少年ドラッグ

トトヒ

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ホノカという女

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俺は案外小心者だったようで、名刺に書いてある連絡先に電話をかけるという単純作業ができない。
終始上の空で、普段からまともに聴いていない授業をさらに聴くことができなかった。
それどころか、奏ちゃんとの楽しい昼食も心ここにあらず。
このままではまずいと思い、情けないが公平に相談することにした。
幼馴染の公平は、俺の生い立ちをほとんど知っている。
放課後の掃除を抜け出し、公平を呼び出した。 
昨夜のことを簡単に話すと、公平は目を見開いた。

「俺が電話してやろうか?」

そういう問題じゃないんだが。
勝手にわくわくしないでくれよ。

「やっと舞い込んで来た手がかりだろ。早く知りたいじゃないか」

公平がはたきで俺の頭を軽く叩いてくる。
汚いからやめろ。

「何話せばいいんだろう」

「何でもだろ! その人が知ってること全部聞き出してやれ。そうしたら、お前も何となく思い出すんじゃないか?」

公平の言う通りだ。
母親のことは忘れようと決めていたが、このチャンスを逃してはいけない。
公平の後押しもあり、俺は学校の非常階段に移動してスマートフォンを取り出した。
名刺に書かれた番号を入力する。
数回のコール音が鳴り終わり、枯れたような声が応答した。
俺の正体を伝え、そして次の日曜日に新宿で会う約束をした。

約束の日曜日、俺は叔父さんから渡された手土産の紙袋を抱えて電車に乗り込んだ。
地元からなら一時間程で都心に出ることができる。
けれど、あまり新宿まで行くことは無い。
あまり近づかない土地、そして母親の知り合いに会いに行くことに緊張して座席に座っている。
そんな俺をよそに、隣に腰掛けている公平はスマホゲームに忙しそうだ。
今日の約束が決まったと公平に伝えたら、自分も行くと言い出した。
スナックというものに行って、大人の階段を上りたいらしい。
本当に馬鹿な奴だ。
でも、少しだけ心強いと感じてしまっている俺がいる。
新宿駅なんてほとんど来たことが無く、広すぎて出口が分からなかった。
競歩でもしているのかという速さで大量の人が通り過ぎて行く。
俺も公平も田舎者丸出しで彷徨い歩き、不機嫌な駅員に出口を尋ねて何とか脱出できた。
駅から地上に出るだけで疲れてしまった。
なんて街なんだろう。

「冒険してるみたいだな」

公平がへらへら笑っている。
こんな場所まで通勤している社会人の気が知れない。
やっぱり俺は、叔父さんの八百屋を継ごうと決めた。
スマートフォンの地図アプリを頼りに、約束のスナックへと向かう。
開店前のお昼なら、時間を取ってくれると言ってくれた。
大量のよく分からない店が立ち並ぶ路地裏に、『スナック・ホノカ』という痛んだ看板を見つける。
このような店に俺達のような子供が足を踏み入れてしまって良いのか躊躇したが、公平が勢いよく扉を開いてしまった。
こういう時だけ潔い良いなお前。

「すみません。約束していた八重藤と付添人です」

公平が挨拶をして店の中にどかどかと入って行った。
俺も慌てて後を追う。
店内は薄暗く、煙草の匂いが充満していた。
居心地はあまり良くない。

「いらっしゃい」

カウンター席の奥、ソバージュヘアの女性が顔を覗かせた。
真っ赤な口紅に、羽ばたけそうな睫毛をしている。
厚い化粧で年齢がよく分からないが、三十代後半から四十代に見える。

「薬人君は、君ね」

その女性は俺を指差した。
その長い爪は真っ赤に塗られている。
少し背中がぞくぞくとした。

「はい。はじめまして、八重藤薬人です。これ、詰まらない物ですが」

俺はカウンターテーブルにお土産の紙袋を置いた。

「あら、ありがとう。私はホノカよ。宜しくね」

ホノカさんは紙袋を受け取り、俺と公平に座るように勧めた。そして、ガラスのコップに飲み物を注いで出してくれた。

「これって、酒ですか?」

公平が飲み物の匂いを嗅ぎながら聞いた。

「大丈夫、ただのアップルジュースよ。未成年者にお酒出したら、罰則されちゃう」

「なんだ、酒飲めると思ったのに」

公平は残念そうだ。
何を期待して来たんだこいつ。

「私もお酒くらい別にいいと思うんだけどね。ネオドラのせいで、ドラッグよりお酒の方が有害物扱いされているのは本当に不思議」

やっぱりそういう世代か。
酒は飲めば気持ち良くなるらしいが、他にメリットは無いだろ。

「今日はお会いしてくれて、ありがとうございます。母の知り合いなんですよね」

ホノカさんが俺を見つめる。

「そうよ。昔、美和子さんにお世話になったの。君がテレビに出ていたのを知ってね。もしかしたらと思って家に訪ねに行っちゃった」

全国大会で中継されたことが、こんな縁を結ぶとは。
サッカー部に入って良かったかもしれない。

「久しぶりに美和子さんに会いたいなと思っていたんだけど、お母さん海外を飛び回っているのね。すごいわね」

すごくはないだろう。
何年も海外にいて、一向に花開く気配がない。
きっと才能が無いんだと思う。

「薬人君はお母さんと、全然会っていないの?」

「はい。ていうか、母のことを全然覚えてないんです。迷惑じゃなければ、当時のことを少しでも教えてもらえませんか?」

隣に座っていた公平が突然立ち上がった。

「ジュースご馳走様でした。じゃあ薬人、俺買い物してくるな。帰る時は連絡よこせよ」

公平はホノカさんにお辞儀をして、店から出て行ってしまった。

「いい友達ね」

あいつなりに、気を使ってくれたんだな。

「さて、何を知りたいの?」

ホノカさんが、俺に向い合せで腰掛けた。
薄暗い照明が、彼女の青いアイシャドウを輝かせる。

「ホノカさんは、俺が母と暮らしていた頃を知っていますか? 俺は当時、茨城にいたみたいなんですが」

ホノカさんは笑顔で頷いた。
やったぞ。

「母はどんな仕事をしていましたか?」

「いろいろなバイトを掛け持ちしていたわね。それこそ朝から深夜まで」

なるほど、女手一つで俺を育てなければならなかったから苦労したんだろうな。
俺の母親である八重藤美和子やえふじみわこは十代の頃に、両親と喧嘩をして家出してしまったらしい。
若者によくある話だと、叔父さんが話してくれた。
母親が家出をして、不倫をして子供を作ってしまっている間に、俺の祖父母は他界した。
両親が死んで八百屋を受け継いで大忙しの叔父さんに俺まで押し付けた。
そして母は今も夢を追いかけている。
これが現時点で俺が知っている母親の情報だ。
どう聞いても、どう考えても酷い女だと思う。

「母は、どんな人でしたか?」

酷い女以外に表現できる要素があるのだろうか。
それでも他人の意見を聞いてみたい。

「綺麗な人だったわよ。君みたいにね」

ホノカさんは妖艶に微笑んで、俺の頭を撫でた。
綺麗な人、それは外見だ。
写真の中の母親は、確かに顔は整っていたと思う。
けれど、写真じゃ性格までは分からない。
十代の頃は明るい性格だったと叔父さんは言っていた。

「君は、本当に、何も覚えていないの?」

ホノカさんが俺の目を覗き込んでくる。
心の奥まで見ようとするように。

「はい」

「何故?」

「分かりません」

「おかしいとは、思ったことはないの?」

おかしいと思ったことはある。
もちろん、叔父さんだって心配していた。
病院に連れて行ってもらったこともある。
けれど、脳には何の異常も見られないと医者からは言われた。
精神的要因の可能性もあると、カウンセリングを受けたこともある。
残念ながら、何の効果も無かった。
そして、この年まで少しも思い出さない。
まるで無かったことにされてしまったように。

「君達若者は、ドラッグに詳しいのかな」

ホノカさんが首を傾けて微笑を浮かべる。
あれ、話題が変わったぞ。

「俺は時々、ドラッグストアで眺めている程度です。お金かかるし。金持ってるクラスメイトは、試験前に集中力が上がるやつ飲んだりしてますね。女子は、美容ドラッグに詳しいと思いますよ」

「私もアンチエイジングドラッグを毎日飲みたいくらいよ。でも、いいやつは高いのよね。結局、ネオドラって格差社会を助長させただけなんじゃないのかしら」

ホノカさんは頬杖をつきながら、溜息をつく。
確かにドラッグは高い。
ランクによっては、庶民でも手が出せるようになったが、俺みたいな貧乏高校生はなかなか買う気にはなれない。
大学受験をするわけじゃないし、そんな俺には集中力高めるドラッグも必要ないけどな。

「でも、君達高校生が扱えるドラッグはたかが知れているわよね」

ドラッグの種類によっては年齢制限がかかっている。
それは、酒や煙草と同じことだ。
そんなことは常識だ。

「記憶を蘇らせるドラッグがあるのを知ってる?」

ホノカさんは組んだ手の上に顎を乗せた。
真顔で俺を見つめる。

「ドラッグの都市伝説は多いですよね」

俺の発言がおかしかったのか、ホノカさんは小さく笑った。

「火のないところに煙は立たないって言うでしょ。都市伝説で囁かれるようなドラッグが開発されても、権力者の元で止まり、庶民の世界にはおりてこないのよ」

良質で強力なドラッグは、富豪や権力者が囲い込んでいるということか。
それと似た話で、私立の金持ち学校では部活の大会前や試験前にドラッグを支給しているらしい。
残念ながらうちの高校にそれは望めない。
金が無い者はドラッグの恩恵を受けることができない。

「うちのお客さんにね、ドラッグ研究員がいるの。その人に頼めば、記憶を戻せるドラッグをもらえるかもしれないわよ」

だんだん雲行きが怪しくなってきた気がする。
俺はただ、母親の話を少しだけ聞きたかっただけなんだけどな。

「うち、貧乏なんです。そんなお金払えません」

俺が軽く断ると、ホノカさんが俺の手を握ってきた。
心臓が跳ね上がる。

「私が出してあげてもいいわよ」

ホノカさんが目を細めて笑った。
赤い唇が口角を上げる。

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

「美和子さんに会いたいから」

目の前の女は、俺の手に赤い爪を立てる。
よく見れば、その手の甲に細かい皺があった。
なんとなくだけど、ホノカさんは好意で俺の母親に会いたいわけではないような気がする。
自分へのドラッグが買えない女が、俺のようなガキの為に高額ドラッグを与えるなんて、さすがに俺でもおかしいと分かるぞ。

「ご親切にありがとうございます。少し考えさせてもらってもいいですか?」

俺はできるだけ表情を柔らかくし、優しく伝えた。
ホノカさんはしばらく沈黙した後、俺の手を離した。
店から出る俺に営業スマイルで見送ってくれたけど、目は笑っていなかった。

公平に先に帰るとメッセージを送ったが、こいつはちゃっかりと駅で待ち伏せをしていた。
好奇心むき出しでいろいろ聞かれることを覚悟していたけれど、公平は特に何も言わずに改札口へ入って行く。
電車に乗っている間も、公平は全く関係無い話を振ってきた。
新宿でライトノベルの最新刊を買おうとしたが、道に迷って買えなかっただとか。
その本のシリーズが面白いから今度貸してやるだとか。
自分もその主人公のように、美少女ハーレムを作りたいだとか。
いつも以上にどうでもいいことを話してくる。
そうだ。
こいつはそういう奴だ。

「母親のことなんだけどさ」

これ以上気を使われることに耐え切れず、仕方なく自分から話を切り出した。
公平は口を閉じて俺を見つめる。

「結局、よく分からない人だったよ」

話す価値も無い、短い回答だった。
ドラッグを勧められたことは言えなかった。

「そっか。まあ、すぐに真実が解き明かされても面白くないもんな」

公平がニヤリと笑った。

「それよりさ、新しいゲーム買ったからやりに来いよ。昔一緒にやったやつの最新作」

こいつとは幼馴染で、そして親友だ。
記憶が無く、母親も父親もいない、不完全な転校生の俺を公平は友達として認めてくれた。
広い教室の片隅で不安だった俺に、毎日話しかけてくれた。
俺を家に招待してゲームを教えてくれた。
世界を滅ぼす悪の魔王を、自分が勇者になって倒しに行く王道のロールプレイングゲームだった。
俺はその世界に没頭し、放課後はいつも公平の家に入り浸った。
その最新作が出ていたのは知っていたけど、ロールプレイングを一緒にやるのは難しいよな。

「レベル上げておいてくれ。ラスボス手前になったら行くよ」

「お前な、おいしいところだけ持っていくなよ!」

公平が俺の肩を叩いた。
今の俺には、それが何だか心地よかった。

帰宅後、今度は叔父さんに気を使われる羽目になった。
公平に対して言った同じセリフを俺は言う。
もちろん心配させたくないから、ドラッグの話はしなかった。
正直、興味はあった。
けれど、見ず知らずの怪しい女から怪しいドラッグの話をされても、ほいほい飛びつくような真似はできない。
そのくらいの危機感くらいもっているつもりだ。
今日の出来事も忘れてしまおうと決め、俺は忙しくも楽しい高校生活に戻った。
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