少年ドラッグ

トトヒ

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罪を告白するはずが……

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叔父さんとのお別れに丁度良いくらい、綺麗で物悲しい夕焼け空だった。
俺は学校から帰るいつもの道を歩き、叔父さんの家に向かう。
その途中で俺の誘拐現場を通った。
たぶん何か薬品を嗅がされて、車に連れ込まれた。
男でも夜道に気をつけなければならないなんて、平和な国とはいえないじゃないか。
普通なら、トラウマになるのだろうか。
でも、エデンの影響か誘拐現場を通り過ぎても、その時のことを思い出しても、監禁時を振り返っても俺は冷静だった。
ドラッグってすごいな。
エデンの値段はいくらなんだろう。
たぶん、近所のドラッグストアなんかじゃ売っていないだろうな。
余計なことを考えているうちに、叔父さんの家に到着した。
シャッターが閉まっている。
八百屋の閉店にはまだ早いんじゃないかな。
いつもは、もう少し遅くまでお店を開いている。
それもこれも俺のせい。
俺を養うために、ずっと働いているからだ。
叔父さんは中にいるのかな。
とりあえず裏口から入ろう。

「薬人君!」

家の裏手へ回りかけた俺に、叫び声にも似た声が聞こえた。
振り返ると、そこには短く整えられた黒髪に黒縁メガネの青年が驚いた表情で立っていた。
俺の腹違いの兄である、生野玲時いくのれいじだ。
別に約束している日ではなかったはずだけど、何でここにいるんだろう。
玲時さんは、俺のもとへ駆け足で近寄って来る。
そして、肩を強く掴まれた。

「どこ行っていたんだ! 心配したんだぞ!」

温厚な性格の彼からはあまり聞かない、激しい音量の声が響いた。
俺と違って育ちが良さそうなその顔も歪んでいる。

「ど、どうしてここにいるんですか?」

俺はしどろもどろになって噛んだ。

「薬人君が行方不明だって、実人さんから連絡があったからだよ。さっきまで周辺を探していたんだ。実人さんも探し回っているよ」

何をしているんだ叔父さん。
俺なんかの為に、忙しい医大生の玲時さんに連絡するなんて。
空気を読めよ。
貴重な日曜日を無駄にさせてしまった。
また、玲時さんの母親が乗り込んで来るぞ。

「とにかく家に入ろう。僕は実人さんに連絡するから」

玲時さんは俺の腕を強く掴み、裏口から家の中へと入った。
俺を茶の間に座らせ、玲時さんはすぐに叔父さんへ連絡し始める。
そして、俺はだんだんと自分の浅はかさに気づいてきた。
なんだか面倒なことになる予感がする。

「どこ行ってた! どれだけ心配したと思ってるんだ!」

さっき聞いた気がするセリフを、家に戻って来た叔父さんから言われた。
玲時さんの声量の百倍くらいはあったけど。

「ごめん、なさい」

俺はあまり叔父さんから怒られたことがない。
けれど、今の叔父さんの形相から判断して、確実に怒っていると分かる。
こういう場合は、とりあえず謝らなければならない。
叔父さんは鬼のような形相で俺に近づいて来た。
殴られる。
ごめんなさい、お母さん。
幼い頃の俺が怯えた声で、記憶の彼方から囁いた気がする。
俺は痛みに耐えようと歯を食いしばり、目を固く閉じた。
でも、伝わってきた痛みは予想していた衝撃と違った。
締め付けられるような圧迫感が前身を襲う。
目を開いて確認した。
俺は叔父さんに抱きしめられている。

「無事で良かった」

叔父さんが泣いている。
どうすればいいのだろう。
馬鹿な俺には分からない。
助けを求めようと、俺は頭のいい玲時さんを見た。
嘘だろ。
何であんたも泣いているんだよ。

「怪我は無いか?」

叔父さんが俺の体をさすってくる。
大した怪我は無い。
ちょっと頬を叩かれて血を抜かれただけだ。

「どこに行っていたんだ?」

俺の故郷に行ってきたよ。
母親と住んでいた家も見に行ったんだ。
後、温泉も入ったよ。

「無理して話さなくてもいい。話せるようになったら教えてくれ」

どうやら俺の口からは何も話せてなかったみたいだ。
口を金魚のようにぱくぱくさせていた。
でも、ちゃんと言わなければ。
ごめんなさい叔父さん。
俺、あなたの姉を殺しました。
自分の母親を殺しました。
裏世界の友達に、その死体を捨ててもらいました。
そして、そのことを全て忘れて叔父さんに養ってもらっていました。
今まで能天気に生きてきて本当に、申し訳ございませんでした。
この罪は、死んでお詫びします。
このご恩は、死んでも忘れません。

「ごめんな」

叔父さんが俺に頭を下げてきた。
何故だ。
何で叔父さんが謝るんだ。

「やっぱり、お前に母親の知り合いに会わせるのは良くなかったな。何か思い出すきっかけになればと思ったんだが、俺は馬鹿だったな」

俺は背筋が凍りつく思いがした。
叔父さん、まさか知っているのか。
あの人に誘拐されて、俺が監禁されていたことを。

「公平君から聞いた。新宿から帰ってくる時、お前様子がおかしかったみたいだな。悩ませて悪かった」

俺は一瞬思考停止したが、やっと理解した。
俺がホノカに会い、母親のことに何かしら悩んで家出したと思われているようだった。
俺は何故か安堵してしまった。

「叔父さん、俺」

俺はやっと声を発することができた。
叔父さんが俺の顔を覗き込んでくる。
叔父さんは初めて会った頃と比べて、目じりの皺やほうれい線が濃くなっている。
苦労させてしまった。
だから言わなければならない、真実を。
やっと思い出せたんだ。

「ガキくさいことしてごめん。もう大丈夫だから。明日からちゃんと学校行く」

俺は全く思ってもいないことを口走ってしまった。
自分で言っておいて、自分に驚いた。
叔父さんはいつもの愛嬌がある表情で笑い、俺の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
俺は叔父さんに嘘をついてしまった。
軽いやつじゃなく、とんでもない大嘘だ。

「参ったよ。十代の家出は珍しくないが、俺はお前がいないと生きられないよ」

「え、そうなの?」

俺がそう言うと、叔父さんはまた俺の頭を強めに撫でた。
もしそうなら、俺のプランは崩れる。俺が全て告白して死んだら叔父さんはどうするのだろうか。
叔父さんは幸せになれないのか。
でも、俺の罪を告白して死なないパターンはあり得ないよな。
どうすればいい。
何が正解なんだ。
考えろ。
エデンよ俺に力を貸してくれ。
そもそもさっき告白できなかったじゃないか。
タイミングを逃してしまった。
だって、大人の男二人が泣いていたから。
待てよ、俺が二週間ちょっといなくなっただけで泣くなら、真実を話してしまったらどうなるのだろう。
本当に叔父さんは生きていけないかもしれない。
それだけは、だめだ。
じゃあ、俺がすべきことは一つしかない。
死ぬまで嘘をつきとおし、いつもの日常に戻ることだ。
大切なものを守る為には、状況に応じて対応を変えることも大切だ。

当初の予定を変更した俺の元へ、その後二人の警官が訪ねて来た。
叔父さんはちゃんと捜索願を出してしまっていた。
確かに普通の神経なら、そうするだろう。
普通じゃない連中に捕まり、とても普通じゃない人に助け出されたから感覚が麻痺していた。

「まったく。これからは叔父さんを心配させるんじゃないぞ」

あづまと名乗る高身長でガタイのいい刑事が俺に説教をする。
年は叔父さんより若いくらいか。
ベテラン臭がする。

「まあまあパイセン、十代なら家出の一つや二つしますよ」

その隣に立っている真田さなだという刑事はニヤつきながら東刑事をなだめた。
年は若く、恐らく二十代だろう。
東刑事よりも長い髪は外にはねていて、なんだかチャラそうだ。

「近頃は、違法ドラッグ業者の動きが活発になっている。家出をしている君みたいな若者は狙われやすいんだ」

東が鋭い眼光で俺を見てくる。
その目とドラッグという単語に俺の肩は震えた。

「脅かしすぎですよ。今は規制が厳しくて、そう簡単に違法ドラッグに辿り着けません。パイセンのドラッグ恐怖症どうにかなりませんかね」

へらへらと笑う真田刑事を東刑事が睨む。
真田刑事は肩をすくめた。
俺も緊張して固まる。
あっくんは確か、エデンを違法ドラッグとは言っていなかったはずだ。
でも、違法ドラッグの場合、俺の鞄からそれが見つかればまずい。
後で調べよう。

「まあ、無事で良かったじゃないっすか。いろいろ悩むのが十代だけど、そんな時はドラッグを使うと楽になれるよ。今度オススメ教えてあげるからさ」

真田刑事の発言に東刑事が溜息をつく。
世代が違う者同士だと大変そうだな。

二人の刑事が帰宅した後、俺は自分の部屋へ行き鞄からスマートフォンを取り出した。
電池が切れているだけで壊れていない。
良かった。
格安スマートフォンでも新しいものが必要になれば、どうしてもお金がかかってしまう。
電源がつけられるくらいまで充電し、スマートフォンを起動した。
エデンを調べようと思っていたが、大量のメッセージと着信履歴に驚いた。
クラスメイト数名からも連絡が入っていたが、公平を筆頭に如月や部活の監督である土屋、そして奏ちゃんの名前が目立つ。
いろいろありすぎたとはいえ、彼女の存在を忘れていた俺は最低な彼氏だ。
おまけにあのまま死んでいたら、彼女の心に大きな傷が残るのではないだろうか。
心だけじゃなく、完璧な彼女の経歴にも影響を与えるかもしれない。
付き合っていた彼氏が自殺したなんて、背負わせられない。
俺って本当に馬鹿なんだと自覚した。
落ち込む。

「薬人君。ご飯できたみたいだよ」

扉の向こうから玲時さんの声が聞こえる。
窓の外は暗く、もう夜遅い時間だった。
俺は慌てて扉を開けた。

「玲時さん帰らなくて大丈夫ですか?」

何でまだ家にいるんだ、この人は。

「今日は泊まって行くよ。家にも連絡しておいた」

「え! お母さん何か言ってませんでしたか?」

「大丈夫だよ。友達の家で勉強会してるって言っておいた」

玲時さんは爽やかに笑った。

「でも、何で?」

玲時さんが泊まって行く理由が分からない。

「僕だってね、心配したんだからね。弟が無事に帰って来たお祝いくらいしたいじゃないか」

玲時さんは腕組をして、少し怒ったようなそぶりをした。
それから笑顔になって、俺を夕飯に誘った。
そうだ、この人はそういう人だ。
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