夏の終わり 〜extra time〜

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夏の終わり

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「え、あんたもなの・・・」
スマホの画面を見て、私は落胆のため息をついた。

今日は夏休み最後の日。
明日からは2学期が始まる。
そんな少し気怠い1日を友達とのんびり過ごそうと思い、9時に起きてからずっと、私はあまり多くはない友達に連絡をとっていた。
で、ついさっきも真里奈から『宿題終わってないぃ』という残念な返事がやってきたのだった。
「まったく・・・私たち受験生だよ。もっと計画的に勉強しようよ」
そう、私たちは今中3。高校受験を控えた大事な時期なのだ。
「まあ、海も花火大会もそれなりに楽しかったけどさぁ・・・」
そう、受験生とはいえ夏休みは夏休み。私たちは出来る限り中3の夏、つまり中学生最後の夏を楽しんだのだ。
「だからってさぁ・・・」
今更宿題溜め込んでるとか・・・
私は、受験勉強と宿題、夏季講習の予習に復習と、ちゃんと計画的に進めてきた。
それで、昨日と今日は終わらなかったときのために空けておいたのだが、一応推薦狙いの私だ。なんら問題なく全てのミッションを終えてしまったのだった。
「うわぁ~、せっかくの夏休み最後の1日。どうしよぉ・・・」
ベッドに寝転がったまま、仕方なくアプリを見始めた。
それからしばらくして・・・
「・・・はっ!こんなんじゃ貴重な1日がいつも通りスマホで終わっちゃう」
ガバッとベッドから起き上がった私は、とりあえず外に出る準備を始めた。
「・・・花音、あんたも・・・」
ちょうど着替え終わった頃、ついに最後の一人(実はちょっとだけ期待していた)花音からも空白だらけのプリントの画像が送られてきた。続いてボロ泣きのスタンプ。
「うっわ~、これってまだ前半じゃない?」
1ヶ月くらい前にやったプリントを思い出しながら、私は花音の家の方を向いて祈った。
「このプリントの束が最後であることを祈ってるよ」
と唱えたあと、ファイト!のスタンプを送った。
「ひとりでどっか、いこっかなぁ・・・」
夏の間に伸びた髪をポニテにまとめ日焼け止めを塗ったあと、私は部屋を出た。

「あっつぅ・・・」
玄関を出た途端、まだまだ強い夏の陽射しが照りつけてきた。
小さい頃のママの言葉がなぜだか忘れられない私は、熱中症対策にしっかりキャップも被り、ミニリュックにハンカチとお財布とお水のペットボトルが入っているのを確認してから、なんとなく駅の方に向かって歩き始めた。
今日の私はボーイッシュめ。キャップにTシャツ、デニムのショートパンツにスニーカーというスタイル。
「パパのクールスプレー吹きつけてきてよかったぁ」
少し風があるので、服に吹き付けてきたが程よく体を冷ましてくれる。
「これで明日から学校とか・・・」
私はなるべく日陰を選びながら、のんびりと駅へ向かった。

「ふわぁ~、中は涼しい」
ショッピングモールの自動ドアが開くと、中から涼しい風が流れてきた。
「やっぱ、文明人はこれだよねぇ」
聞いてくれる人もいないので心の中で呟いてみてから、涼しい店内をエスカレーターへと進んで6階の書店へ向かった。
「あーもう発売してたんだぁ。あれってどうなってんだろ?」
書店に入ってなんとなく棚を眺めていると、前に読んでいた漫画雑誌の最新号が出ていた。
「・・・展開ぜんぜんわかんないや。前読んだのっていつだっけ・・・」
すっかり読まなくなってしまったかつてのお気に入りのページを開いてはみたものの、知らない登場人物がいてもうまったく分からなくなっていた。
仕方なくその雑誌を元に戻し、ファッション誌の棚を探していると、見覚えのある顔が目に入ってきた。
「あっ・・・あいつ・・・なんでいるの?」
同じクラスの男子、松本が何かの雑誌を見ていた。
松本とは2年の時委員会が一緒だったけど、それ以外ではほとんど話したこともなかった。
私は割と男子とも普通に話す方だったけど、松本の方が他の男子ともあまり話さないみたいで、私の記憶の中にある彼は、いつも一人だった気がする。
「声・・・かけるほどでもないよね」
彼の方は私には気付いてないようだったので、私はそそくさと書店を離れた。

「そういえばパパ、新しいカメラ買うとか言ってたなぁ」
同じフロアに家電量販店も入っているので、私はパパが狙っているデジカメを見に行った。
それを買うと、私にお古が回ってくる予定なのだ。
「・・・あった!これこれ。うわっ、重!」
小さい頃からパパは一人娘の私の写真をたくさん撮ってくれた。
「ってかもう必要なくなるんじゃないの?なんで新しいカメラ?まあ私はあのちっちゃいのもらえるからいいんだけど」
なんて思いながら、パパが狙っている重たいカメラのファインダーを覗くと、
「えっ・・・また、あいつ・・・」
松本がこっちに向かって歩いてくるのがファインダー越しに見えた。
望遠レンズで見ていたので、松本の方はまだ私には気付いていないはずだ。
Tシャツにジーンズにスニーカーという私と似たり寄ったりの格好だったけど、細身なのにしっかりと歩くその姿は、やっぱり男の子なんだなって感じられた。
「・・・割と、かっこいい、かも」
とファインダー越しになんとなく見惚れてしまった私は、慌ててカメラを置いて松本とは反対方向に歩き始めた。
「ふう、もうこないわよね」
振り返って見知った顔のないことを確かめた私は、フロアを一つ降り今度はスポーツ用品のお店に入った。
私は部活はやってなかったけど、小学生の頃はテニススクールに通っていた。
私をダシにして実はママがやりたかったのだ。
が、ママは筋肉痛に耐えられず、最初の1ヶ月で辞めてしまった。
で、ママのお供だったはずの私の方がハマってしまい、小学校卒業まで毎週通っていたのだ。
でも、中学ではやる気にならなくて(市立中学の割には名門の部活だった)気づいたらタイミングを逃していて、結局部活動は何もしないまま、今を迎えてしまったのだ。
そんな私だったけど、時々ママに連れられてテニスをしていたので、ウェアとかラケットにはやっぱり興味があり・・・
「最近また背が伸びたしなぁ・・・次やるときには買ってもらおっかな・・・これとかいいかも」
なんて、可愛いウェアを物色していた。
「そういえばラケットも・・・」
たまにしかやらないのでそんなに問題はないのだが、ラケットも小学校の高学年の時に買い替えただけで、ずっと同じのを使っていた。
そんなこともあって、良さそうなものを手に取ってまわりに気をつけながら軽く振ってみたりしていると。
「長野!」
と私を呼ぶ低いこえが聞こえた。
「えっ⁉︎」
と声の方に振り返ると、松本が私を見ていた。
「・・・テニス、やるんだ」
「う、うん・・・」
ななな、なんであんたこんなところまで来てるのよ!
ってかなんでいきなり声かけてくんの!
「しょ、小学生の頃、やってた、から」
予想外に声をかけられてしまった私は、何故だか顔を真っ赤にしながらそんなことを答えていた。
「そうなんだ。なんか意外だな」
「そ、そう?」
「お前、部活やってないだろ」
「そ、そうだけど・・・」
私の返事を聞いていたのかいないのか、松本は私の後ろを通り過ぎて奥のサッカーシューズのところへ行ってしまった。
声をかけられたことに呆然としてしまっていた私は、思い出したようにラケットを元に戻すと、今度は離れるのではなく、松本のあとについて行った。
「あ、あんただって部活やってないじゃない。なのに、なんでサッカーシューズ見てんの?」
「・・・おれ、クラブチーム入ってるから」
視線はシューズに向けたまま、松本は私の質問に答えた。
「ふ、ふーん。サッカーってそういうのもあるんだ」
「ああ」
会話が続かない。
「・・・な、なんでいきなり声、かけてきたのよ⁉︎」
せっかく話しかけてやったのに、邪険にされた感じがして、私は松本に食ってかかった。
「目の前にいたから」
「そ、それだけで声かけるの?」
「ああ」
それだけいうと松本はサッカー用品のコーナーの方へ歩き始めた。
松本の返事になんとなく納得のいかない私は、松本の後ろについていった。
「・・・何見てるの?」
「レガスト」
「?なに、それ?」
「・・・これ」
松本はマジックテープのついた小さなベルトのようなものを手に取った。
「この前無くしちゃったから、買いに来た」
「そうなんだ」
しゃがんで見ていた松本の横に、いつのまにか私も一緒になってしゃがんでいた。
松本はしばらく見比べた後、黄色のレガストを手に取って立ち上がった。
「それ、買うの?」
「うん。目立つ色の方がいいかなって」
「だね。見つけやすいもんね」
「うん」
それだけ言うと、松本はレジの方へと歩いていった。

「ありがとうございまいしたぁ」
結局私は松本が買い終えるのを待ち、一緒に店を出た。
「ね、ねえ。さっき本屋さんにいたでしょ?」
「うん」
会話終了。
なんとなく離れにくくて、私は松本の隣を歩いていく。
「量販店にもいったでしょ?」
「うん」
またも終了。
ねえ、松本!もう少し会話のキャッチボールしようよ。あ、サッカーだからパスかな?
「なに、見てたの?」
「・・・カメラ。長野が見てたやつ」
ええっ!私、見られたの⁉︎
「な、なんで私がカメラ見てたって知ってるのよ」
「お前、おれの方に、レンズ向けてただろ」
き、気づかれてた⁉︎
覗き見を気付かれていたと知った私は、顔が真っ赤になった。
「べべ、別にあんたを見てたわけじゃない、わよ・・・」
「そっか」
ううっ、めちゃ恥ずかしい・・・
この恥ずかしさを紛らわすため、私は強引に話題を変えた。
「・・・でさ、あ、あんたこの後、どこ行くの?」
「・・・帰る」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
予想外の答えにうろたえる私。
「別にやることないし」
「そ、そうなんだ・・・」
「あ、あんたってさ、どの辺に住んでるの?」
「南口側」
「それはそうでしょ!私たちの学区こっちなんだから。そうじゃなくて・・・」
「小学校一緒だったろ?」
「えっ、そ、そうだっけ?」
「おれ、6年の3学期に転校してきたから知らないかもだけど。クラスも違ったし」
「そ、そうだったんだ・・・」
本当に知らなかった。
「?じゃあ、なんであんたは私が同じ学校だって知ってたの?」
クラス違うなら変だよね?
「・・・中1から同じクラスだし。帰る方向、同じ、だったから」
松本は少し恥ずかしそうに答えた。
「そ、そっか・・・」
恥ずかしそうに視線を逸らす松本を見て、私もなんとなく反対側に視線を逸らした。
「ね、ねえ、あんた、どうせ暇なんでしょ、今日?」
「うん。練習もないし」
「宿題は?」
「とっくに終わってる」
「そうなんだ・・・じゃ、じゃあさ、その・・・どっか、遊びに行こうよ!私もさ、ひ、暇、なんだ・・・」
と言い切ってから、自分が男子を誘っているんだと気づいて、あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になってしまった。
「・・・別にいいけど」
そんな私に気づく様子もなく、松本はボソッと呟いた。
「そ、そう・・・」
私は明後日の方を向きながら手でパタパタと自分の顔を仰いだ。
「・・・で、どこ行くんだ?」
無遠慮にそんなことを聞いてくる松本。
「ま、松本はどこか、行きたいところとか、ないの?」
少しずつ落ち着きを取り戻しながら、私は尋ねた。
「・・・特にない」
「そ、そうなんだ・・・」
誘ってはみたものの何も考えていなかった私は、にべもない松本の返事に困り果ててしまった。
「・・・ねえ、お金、ある?」
「・・・2000円くらいなら」
「ならさ、ぼ、ボウリングとか、どう?」
「ボウリング?近くにあったっけ?」
「と、隣の駅にあるんだ」
「そっか・・・まあいっか」
と、何故か電車にまで乗って二人でボウリングをしに行くことになってしまったのだった。

ホームについた私たちは、すぐにやってきた電車に乗った。
電車はそれなりに混んでいて、私たちはつり革を持って並んで立っていた。
「な、なんか変だね。二人で電車乗るのとか」
と照れ笑いする私。
「・・・」
松本は何も答えず、窓の外を見ている。
「な、なんか言いなさいよ!返事してくれないと、なんか私バカみたいじゃない」
「ごめん、なんていっていいか、わからなくて」
「そ、そっか・・・そうだよ、ね」
「まあ、長野と二人でってのは、不思議だな」
「でしょ!私も松本と二人っきりで・・・」
二人っきりとか言っちゃった!は、恥ずかしい・・・
「どうした?」
「う、ううん!なんでも、ない・・・」
真っ赤になって心臓をドキドキさせてしまった私には、もう何も言うことができなかった。
も、もう!好きとか彼氏とかじゃないのに、なんでこんなにドキドキしてるの!

それからボウリング場まではほとんど会話もなく、私たちは並んで歩いていった。
「ここ、だよな?」
「う、うん!そう!」

結局、動揺しまくりだった私のスコアはめちゃくちゃだった。
「ふ、普段はこんなに酷くはないんだからね」
「ああ、わかってる」
なぜか松本の顔が笑っているように見えた。
「わ、笑わないでよ!嘘じゃないんだからね!」
「ああ。さすがに25とか、ないよな」
「ああああ、あったりまえでしょ!普段は70くらいはいくわよ!」
「それでも70なんだ」
「ううっ・・・松本、なんかいじめっ子だよね」
松本のスコアは200超。スコアでも私のことをいじめてくださる。
「いじめてなんかないって」
「あ、あんな214とか・・・い、嫌がらせよ!」
「おれ、普通にやってただけなんだけど」
「うっわーその言葉、めっちゃやなやつ」
私はムキになって松本にかみついた。
「仕方ないだろ。事実は事実だ」
気づいたらいつのまにか普通に話せるようになっていた。
「むっかー!松本、ひどい」
そんな私を見て、松本は楽しそうに笑っていた。
「笑うなぁ!」
「っても今の長野、めちゃくちゃおもしろいんだけど」
「お、おもしろいですってぇ!」
「ああ・・・そういうの、なんかいいな」
「いいって・・・」
突然褒めてくる松本に、私はまた真っ赤になってしまった。
「う、うるさぁい!」
「いや、お前の方がうるさい」
また笑う松本。
怒りながら、そんな松本を見て私もなんだか楽しくなっていった。

ボウリング場を出た私たちは、ブラブラと歩いていた。
「なあ、腹減らね?」
「そういえば」
気づくと、もう大分お昼の時間を過ぎていた。
「なんか食おっか?」
「そうだね。松本はなに食べたい?」
「俺はなんでも、高くなければ」
「だね・・・じゃ、じゃあさ、こことか、いい?」
ちょうど目の前にあった牛丼屋さんを指さした。
「いいけど・・・そんなんでいいのか?」
「うん。一回行ってみたかったんだ」
「そっか。まあ女子だと行かないよな、あんまり」
「うん。友達とじゃ行きづらいし、一人じゃなんか恥ずかしいし・・・」
「じゃあ行ってみっか」
「うん!」
初めての牛丼屋さんにすっかり嬉しくなった私は、笑顔で答えた。

「うわー、紅生姜そんなに乗せるの?」
「これがうまいんだよ」
言いながら松本は、もうひとすくいのせた。
「そうなの?じゃあ私もやってみよ」
私も松本の真似をして、でもやっばり恥ずかしかったから、少しだけ多めに載せてみた。
「いただきます」
手を合わせながら私が言うと、横で松本もぼそっといただきますといって食べ始めた。
「・・・ほんほら。おいひい」
「食ってから話せよ」
「い、いいぢゃなひ・・・おいひいんらから」
生姜の辛味が牛丼の甘じょっぱさと絡み合っていくらでも食べられそうに美味しかった。
でも、少食の私には並盛りでもやっぱり少し多かった。
「・・・松本、もう食べ終わったの?」
私が初めての牛丼屋さんを堪能している横で、松本のやつはすでに食べ終えたようだった。
注文してたの、確か大盛りだよね。
「ああ、いつもは特盛食ってるから。これくらいならすぐなくなる」
「そ、そうなんだ」
やっぱ男子の食欲ってすごい。
「あ、あのさ、よかったらなんだけど、私の食べない?私もうお腹いっぱいで」
「いいのか?」
「う、うん。ごめんね箸つけちゃってるのに」
「いや、まだ食い足りなかったし」
「そ、そうなんだ。じゃあ、よかった・・・」
という間に私の前にあった丼を取った松本は、私のお箸をそのまま使って牛丼をかき込んだ。
「ってか私のお箸・・・」
「あ、すまん。でもいいだろ。あと食うわけじゃないし」
「そうなんだけど・・・」
それって、か、間接キス・・・
余計なことに気づいてしまった私は、またもや顔が赤くなっていた。

「あー食った食った」
「・・・おいしかった、ね」
「そうか、ならよかった」
「ね、ねえ、このあとどこか、行く?」
「別にいいけど」
「ま、松本はどこか行きたいところとか、ないの?さっきから私ばっかで、さ・・・」
「・・・特にないなぁ」
私たちは次の場所も決まらないまま、ブラブラと歩いていった。

気づくと私たちは公園を歩いていた。
「なあ、ちょっとそこ座っててもらっていい?」
「うん、いいけど・・・」
そんなことを言った松本は、どこかへ走っていってしまった。
「ふう、お腹いっぱいだし、落ち着けてよかったかも」
空いていたベンチに座ってしばらく待っていると、両手にペットボトルを持った松本が戻ってきた。
「ほい」
松本が冷たい紅茶のペットボトルを私に渡した。
「いいの?」
「ああ」
「ありがと。私、これ好きなんだ」
ニコニコしながらキャップを回した。
そうなのだ、私が時々買う飲み物はいつも紅茶、しかも決まってこのブランドのストレートなのだ。
「知ってる」
「ええっ!ななな、なんで⁉︎」
「あ、いや・・・飲んでるの、みたこと、あったから・・・」
松本は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「そ、そうなんだ・・・」
松本、私のこと、見てたの?
松本はね立ったままスポーツドリンクをぐびぐび飲んでいた。
座っている私からはよく見えないんだけど、気のせいかほんの少し頬が赤いような・・・
「サッカー、部活はやらなかったの?」
松本はサッカー部の部員とも話しているのをみたことがなかった。
「ああ、時間合わないからな」
「クラブチームの練習?」
「週3あるから。それ出ると部活中途半端になっちゃうし」
「そっか。そうだよね。中途半端はいやだよね」
でもいつも一人なのはどうして?
とは聞けなかった。

私が立ち上がる気配を見せなかったからか、しばらくすると松本も、少し離れてベンチに座った。
「ねえ、松本は受験、どうするの?」
「翠高受ける予定」
「ええっ!あそこって、めっちゃ偏差値高いんじゃない?」
「ああ。でもユースの練習場の近くにあるから」
「そういう基準なんだ・・・」
すごいなぁと思いながら、私は横から松本の顔を見た。
松本は前を向いたまま。思ったより、まつ毛が長い。
「受かりそうなの?」
「まあ、大丈夫なんじゃないか?」
「って、松本って勉強できるんだ⁉︎」
「普通には、たぶん・・・」
松本は頭を掻いた。
「すべり止めとかは?」
「一応受けるけど・・・長野は?」
「私は・・・私立の推薦狙い」
「そうか・・・都内?」
「海の方、かな?」
「そっか。方角、全然違うな」
「だね・・・」
あれ、私、ちょっと残念に思ってる?
「お、お互い受験、頑張ろうね!」
そんな気持ちを消し去るように、私は大きな声で言った。
「だな・・・そろそろ帰るか」
「・・・うん。そう、だね。紅茶、ごちそうさま。ありがとう」
立ち上がると、いつのまにか空の色が昼間の光とは変わり始めていた。
「もう夏も終わるんだな」
「だね」
少しだけ色が濃くなった空を見ながら、私たちは歩き始めた。
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