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「パパぁ、いるぅ?」
ベルちゃんから降りた愛が、工場のようなところに入りながら大きな声で尋ねた。
「???愛ちゃん、もう別荘に向かったんじゃなかったのかい?」
「そのつもりだったんだけどぉ・・・」
言いながら愛は、停まっている二台のバイクを見た。
「2台?おお、大和も免許取ったんか!」
パパこと木村知良は、バイクに跨る大和に気づき嬉しそうだった。
「そぉなのよぉ。大和くん、私になにも言わずにねぇ・・・」
話しながら、愛は困ったように大和を見た。
「そりゃあいけねえな。大和、子供の頃愛ちゃんに言われたろ?」
「それがすっかり忘れちゃってて・・・」
大和が頭をかいた。
「あーそっか。じゃあ仕方ねえな」
あはは、と知良が大きな声で笑った。
「それでねぇ、講習やりながら行こうかと思ってぇ・・・」
「おお、じゃあインカムつけるか!」
「私もそう思ってきたのよぉ。さすがかずちゃん!」
木村夫婦は愛ちゃんかずちゃんと呼びあっいてるらしい・・
「鷹文、大和、インカムつけてやるからヘルメット持って事務所まで来い。おーい、歩!ベルちゃんのほう頼む!」
「了解でぇす」
誰かさんそっくりの妙にのんびりした返事だったが、それに似合わない素早い動きでヘッドセットなどの色々なパーツを持った女性が、ベルちゃんの運転席に入った。
「あの人、きびきびしてるね」とゆず。
「ああ、あゆみさんね。私たちのいとこなんだ。うちのお母さんのお姉さんの娘で、最近レースで走ってるんだって」
「愛さんの・・・だからあんな喋り方でしかもレースなんて、なんだか愛さんに似てるね」
「歩さん、お母さんの走りに憧れてレーサー始めたらしいよ」
「そうなんだ・・・」
恐るべし、走り屋木村愛。

一方事務所では知良が2人のヘルメットにインカムをつけていた。
「でね、高速どおろではぁ・・・」
そして来客用のソファで、愛の安全運転講習も始まっていた。
「鷹文くんが先頭でぇ、大和くんがその次、おばさんが後ろからついていくからねぇ。
これがツーリングの基本よぉ」
「それってどう言うことっすか?」
メモ片手に大和が尋ねた。
「みんなで走るときの基本はねぇ、1番慣れてる人が1番後ろで、その次の人が先頭を走るのぉ。初めての人は真ん中にして、みんなで守ってあげるのよぉ」
「なるほど・・・」
大和は納得の様子で書き込んでゆく。
「大和くん、長距離は今日が初めてよねぇ」
「は、はい!高速も昨日一回、試しに乗っただけっす!」
「じゃあ最初は緊張するからぁ、海老名SAで休憩ね」
「確かにその方がいいですね」鷹文も同意した。
「それから左ルート通ってぇ次は足柄SA。大和くん次第でPAも使うから、疲れたらすぐに言うのよぉ」
「い、言うってどうやって?手でサイン送ったりするんすか?」
片手運転を思い浮かべた大和が、不安そうに震えた。
「違うわよぉ」と笑う愛。
「愛ちゃん、インカムできたよ」
「かずちゃん、ありがとぉ」
ヘルメットを持ってきた知良に、愛は嬉しそうに抱きついた。
「インカムってなんですか?」
「あら、鷹文くんも知らないのぉ?インカムがあると、バイクに乗ったままみぃんなでお話できるのよぉ」
「ああ、なるほど」
「なるほどってなんだよ、鷹文」
「疲れたら『疲れた』って言えばいいってことだ」
「そお言うことぉ」
愛が微笑んだ。

そして一行は、横浜青葉インターから東名高速に入った。
「大和、大丈夫か?」
ヘルメットにつけられたスピーカーから、鷹文の声が聞こえてきた。
「ああ、下道に比べたら信号も渋滞もないからな。それに風がめっちゃ気持ちいいぜ!」
インターでの合流もうまくいって、大和はご機嫌だった。
「でもぉ。その風が思ったより体力奪うからぁ、疲れたら早めに言うのよぉ」
「了解っす!」
「大和くん、楽しそうだね」と結衣。
「だね・・・」
返事をしながらも彩乃は、助手席に座った彩香の横顔を心配そうに見ていた。
「彩香さん大丈夫そう?」
「うん。多分・・・」
「大丈夫よ、彩香ちゃん。鷹文くんも大和くんもちゃんと安全運転できてるから」
「そうなんですか?」
「ええ。私の話たことちゃんと守ってくれてるわよぉ」
愛の言葉に少し安心したのか、彩香はカメラを構えてシャッターを切った。

サービスエリアで2回の休憩と、途中のCSで大量の食材を買い込んだ後、一行は無事に別荘に到着した。
「おお、みなさんいらっしゃい。愛さん、今年もありがとうございます」
いつも通り7月に入ってすぐ別荘に来ていた盛雄が、にこやかに迎えた。
横にはなぜか和泉もいる。
「待ってたわよ!」
「和泉さん!もう夏休みなんですか?」
「違うわよ。お仕事。先生、未完成の原稿持って逃げたから催促に来たの」
と、和泉が笑顔で盛雄を睨んだ。
「ですから、できたら郵送するって言ったじゃないですか」
「確か、先週には届くはずでしたよねぇ」
ジト目になる和泉。
「そ、それは・・・」
「あの・・・中に入ってもいいですか?」
2人のジャレ合いに辟易した彩香が、遠慮がちに尋ねた。
「ああごめんなさぁい。じゃあ私たちは書斎でお仕事だから、ごゆっくりぃ」
和泉はもう離さんとばかりにしっかりと盛雄の腕を掴むと、書斎に消えて行った。
「・・・愛さん、お茶入れますね」
「彩香ちゃんありがとぉ。そうそう、鷹文くんと大和くんはお風呂で温まってらっしゃい。その後お昼寝ねぇ」
「「イエッサー!」」
愛師匠には逆らえない2人だった。
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