てくるわねと思っていたら。
「全く迂闊ですわ、ロッテちゃん。
小さな子供はお肌が弱いのですから、あなたが気を付けてあげないと。
まあ、小さな子があんなに日焼けして可哀想に。」
案の定、シャルロッテ様を窘めながら、水の精霊アクアちゃんが姿を現しました。
わたしは、慌ててクララちゃんのもとに駆け付けると。
「はーい、クララちゃん、痛くないよ。
これから、ノノお姉ちゃんが痛くなくなるおまじないをしてあげるからね。」
わたしは出来る限り大きな声で、クララちゃんに話しかけ周囲の注目を引き付けます。
「いたくなくしてくえゆの?」
涙目で尋ねてくるクララちゃん、わたしが大きく頷くと…。
「あっ、くららちゃんだけずるい!
わたしも、わたしも!」
アリスちゃんの自分もと主張する声にうまいこと子供達の注目が集まりました。
わたしはシャルロッテ様に目配せをすると…。
「じゃあ、みんな!
いたいの、いたいの、とんでいけー!」
クララちゃんの頭をナデナデしながら、そう声を上げます。
すると、アクアちゃんが上手くあわせたくれた様子で、『癒し』の光が降り注ぎます。
昼間の明るい浴室、日焼けと言う軽いケガとあって『癒し』の光も多くありません。
痛みに涙目となっていた子供達の目は上手く欺けたようで、アクアちゃんに『癒し』の光に気付いた様子は見られません。
「うええ…、えっ、いたくなくなった?」
泣いていた子が、日焼けの痛みが消えたことに気付きます。
「おまじない、きいた!
いたくなくなった、ののおねえちゃん、ありがとう!」
クララちゃんも涙目から一転、とても愛らしい笑顔を見せてくれました。
子供達の方はこれで丸く収まりました。
ですが…。
「でも、この光…。
何日か前に、教会に降って来た光にそっくりね。」
大人の目はゴマかせませんでした。
二人参加しているお母さん方には、ばっちりアクアちゃんの存在が目撃されしまい。
数日前にシューネフルトの教会で起こった『奇跡』が、シャルロッテ様の仕込みであることがバレてしまいました。
ですが、幸いにしてこのお二方、アクアちゃんを非常にお気に召した様子で口を噤んでくださるようです。
シャルロッテ様の画策した『奇跡』の演出は世間にバレずに済みそうです。
「ふーん、あれも大人の事情なの?」
ギクッ、振り向くとそこにはナナの顔が。
どうやら、ナナもアクアちゃんの事をばっちり目撃したようです。
「そういう事だから、見なかったことにしてね。」
とりあえず、わたしはそう答えておきました。
冬になって、シャルロッテ様の許にお世話になればすぐに教えてもらえるでしょうしね。
********
無事にお風呂から上がったら、ランチの時間です。
この日のランチはフイッシュ・アンド・チップスを予定していましたが、わたしが変更してもらいました。
ランチは、ラクレットと言う地元料理を味わってもらいました。
取れたてのジャガイモを丸茹でして、火で炙ってトロトロに溶けたラクレットチーズを掛けた素朴な料理です。
せっかくチーズフォンデュでチーズ嫌いを治してもらったのですから、ダメ押しにもう一つ美味しいチーズ料理をと思ったのです。
自分で収穫したジャガイモだと言われた事もあるのでしょう。
子供達は一人として、チーズを掛けても嫌がる様子を見せずにジャガイモを頬張っていました。
そして、匂いが少なく、口当たりの良いチーズの味をとても気に入ってくれたようです。
食べ終わった後、子供達は「また食べたいね。」と言ってれました。
そして、あっという間に三日間が過ぎ、『わくわく、農村体験ツアー』も終わります。
お給金の銀貨が入った小さな布袋とジャガイモを詰め込んだ大きな布袋を抱えたナナが言います。
「シャルロッテ様、お給金ばかりか、こんなにジャガイモを頂いて有り難うございました。
うちはお腹を空かせた弟が二人もいるのでとても助かります。
それと、お姉ちゃん、久しぶりに会えて凄く嬉しかった。
また、しばらく会えないんだろうけど、元気でね。」
そう、午前中に収穫したジャガイモ、アルムハイムへ持ち帰るには多過ぎたのでナナに持たせることになりました。
食い扶持の多いわたしの家では貴重な食糧です。
有り難く頂戴することにしました。
「じゃあ、ナナちゃん、冬前には迎えに行くからね。
ご両親にはあとで私が説明に行くけど、ナナちゃんからも言っておいてね。」
ナナの帰り際、シャルロッテ様は冬場のことを念押ししていました。
村へ帰っていくナナを見送った後、わたしが三日間ナナと一緒に過ごせたことのお礼を言うと。
「何言っているのよ。
本来なら仕事抜きで帰省させてあげる約束だったのだから、私が謝らないと。
それに、ナナちゃんには本当に助かったわ。
いつも、小さな弟の世話をしているからか、小さな子の相手が上手ね。
良い妹さんね。」
シャルロッテ様はそう言ってくださいました。
その言葉にわたしはこう返します。
「はい、ナナはとっても良い子なんです!」
さあ、夏ももうすぐ終わりです。
2
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
妖精の森の、日常のおはなし。
華衣
ファンタジー
気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?
でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。
あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!?
「僕、妖精になってるー!?」
これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。
・毎日18時投稿、たまに休みます。
・お気に入り&♡ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる