恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
7 / 119

7 エリートはコスパを気にする

しおりを挟む
「っぷ、ぷくくくく」
「…………」
「ぶっ……あはははは」
「んもおおお! 笑いすぎ! っていうか、笑うな!」

 久我山さんが帰ってきたのは夜の九時過ぎだった。そして、「ただいま」って玄関開けたところから、俺の顔を見て、もうそこからずっと笑ってる。
 そんなに笑う?
 そんなに笑うほど?
 こっちはあの後、しばらく呆然としちゃって、久我山さんと同じビルに入っていく方々にすごい怪しい奴って顔されたんだけど。場所が場所なだけに下手したら職務質問されちゃうくらいだったんだけど。

「いや、だって、お前、スッゲぇ顔してたからさ」
「だって! 公務員っていうから!」
「公務員だけど? っぷははははは」

 だから、笑いすぎだっつうの。

「いや、あんなに驚いた顔されると思ってなくてさ。もう書類受け取った後もずっと笑ってて、同僚からどうしたって訊かれてさ」

 そしてまた笑ってる。

「あぁ、おもしれぇ」
「面白くないわ!」
「あははは。思いっきり引っかかるんだもんな」

 昨日、仕事何してんの? って訊いたら、公務員って答えた。

「確かに昨日、上手く話かわされた気がする」
「まぁな」

 そりゃ、話かわすくらい朝飯前でしょーよ。超エリートじゃん。あんなところで仕事してるなんて、もうすごい人じゃん。
 公務員。
 国家公務員。
 キャリア官僚。
 上級国家公務員。
 この方々の最終学歴とかすごいことになってるっていうのはわかる。とりあえず、友人関係浅く広く、だだっ広くな俺でもこの枠内に収まるエリートは知らない。だから「大先生」なんて聞きなれないワードからこの職業を言い当てることは一生できそうにない。
 そのうちの「公務員」をあえて選んでさ。

「じゃ、じゃあ、大先生って」
「そう、その時もすげぇ笑うの堪えるのが大変だった」
「んがー!」

 ネクタイだけ緩めてソファに座る詐欺師目がけて飛び込むように突撃すると、簡単にかわされた。まぁ、かわされるだろうと思いながらこっちもソファに飛び込んだんだけど。

「はぁ、楽しかった」
「こっちは楽しくない! 二日酔いも吹っ飛んだ!」
「ならよかったじゃん」
「っていうか、そのびっくりドッキリのためだけに俺、霞ヶ関まで行かされたの?」
「いや、あの日、蒲田が来てたから、見せびらかしとこうと思ってさ」
「あ……」
「大先生の秘書だからな」
「大先生!」

 俺が学校の先生だと思ってた謎の大物人物! ソファの背もたれに手をついて身を乗り出すと、久我山さんが冷蔵庫からビールを一つ出して、ちょうどグラスに注いでるところだった。

「とある政治家」
「えぇ! じゃあ、久我山さんってそのとある政治家の」

 娘さんを「あ~れ~」ってしたってこと?

「俺は手を出してない。流石に、娘を溺愛してるのは知ってるからな。しかも婚約直前。それに手を出して自分の身を危険に晒すほどバカじゃない」

 じゃあ、向こうが入れ込んでるだけなんだ。
 それも結構すごいことだけど。そんなの超お嬢様じゃん。

「その大先生の誕生日パーティーに出席した時に気に入られて」
「へぇ、すご」
「すごくはないだろ。なんも知らないお嬢様なんだから。なぁ、聡衣は飯」
「あ、うん。あの、勝手にキッチン使っちゃっていいのかわからなかったし。俺、料理全然ダメだから、やってない。久我山さん食べるのかわからなかったし」
「食うよ。じゃあ、適当に作る」

 そして、久我山さんはワイシャツの袖を腕まくりして、冷蔵庫の中からポンポンと野菜を、それから冷凍庫からお肉を出した。

「何作るの?」
「適当に」

 すご。
 適当に作るのって大変じゃない? 料理しないからかな。適当に、「食べられるもの」ができる気がしない。でも、久我山さんは手際よくそれを洗って切って、洗って。戸惑うことなく手を動かしてる。

「なんか、すごいね」
「? 何が」
「んー……エリートじゃん。官僚ってことでしょ? なんかそういう人たちって、クラブで飲んだり、高級小料理やのカウンターでご飯食べてそう」
「っぷは、どんなイメージだよ。そんなの毎日してられるほど高給取りじゃない。それに外食って案外コスパ悪いだろ。出かけて帰ってくる移動時間。服だって家にいる時みたいなリラックスしたものじゃなく、それで頼んで食って、金払って。それなら家でリラックスしながらビール飲んで好きに作って食って、ゆっくりしたほうが何倍もいい」

 久我山さんは笑いながら切った食材をフライパンへとまな板から滑り落とした。
 でもさ、やっぱり仕事から帰ってきて、そんなふうに手際良く料理をするとは思わないっていうか。プラス、女ったらしの久我山さんならお料理作ってくれる女性が山ほどいそうだから、自分で自炊なんて。

「自炊の方が楽。エリート官僚つっても、まだ若手の俺らの給料なんて、いうほど高くない。毎日外食なんてコスパ悪いことはできないんだよ」

 魔法……みたい。

「でも、まぁ、大体適当だけどな。あるもので適当に」

 ほら、もう魔法のよう。熱せられたフライパンからトランポリンでもするみたいに野菜とお肉たちがジャンプしてる。すごい、料理人みたい。

「けど、今日は」

 ほらまた、フライ返しという名のつけられた食材たちのハイジャンプ。

「?」
「一人じゃないから、少し、ちゃんとしてるかな」

 俺が、いるから。

「一応、今日、お使い頼んだしな」

 そして、アイランドキッチンの中心からこっちを見て、ニヤリと笑う。

「美味いものになるように気をつけてる」

 そんな彼が炒めてるオリジナル適当レシピの晩御飯からは食欲をそそる美味しそうな匂いがしてた。



しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...