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食事を終えた4人は、荒田のいる教授室へやってきた。
「先生、失礼します」
舞菜を先頭にぞろぞろと教授室へ入っていった。
「おお、舞菜くん。ありがとう。彩香ちゃんたちは学食楽しめたかね?」
「はい。メニューたくさんあって選ぶの大変でした」彩香が答えた。
「そうかね。ここの学食はメニューが多いって評判らしいからな」
「先生。わたしは午後の授業がありますので」
「ああ、舞菜くん、わざわざありがとう。すまなかったね」
「いえ。じゃあね、彩香ちゃん、明衣ちゃん、ゆずちゃん」
「はい、舞菜さん、今日はありがとうございました」
「うん。また連絡するから、どこかに撮りに行きましょ!」
舞菜は次の授業がある教室へ向かった。
「さて、彩香ちゃん。わしのことは全然覚えてないかね?」
「・・・すいません」
「そうか・・・でもおじいちゃんは彩香ちゃんにまた会えて嬉しいよ。元気だったかね」
荒田は優しく微笑みながら彩香に尋ねた。
「はい・・・あの、わたし、いつごろ先生と・・・」
彩香は言いにくそうにしながらも、一番気になっていることを尋ねた。
「そうじゃよな。そこちゃんと説明しとかんとな。最初にあったのは生まれた直後なんじゃが、さすがにそれは覚えとらんじゃろう。でな・・・それからも時々雄大が彩香ちゃんを連れてきてくれてな、あれは彩香ちゃんが4歳じゃったかな?雄大が、もう彩香ちゃんはカメラが使えるというので、わしのカメラを持たせたんじゃ」
そう言いながら、荒田は彩香たちにアルバムを見せた。
「・・・このページ、見てごらん」
何ページかめくったところにある写真を再形に見せた。
「うわぁ、綺麗な女の人」
「・・・きれい」
「これな、その時彩香ちゃんが撮った写真なんじゃよ」
「え?これを・・・わたしが?」
「そうじゃ。その証拠に、ほれ」
そこには、彩香がカメラを持ってモデルを撮影しているところが写っていた。
「これは雄大が取った写真じゃ。この時の雄大はとっても楽しそうな顔しとった」
荒田が少し遠い目をした。
次のページにはモデルと荒田と雄大が一緒に写っていた。
「これも彩香ちゃんが撮ったんじゃ。スタッフもモデルも小さな女の子が重そうにカメラ抱えて撮っている姿見て笑いながら驚いとったよ」
写真の3人はにっこりと笑っていた。
「でこっちがわしが撮った・・・」
また何ページかめくると、小さな女の子の写った写真が出てきた。
「これ、わたし・・・」
「そうじゃ。これはわしが撮った彩香ちゃんじゃ」
荒田は嬉しそうな顔をした。
そこにはさりげなくポーズを取っている彩香がいた。
「彩香ちゃん、モデルとしてもなかなかいいもの持っとるなと思ったもんじゃよ」
「ありがとうございます。わたし、先生に会っていたんですね」
「わかってくれたかな?いつも『おじいちゃん』と呼んでくれて、懐いてくれとったんじゃよ。なつかしいねぇ・・・ところで彩香ちゃん、彩香ちゃんは写真を続けていくつもりなのかね?」
「はい。父がいなくなってから、しばらくの間はカメラ持つこともできなかったんですけど、いつのまにか毎日カメラ持って歩くようになっていました。わたし、やっぱり写真が好きなんだと思います」
「そうか。コンテストには応募しとるか?」
「いえ・・・」
「写真家目指すなら、コンテストに出した方がいいよ」
「そうなんですか?」
「ああ。もちろん、楽しく撮影することも悪いことじゃない。それでいい写真撮る人もたくさんいることは確かじゃ。でもな、プロになるにはテーマにしっかりと沿った写真が撮れるということも重要なんじゃ。しかも高いレベルでな。そういう部分を成長させるのに一番手っ取り早いのが、コンテストの写真を撮ることなんじゃ。だからな、彩香ちゃんがこれから大学に進んで本気でプロを目指すつもりなら、その方がいいと、わしは思う」
荒田の話に3人とも聞き入っていた。
「そうですね・・・それは考えていませんでした」
これまでの彩香は、自分のいいと思うものを撮れれば、それで満足している部分が多かった。
「まあな、雄大のやつもコンテストなんか全然気にせんで、好きな写真ばっかり撮ってたくらいだから、その娘である彩香ちゃんがそうなるのも当然といえば当然じゃ。でも、あいつにも同じことをやらせたんだよ」
「パパも?」驚いたように彩香が聞いた。
「ああ、もっともあいつはかなりイヤイヤ応募しとったがな」思い出した荒田の顔から笑みがこぼれた「それでも何度も出すことで、クォリティはどんどん上がっていったよ」
「そうなんですか・・・わたしもやってみようかな」
「それがいいと、わしは思う。ところで彩香ちゃんは、まだあれ、使っとるのか?」
「はい?」
「雄大からもらったんじゃろ。Nax-5」
「はい。先生ご存知なんですか?」
「もちろんじゃ。雄大が彩香ちゃんのために買うと嬉しそうに話しとった」
「・・・パパがそんなこと」
「あれもなかなかいいカメラじゃがな。これからのこと考えたら一眼の方がいいぞ」
「はい。大学に入るまでには買おうと思ってます」
「そうじゃな」荒田は何かを思いついたようだった。
「あ、さっき知ちゃんに電話したんじゃが」
「ともちゃん?」
「ああ、わしの妻の知子、知ちゃんじゃ」
「・・・先生ってなんかかわいいね」明衣がゆずにそっとつぶやいた。
「おお、わしゃかわいいおじいちゃんなんじゃ!」
目ざとく?聞きつけた荒田は得意げに言った。
「知ちゃんにな、彩香ちゃんが来とるって話ししたら、すぐに連れてきてなんていっとった。さすがに今日すぐは無理じゃろと話したら、早く会いたいと言っとったんじゃ」
「今日は・・・」
「あはは。それは構わんよ。で、あとで構わんのだが」
と荒田は、彩香にメモを渡した。
「そこにわしの家の電話番号と住所が書いてある。もし無理じゃなければ電話だけでもしてやってくれんか?」
「・・・はい。電話でしたら、夜にでも」
「ありがとう、知ちゃんも喜ぶと思う。彩香ちゃんはおばあさんの家に住んどるのか?」
「はい。母と彩乃と3人で暮らしてます」
「そうか・・・奈緒さんもお元気かな?」
「母も元気にお仕事で飛び回ってます」
「そうか、元気ならよかった・・・」
荒田が少し安心したような顔をしていると、アラームが鳴った。
「・・・すまん、みなさん。そろそろ次の仕事に行かねばならんようじゃ。今日は彩香ちゃんに再会できて嬉しかったよ。また遊びにきなさい。奈緒さんや彩乃ちゃんにもよろしくな。それからお二人も、今日は来てくれてありがとう」
そういうと、荒田は席を立った。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
 
「彩香、びっくりだったね」
帰りの電車で、明衣が話しかけた。
「うん。まさか、荒田先生に会ったことがあるなんて思わなかった」
「あの写真も、ステキだったね」
ゆずはモデルを撮影した彩香の写真を思い出していた。
「小さい頃から写真撮ってたのはなんとなく覚えてるけど、まさかスタジオでプロの人と一緒に撮ってたなんて、私もびっくりしたわ」
彩香はスマホに撮ってきた自分の写真を見ながら呟いた。
「あー、学食美味しかったぁ。ねえ、彩香。あの定食、彩香も作れる?」
「うん。みんな作ったことあるものだから、大丈夫だよ」
「やったぁ!じゃあさ、今度鷹文んちであれ作ってよ」
明衣には授業よりも学食のようだった。
「明衣はあいかわらずくいしんぼうね。いいわよ。そのうち作ってあげる」
「わ・・・わたしも食べたい」
「その時はゆずもおいで。先生もゆず気に入ってるみたいだから、大歓迎されると思うよ」
「そ、そうなの・・・」ゆずは恥ずかしそうな顔をした。
「ゆずぅ・・・おじさん好み?」
「ち、ちがうよ!でも・・・ちょっと嬉しい」
ゆずがはにかんだような笑顔をした。
「そっかぁ。ゆずが鷹文のおかあさんになるんだぁ」明衣はしみじみと言った。
「そ、そんなことない・・・鷹文くん・・・怖いし・・・」ゆずは真っ赤になって否定した。

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