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また話は遡って・・・夏休みに入ったばかりの港川高校。
写真部の緊急招集があり、佳奈は1人部室へと向かっていた。
「うふふ。彩香先輩もう来てるかなぁ」
とめどなく溢れ出る彩香愛ゆえに、彩香に関して、佳奈は佳奈なりにルールを決めている。
その一つに「よっぽどの理由がない限り、おやすみ中の彩香先輩には連絡しない」
というものがあるため、夏休みに入ってからはまだ一度も彩香に会っていなかった。
それだけに今日の緊急招集は、佳奈にとってはまさに天啓とも言える出来事だった。
「こんにちわぁ・・・ってあれ?彩香先輩はまだですか?」
が、期待に胸を膨らませて開けたドアの先に、彩香はいなかった。
「彩香くんは来ないぞ」
いつものようにパソコンの前に座ったまとめが、佳奈を地獄の底に落とすような言葉をさらっと口にした。
「えっ、えええええっ!なんでですかどうしてですか⁉︎
ま、まさか彩香先輩ご病気とか・・・」
両手を口にあてながら青ざめる佳奈。
「こらこら、早とちりするな。彩香くんは伊豆の別荘に行っていてな。この時期は去年も不参加だった」
「べべべ、別荘ですか⁉︎彩香先輩ってお嬢様だったの・・・ってあれ?でも彩乃ちゃん住んでたの普通に家だったし・・・」
別荘という意外すぎるワードに、佳奈は混乱した。
「彩香くんの別荘ではないよ。斉藤という男子がいたろ。彩香くんの同級生の」
「はい、斉藤先輩ですよね」
「その斉藤くんの家の別荘だそうだ」
「さ、彩香先輩と斉藤先輩が、2人きりで、別荘・・・」
世界がぐるぐる回る・・・
佳奈はふらふらとそばの椅子に倒れ込んだ。
「こら、そんなわけなかろう。ゆずくんや明衣くん、斉藤くんのお父上も一緒だ」
「そそそ、そうですよねぇ」
はうぅ~、と佳奈は盛大なため息をついた。
「こんにちは」
と、そこになみもり(森沢七海)と佐久間善夫がやってきた。
「はっはっは。やはり主役は最後に来るものだな」
とわけのわからないことを言いつつ、善夫は自分の席に座った。
「てさ・・・これでみんな揃ったな」
まとめは老練の武士の如く落ち着いた所作で部長席(お誕生日席)へ移動し、
「急にあつまってもらって申し訳ない。実はみんなに少々お得な提案があってな」
瀕死の佳奈を置き去りにして部活が始まった。
「って部長、なんか怪しい勧誘とかじゃないですよね」
「大丈夫ですよなみもりさん。なんたってまとめ先輩ですから」
まとめ部長大好き部員の磯真司は、キラキラした目をまとめに向けた。
「そんなものではないから安心してくれ。
提案というのはな、彩香くんたちに倣って我々も別荘へ行こうかと思うのだが」
「別荘⁉︎」
みんな一斉にまとめを見た。
「ああ、実はうちの親族の持ち物でな、一週間ほど使えることになったんだ。割と景色もいいところだから写真部の合宿場所としてちょうどいいだろう。家事は自分たちでやることになるが、この人数で分担すればたいしたこともないだろう。それから、往復の移動もうちからバスを出すから実質食費だけで参加できる」
「ふむふむ、たまには風景の撮影もいいかもしれんな」
「いいっすね!行きたいです!」
義雄と光太郎は乗り気のようだ。真司もキラキラした目をまとめに向けたまま頷いた。
が、女子2人の反応は鈍かった。
「合宿中には近くで花火大会もあるぞ」
「ほんとですか?行きます!」となみもり。
「私はいいでぇす」
テーブルに突っ伏したままの佳奈が、不参加を表明した。
「どうした芹沢」
「だってぇ、彩香先輩のいないところなんて行ってもつまらないしぃ」
起き上がる気力もないのか、テーブルに顎をつけたまま手もだらんと伸ばしている。
「ああ、そのことだがな、彩香くんたちの別荘も近くにあってな・・・」
「行きます!!」
まさに一瞬で佳奈は立ち直った。
まとめはふふっとわらって続けた。
「彩香くんとゆずくんもこちらに一泊できることになった」
「ぶぶぶ、部長。私、彩香先輩と同じ部屋でお願いします!」
まとめの手を握りながらすがるように見つめる佳奈。
「まあそういうことは当日な。それから、今回は・・・」
その後もまとめの説明は続き、結局全員参加ということに決まった。

「佐倉先生、全員参加ということになりました」
部活を終えたまとめが、職員室で仕事中の梅に報告に来た。
「そう、よかったわね」
「それで、少し困ったことがありまして」
「どうしたの?」
小首を傾げる梅。
「昨日彩香くんから連絡があったのですが、私たちが行く週末に、彩香くんたちは近くのレース場に撮影に行くのだそうで、よかったら部員全員で行きませんかと」
「レース場?」
「はい。なんでも明衣くんのご家族がレースに参加されるそうで。一応みんなには話したんですが、行ってみたいということになりました」
「ならいいんじゃない。楽しそうだし」
「そうなのですが、私もレースの撮影は経験がないもので、部員へのアドバイスがうまくできるものか・・・ネットで調べてはみたのですが、行ったことのない場所ゆえどうにも感覚がつかめません」と困り顔のまとめ。
「それもそうよね・・・彩香さんは大丈夫そうだけど、彩香さんに頼り切りというのも・・・」
彩香のことを考えていて、梅はふとプロカメラマンの知り合い思い出した。
「え、えーと・・・確実とは言えないんだけど」
少し迷いながら梅が切り出した。
「もしかしたらアドバイスできそうな人に来てもらえるかも・・・」
「ほんとうですか、佐倉先生!」
まとめの表情が、パッと明るくなった。
「で、でもね、お忙しいかもしれないから・・・」
「それでも構いません!連絡だけでもお願いします」
まとめは深々と頭を下げた。
「・・・わかったわ。今晩にでも連絡してみるわね」
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
もう一度頭を下げると、まとめは職員室を後にした。

「・・・こここ、小森、さんの、れれ、連絡先・・・」
数少ない男性の知り合いに、しかも自分から連絡を取るというかつてないミッションに、午前中の今から緊張する梅だった。
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