マイアの魔道具工房~家から追い出されそうになった新米魔道具師ですが私はお師匠様とこのまま一緒に暮らしたい!~

高井うしお

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31話 精霊と森

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 そしてマイアがその贈り物をしっかりと握りしめて眠りについた深夜、アシュレイはそっと家を抜け出した。そして黒いマントを翻し、森の奥へとたどり着くと大声を張り上げた。

「カイル! ……カイル!」
『なんだ、お前が呼ぶとは珍しい』
「少し飲みたい気分なんだ。付き合え」

 マントの奥から瓶を取り出したアシュレイに、カイルはにやっと笑って頷いた。
『ほーう、いいぞ』

 カイルは近くの木に手を触れた。ぽこぽこと木のこぶが出来たかと思うとそれは見る間に無骨な木のカップになる。

「お前達の好きそうな、林檎の蒸留酒だ」
『こりゃどうも』

 こつりとカップをかち合わせて、二人は酒を口にした。林檎の華やかな香りとつんとしたアルコールが鼻を抜ける。

『昼間、とんでもない勢いで出かけたと思ったら晩酌か』
「いいだろう、たまにはな」

 二人は小さな滝のある泉のほとりに座りこんで、舐めるように酒をすする。

「昼は砂漠まで行って来た。砂漠にはただそこに流れる砂と強い日の光だけがあった」
『アシュレイは森が嫌になったか?』
「ただ一人になりたくなったんだ」
『それなのに今夜は精霊相手に酒を飲むとは』
「うーん……」

 アシュレイは二杯目の酒をつぎ足しながら唸った。

「砂漠の荒々しさと弱々しい精霊の気配を見ていたら、急にこの森が恋しくなった」
『そうか。お前はさびしがりだもんな』
「……そうみたいだ」
『あの子を置いて、他の住処を探しに行ったんだろ?』

 カイルはすべてお見通しだと言わんばかりに言い切った。少し酔いの回ったアシュレイは、素直に頷く。

「ああ。けど帰りには市場に寄って夕食と土産を買っていた」

 ふふ、とアシュレイはため息まじりに微笑んだ。

『そうまでしてあの子から離れなきゃいけないのか』
「……ああ」
『あの子はお前の事が好きだ。お前のそばにいたいと思っている』
「人間はそう簡単じゃないのさ」

 アシュレイはそう言ってまた酒で口をしめらせた。

「……マイアに街の友達が出来たってさ。素直で気のいい子だ。きっとこれから沢山の友達が出来る。そして、そのうちにマイアはもっと大事な人と出会うんだ。これからの人生を支え合うような」
『……アシュレイ』
「俺はあの子がそういう人達と出会う機会を与えてこれなかった……今、マイアが羽ばたいていこうとする時に……俺は重荷になりたくない……なのに……」

 アシュレイはマントに顔を埋めて、カイルから顔を隠した。カイルはカイルでアシュレイの感情のさざ波にちょっと戸惑ったようだった。

『酔ってるのか』
「……ああ、そうさ」
『では仕方ないな』

 カイルはさっと立ち上がった。そして子犬の姿に変化する。

『さあ、撫でていいぞ!』
「……え?」
『森の入り口まで探検しにくる子供達にはな、この姿で現われると大喜びされるんだ』
「俺は子供じゃないぞ!」
『私から見たら子供みたいなもんだ。隠者ぶって森の奥深くに住みながら、人の情を捨てきれない』
「……それを言われると、弱いな」

 アシュレイは苦笑しながら、乱暴に子犬のカイルの頭をがしがしと撫でた。



「おはようございます!」
「おはよーう……」

 次の日、はつらつと朝の挨拶をしたマイアと比べて、寝癖をつけたままのアシュレイはとても眠そうだった。

「お酒くさいですよ……夜結構飲んだんですか?」
「うん……」
「珍しいですねぇ」

 なんにも知らないマイアはいつもの夜更かしのせいだと思い込んで、気にせず朝食の仕度をしている。

「アシュレイさんってお酒飲むときなんで隠れて飲むんですか? 私、別に怒りませんよ」
「……いいから、朝食にしよう」

 酔って本音や弱気をマイアの前で漏らすのが怖いのだ、そんな事をいえる訳がないアシュレイは決まり悪そうに話を逸らした。

「今日も街に行くのか?」
「いえ、今日は森に行きます。カイルに魔石を都合つけられるか聞きたいんです」
「カイルか……」
「アシュレイさん、精霊と交渉する時に気を付けなければならない事ってありますか?」

 マイアはアシュレイに聞いた。これまで手に入れてきた魔石はたまたまカイルを助けた礼にと貰ったものだ。今回は一から交渉しないといけない。

「そうだな……彼らは人の気持ちに敏感だ。嘘をついたり誤魔化したりしないことだ。そのまま素直に事情を説明しろ」
「はい」
「……まあ、お前なら大丈夫さ。カイルはマイアを気に入っている」
「そうでしょうか」

 マイアは首を傾げたが、アシュレイは知っている。マイアの真っ直ぐな気性をカイルが好ましく思っている事を。

「ああ。だけどあまりにカイルが無茶を言うならキチンと断れよ。精霊は人間とはもののとらえ方が違う。きっぱり断っても気を悪くすることはないからな」
「はい、気を付けます」

 そんな訳で最近は街に通い通していたマイアは一日森で過ごすことに決めた。

「バケットにハム、林檎とオレンジ……それから敷物と水筒」

 マイアはバスケットに色々と詰めて準備している。アシュレイはそれを覗き混んで苦笑した。

「おいおい、ピクニックか」
「いいじゃないですか。どうせなら奥の滝のところまで行ってきます。アシュレイさんが夜更かしさんでなきゃ一緒に誘ったのに」
「いいよ俺は。精霊が気を悪くする。……さて寝不足だから俺はもう一眠りするよ」
「もう……」

 ひらひらと手を振って部屋に戻っていったアシュレイを見送って、マイアは家を出た。

「うーん、気持ちがいい」

 元々田舎の村に育って、この森で三年過ごしたマイアには森の樹の香りと少し湿った土の匂いが心地いい。街のざわめきも彼女にとって新鮮で刺激的ではあるものの。
 人の入らない森は、獣道を辿っていくしかない。えっちらおっちらとマイアはバスケットを頭の上に持ち上げて、泉を目指して草の中を進むのだった。
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