上 下
58 / 428
1

58

しおりを挟む
「ねえ、鷹文、調子はどう?」
玲が朝から、まるで大和のように鷹文の前の席に座った。
「朝からなんだ?」
「なんだじゃないわよ!わたしの歌詞、ちゃんと進んでるか確かめにきたんじゃない!」
今日はデレてないんだな、となんとなく思いながら鷹文は返事した。
「ああ、そのことか・・・まあぼちぼちな」
「ぼちぼち、じゃないわよ!あんたが早く書いてくれないと、大和が曲作れないんだから。そしたらわたしの練習も遅くなっちゃうし・・・」
「まあ、そうだな」
鷹文は玲のまくし立てにもどこ吹く風という顔だった。
「わかってるならそんな本読んでないでとっとと書きなさいよ!」
「・・・あのさ、歌詞って聴く人の心に響くものがいいんだろ」
鷹文が珍しく、しっかりと玲の顔を見た。
「あ、あったりまえじゃない・・・」
鷹文に見つめられてたじろぐ玲。少し頰が赤くなっている。
「そんな歌詞、簡単にかけると思うか?」
「・・・えっ?」
玲は鷹文の言葉にキョトンとした顔をした。
「日記みたいにただ思ったこと書けばいいんなら今すぐにできるだろうけど、多くの人の心に響く言葉で、しかも限られた語数しか使えない。お前が歌った時に、お前の想いがちゃんと伝わる歌詞じゃなきゃ意味ないだろ。お前の想いってそんな簡単なものか?一人の人間を少しでも理解することってそんなに簡単にできることか?」
「・・・そんなこと・・・ない」
正しい意見でまくしたてられた玲は、もう反論もできなかった。
「俺はそれを見つけなきゃいけないんだ。お前が書いてきたメモと、今、目の前にいるお前自身から」と再びしっかりと玲を見つめる鷹文。
「・・・」
目があった玲は何も言えなくなった。
「だから、もう少し待て。今は俺自身にも言葉が足りない」
「こ、ことば?」
「ああ。お前の想いを表現できる言葉だ。女子高生の気持ちなんて・・・今の俺にそう簡単に分かるわけないだろ」
鷹文は小さな声で、少し恥ずかしそうに呟いた。
「う、うん。そうね。わかったわ・・・私、何かできることある?」
「・・・お前、日記とか書くか?」
「まあ、一応・・・」
「なら、それ読ませろ」
「はあ⁉︎そんなのダメに決まってるじゃない」
玲は顔を真っ赤にして拒否した。
「いや・・・全部ってわけじゃなくて、なんだ、お前の心の動きとか分かるような、お前が俺に見せてもいいと思うところだけでいいから」
「そんなの、はずかしいじゃない・・・」玲は俯いて小声で答えた。
「・・・すまん。無理ならいい」
鷹文も今の提案はさすがにまずいと思ったのか、すまなそうに謝った。
「私のこと、そんなに知りたいの?」
ここから話を聞き始めた人がいれば、明らかに誤解を招くようなことを、玲は言った。
「・・・ま、まあな」
鷹文もその言葉に少し照れたようだった。
「な、ならさ、またデートしなさいよ」
玲は開き直ったのか、顔を赤くしつつも、しっかりとした声で鷹文に提案した。
「・・・そうだな。お前を知るのはそれが一番かもな」
「じゃ、じゃあいつに、する?」
玲の顔は真っ赤である。
「じゃあまた週末にでも」
「わ、わかったわ」
そこまで話した玲は、あまりの恥ずかしさにいたたまれなくなり、席を立つと早足で教室を出て行った。
玲が出て行った瞬間に、周囲の生徒たちから大きなため息が聞こえてきた。
鷹文はそのため息が聞こえなかったかのように、黙って本を見つめ続けた。顔は真っ赤になっていたが。
しおりを挟む

処理中です...