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「た、ただいま!」
妙な緊張感を漂わせた鷹文が玄関を開けて入ってきた。
「ほら、入れよ」
思ったよりも雨が強かったらしく、スカートの裾を雨で濡らしてしまった玲が、鷹文の後ろから入ってきた。
その声に気づいた彩香が、玄関に顔を出した。
「お帰り、鷹文くん。もうデート終わったの?」と呑気なことを言う彩香。
「え?と、とおの、さん?」
メイド服の比ではない驚きの表情を浮かべる玲。しかもその彩香がメイド服を着ているのである。
「え?鷹文くん、誰か連れて来るときは事前に連絡ちょうだいって・・・あ、ちょと待っててね」と彩香は奥に消えていった。
「ねえ、なんで遠野さんがメイド服着てここにいるのよ!」
「あの・・・横山さんよね?これで拭いて、スカート濡れちゃってる」
と彩香は、玲にタオルを差し出した。
「あ、ありがとう。遠野さん。アルバイトってあなただったの。まさかこんなところであなたと話すとは思っても見なかったわ」
「私も、横山さんがまさかここに来るとは、思わなかった・・・」ある意味呆然とした彩香。
3人はリビングに移動した。
「あなた、この家で変なことしてないでしょうね」
「変なことって・・・私は、家政婦の仕事してるだけだけど・・・」
「な、なんでこんな若い男のそばで、そんな・・・メイド服なんてカッコしてられるの⁉︎」
「・・・そ、そうよね。普通おかしいのよね。慣れちゃった私って、変、かな?」
とその時、いつものようにあの人がはいってきた。
「こんにちは!彩香ちゃんタオルない?雨で濡れちゃったあ。水も滴るいい女なんちってぇ」
などとはしたない発言を明るく言い切る和泉。
「・・・今度は何?」と鷹文の顔を見る玲。
少しするとリビングのドアが開いた。
「ねえ、彩香ちゃん、タオル・・・あれ?ごめんなさい。お客様だった?」
「ああ、大丈夫です。タオルどうぞ」
鷹文は、ソファのテーブルに用意されていたタオルを和泉に渡した。
「さすが彩香ちゃん!私のためにちゃんとタオル用意してくれてるのね」
和泉はご満悦の顔だった。
「この人が彩香にコスプレさせてる張本人の編集者、永山和泉さんだ」
と鷹文は玲に紹介した。
「この人が・・・あの、永山さん、女子高生にこう言うの着せるって・・・」
と言いかけたところで、和泉が玲に気づいた。
「なに、この子、鷹文くんの新しい彼女?また可愛い子連れ込んじゃって!彩香ちゃん、いいの?鷹文くんとられちゃうよ。それにしてもこの子もかわいいわねぇ」
和泉はいつものように玲の周りを回りながら、品定めしているようだった。
「あ、あの・・・」
「うーん、この子には・・・そうだ、あれ似合うわね。ちょおっと待っててね!」
和泉は突然リビングを出ていった。
 
しばらくすると、和泉が戻ってきた。
「ねえ鷹文くん。鷹文くんの部屋に確かギターってあったわよね?」
「はい、ありますけど」
「じゃあさ、ちょっとそれ持ってきてくれる?」
「?わかりました」
「あ、それから、これから着替えるからいいって言うまで入ってきちゃダメよ」
「え?」
「さあ、いいから。早く取りに行って!」
「は、はあ・・・」
仕方なく、鷹文はギターを取りに部屋に行った。
「さて、あなた・・・」
「よ、横山、玲・・・です」
「玲ちゃんね。いいお名前。じゃあ玲ちゃん、ちょおっとお着替えしましょうか。彩香ちゃんはドアのところに立っててね。ガラスだし」
「は、はい」彩香はもう止められそうもないことを悟り、素直にドアの前に行った。ドアがガラスになっていて、そのままでは見えてしまうのだ。
「あ、あの、お着替えって、私はこのままで・・・」
「ねえ玲ちゃん。あなた音楽やってるでしょ?ギターかしら?」
「え⁉︎ななな、なんでわかるんですか?」
「だってぇ」と言いながら玲の左手を持ち上げた。
「ほらやっぱり、指先かたぁく・なって・る」と少し艶かしい声で玲の左手の指先に触れた。
「今から着てもらう衣装ね、バンドアニメのギタリストが着てるものなの。だから玲ちゃんに似合うはずよ」
そんなことを言いながら和泉は、大きなバッグから衣装を取り出して、ソファの上に置いた。
「さあ、パパッとお着替えしましょうか」
和泉は両手をワキワキさせながら玲に迫った。
「あ、あの、私、自分で・・」
「あーら遠慮しなくていいのよ。それに、ちょっと特殊な服だから、あなたじゃ着られないわ」玲の服に触れた和泉は、なんの迷いもなく、服をはぎとった。
「きゃあ!」
玲は一瞬で下着姿にされてしまったことに驚き、両手で胸を隠しながらその場にしゃがみ込んだ。
「ほらほら、玲ちゃん。お洋服が着れませんよ」
優しいながら有無を言わせぬ口調で和泉が、持っている衣装を玲に被せ、立ち上がらせた。
「はい、お袖に腕を通しましょうね・・・次はこっち、はぁいよくできました。じゃあ、後ろ向いてね・・・」
まるで幼女をあやすような優しい声で指示する和泉。いつのまにか玲は、その和泉の言葉に素直に従っていた。
「ファスナーあげて・・・髪にリボン結んで・・・ほら玲ちゃん、できたわよ」
「えっ・・・」
「あ、そういえばここ、鏡なかったわね。じゃあ」
和泉は、自分のスマホを素早く操作して、一枚撮った。
「ほら、こおんなに可愛くなったわよ」
そう言いながら和泉は、玲に画面を見せた。
「あ!私、こんな風に・・・」
一瞬で変わってしまった自分の姿を、驚きながらもじっくりと見る玲だった。
「鷹文くん、来てるわよね、入っていいわよ」
「はい」
鷹文が入ってくるのと同時に、彩香がドアの前から離れた。
「ギター、ちゃんとストラップもついてるわね。玲ちゃん!」
「は、はい」
「今度はこれ持ってくれる?」
言われるままに玲はギターを肩にかけた。
「もう一回撮るわね」
ギターを持った玲にスマホを向けて写真を撮り始めた。
「いいわよ、ちょっとこう、ポーズとってくれる?」
色々な指示をする和泉に、素直に従う玲。玲もいつのまにか自分の立ち位置がわかっているようだった。
「そう、そんな感じ。ステキね、玲ちゃん」
和泉の巧みな褒め言葉に、玲もだんだん乗ってきていた。
その表情の変化に気づいている和泉も、さらに言葉をつなぎ、写真と撮っていった。
「うん!これくらいでいいわ。玲ちゃんステキだったわよ。ありがとう」
「いえ。私も、ありがとうございました!」
といつのまにか自分の撮影会だったかのように、玲はお礼を言った。
「和泉さんって、詐欺師とかできそうね」
彩香は横に並んで立っていた鷹文に、小さな声でつぶやいた。
「詐欺じゃなくて洗脳だろ、あれ」
鷹文も唖然としてつぶやいた。
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