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8話 うわさのあの子①
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「それじゃあなんだい。料金も決めずに仕事を引き受けたのかい」
不機嫌そうなミユキを前に衛は身体を縮こまらせていた。
「は、はい……」
「ったく、どこの世界に金を貰わずに仕事するヤツがいるんだい」
「申し訳ないです……」
ミユキの小言にますます小さくなる衛を見て、藍も頭を下げた。
「あの、私も翡翠の事で頭が一杯で……」
「あんたはどう支払うつもりだったんだい」
「その時は自分を売って貰おうと……」
「それじゃ赤字だよ! あの金継ぎのキットいくらしたと思うんだい」
ミユキはレシートを藍の目の前に突きつけた。
「そ、そうだうちで店番して貰えばいいんじゃないかな」
「こんな寂れた店に店番なんかいらないだろ」
「た、確かに……」
ミユキの言う通り、衛がいるだけで十分である。それ以上妙案が浮かばなそうな衛を見て、ミユキはため息混じりにこう提案した。
「仕方ないね、知り合いの店で働かせて貰えないかどうか頼んでみるよ」
「本当ですか?」
「付喪神にマイナンバーはないだろうしね……融通が付くところを探してやるからそこで働くんだよ」
その提案に藍と翡翠は大きく頷いた。
「はい!」
「姉様が働くなら僕も!」
「あのー、あんまり変なとこはやめて下さいね……」
衛は不安そうに口を挟んだ。実年齢は百を超えていたとしても、見た目は儚げな美少女と美少年なのだ。
「考慮しておくよ」
そう言ったミユキが探して来たのは、屋台の店番の仕事だった。二回程、二人がソースせんべいの屋台を手伝って、今回の依頼は完了した。
「いい客寄せになったみたいじゃないか」
二人の働きぶりを店主から電話で聞いたミユキは二人にねぎらいの言葉をかけた。
『客商売って大変なんですね……』
『疲れました』
一方、人にあてられて疲れた二人は皿の形に戻ってぐったりとしていた。そこにまたもミユキが冷や水を浴びせる。
「で、あんたたちこれからどうするつもりだい」
「え……」
そう、この二人には行き場所が無い。下手に元の骨董屋に戻れば、またバラバラになるかも知れない。翡翠に至ってはもしかしたら捨てられてしまうかもしれない。
「ミユキさん、どうかここに置いてもらえませんでしょうか」
藍は三つ指をついてお願いをした。続いて翡翠も懇願する。
「お掃除や洗濯物を手伝います! どうかお願いします」
二人の必死な様子に、衛も同情して加勢した。
「ミユキさん、ほらお皿ですし……食費もいらないし場所も取らないじゃないですか」
「うちはあやかしの孤児院でも保養所でもないんだよ? まったく……」
ミユキは文句を言いながらも、ようやく二人を受け入れてくれた。こうして氷川家は二人のあやかしとともに生活する事になったのである。
「あたしも甘っちょろくなったねぇ……」
瑞葉と洗濯物を畳む二人のあやかしの姿を見て、ミユキは薄く笑いながら階下へと降りていった。
そして土曜日。衛は付喪神達が瑞葉とトランプで遊んでいるのを良いことに雑誌を読んでくつろいでいた。そこに瑞葉がやって来た。
「パパ、今度こそプリン作って!」
「ん、ああこの間は悪かったな。でもあとでコンビニで買ってきたじゃないか」
「パパの作ったのがいいの!」
衛がそう言うと、瑞葉はかんしゃくを起こして地団駄を踏んだ。
「なんだ、どうした」
「梨花ちゃんが食べたいって言うから……」
「それならそう言えばいいのに、いいよ作ってあげるよ」
この家でお菓子を作った事がないので、衛は留守番をあやかしと瑞葉に任せて財布を手に買い物に出かけた。
「卵と、牛乳とレモンにバニラエッセンス……」
衛の作るプリンとはイタリアのデザートクレームカラメルの事だった。オーブンで湯煎蒸しにしたどっしりとしたプリンである。
「おかえりなさいっ」
「ああ、でも一時間半くらいかかるからな」
衛ははしゃぐ瑞葉に釘をさした。買ってきた物をテーブルに広げていると、藍がやって来てじーっと見ている。
「今回は君たちの出番はないよ。プリン型に入れるんだから……あ、プリン型って持って来たっけ……」
「どうやら無いようですよ?」
藍は付喪神の力で分かるのか、あたりを見渡してそう言った。
「仕方ない、グラタン用の耐熱皿で作るか……」
「そしたら、大きいお皿も要りますよね?」
「……その時は頼む」
「はい」
藍は、鼻歌でも歌い出しそうな様子で頷いた。それを羨ましそうに見ているのは翡翠である。
「……いいなぁ。僕は欠けてるから……」
「ああ、もう。お前に乗せる分も作るからじっと待ってろ!」
衛はデザートプレートを作る事にした。瑞葉のパンケーキ用の粉糖とチョコソースは幸いある。
「ちょっと、君たちついでのお使い頼む。ミントと冷凍のベリーミックスを買って来てくれ」
「ミント……?」
「冷凍ベリー……ミックス?」
骨董屋で過ごしていた姉弟にはどうやら通じなかったらしい。
「ほら、このメモ持ってスーパー行けば分かるから!」
衛はようやくお皿達を台所から追い出す事に成功した。
「さて、と」
衛は片手鍋に牛乳とレモンの皮を剥いて入れ火にかける。ふつふつした所で火を止めて、今度はカラメルを作る。砂糖水が色づくまで煮立てて、それをグラタン皿に移す。
さらにボールに卵。砂糖、バニラエッセンスを入れて泡立て器でさっと混ぜ、こし器を通しながらグラタン皿に移した。そして温めたオーブンで湯煎蒸しにして一時間、ようやくプリンの完成だ。
「藍、翡翠。皿の形になってくれ」
「はーい」
どっしりした固いプリンに冷蔵庫にあったアイスを添え、ミントとベリーを散らす。粉糖をかけ回したあとに藍に「RINKA」、翡翠に「MIZUHA」とチョコソースで書いた。
「ふう……出来た」
「ただいまー! 梨花ちゃんつれてきたよー!」
ちょうどタイミング良く瑞葉が帰ってきた。
「やあやあ、いらっしゃい。おやつ出来てるよ。あがって」
そこに居たのは白いブラウスに赤いスカートの地味な印象の女の子だった。
「おじゃまします……」
梨花は衛に頭を下げると、瑞葉に連れられて居間へと向かった。
「……ん? なんかどこかで会った気がするな……」
衛は梨花の後ろ姿を見ながら、違和感を感じて呟いた。
不機嫌そうなミユキを前に衛は身体を縮こまらせていた。
「は、はい……」
「ったく、どこの世界に金を貰わずに仕事するヤツがいるんだい」
「申し訳ないです……」
ミユキの小言にますます小さくなる衛を見て、藍も頭を下げた。
「あの、私も翡翠の事で頭が一杯で……」
「あんたはどう支払うつもりだったんだい」
「その時は自分を売って貰おうと……」
「それじゃ赤字だよ! あの金継ぎのキットいくらしたと思うんだい」
ミユキはレシートを藍の目の前に突きつけた。
「そ、そうだうちで店番して貰えばいいんじゃないかな」
「こんな寂れた店に店番なんかいらないだろ」
「た、確かに……」
ミユキの言う通り、衛がいるだけで十分である。それ以上妙案が浮かばなそうな衛を見て、ミユキはため息混じりにこう提案した。
「仕方ないね、知り合いの店で働かせて貰えないかどうか頼んでみるよ」
「本当ですか?」
「付喪神にマイナンバーはないだろうしね……融通が付くところを探してやるからそこで働くんだよ」
その提案に藍と翡翠は大きく頷いた。
「はい!」
「姉様が働くなら僕も!」
「あのー、あんまり変なとこはやめて下さいね……」
衛は不安そうに口を挟んだ。実年齢は百を超えていたとしても、見た目は儚げな美少女と美少年なのだ。
「考慮しておくよ」
そう言ったミユキが探して来たのは、屋台の店番の仕事だった。二回程、二人がソースせんべいの屋台を手伝って、今回の依頼は完了した。
「いい客寄せになったみたいじゃないか」
二人の働きぶりを店主から電話で聞いたミユキは二人にねぎらいの言葉をかけた。
『客商売って大変なんですね……』
『疲れました』
一方、人にあてられて疲れた二人は皿の形に戻ってぐったりとしていた。そこにまたもミユキが冷や水を浴びせる。
「で、あんたたちこれからどうするつもりだい」
「え……」
そう、この二人には行き場所が無い。下手に元の骨董屋に戻れば、またバラバラになるかも知れない。翡翠に至ってはもしかしたら捨てられてしまうかもしれない。
「ミユキさん、どうかここに置いてもらえませんでしょうか」
藍は三つ指をついてお願いをした。続いて翡翠も懇願する。
「お掃除や洗濯物を手伝います! どうかお願いします」
二人の必死な様子に、衛も同情して加勢した。
「ミユキさん、ほらお皿ですし……食費もいらないし場所も取らないじゃないですか」
「うちはあやかしの孤児院でも保養所でもないんだよ? まったく……」
ミユキは文句を言いながらも、ようやく二人を受け入れてくれた。こうして氷川家は二人のあやかしとともに生活する事になったのである。
「あたしも甘っちょろくなったねぇ……」
瑞葉と洗濯物を畳む二人のあやかしの姿を見て、ミユキは薄く笑いながら階下へと降りていった。
そして土曜日。衛は付喪神達が瑞葉とトランプで遊んでいるのを良いことに雑誌を読んでくつろいでいた。そこに瑞葉がやって来た。
「パパ、今度こそプリン作って!」
「ん、ああこの間は悪かったな。でもあとでコンビニで買ってきたじゃないか」
「パパの作ったのがいいの!」
衛がそう言うと、瑞葉はかんしゃくを起こして地団駄を踏んだ。
「なんだ、どうした」
「梨花ちゃんが食べたいって言うから……」
「それならそう言えばいいのに、いいよ作ってあげるよ」
この家でお菓子を作った事がないので、衛は留守番をあやかしと瑞葉に任せて財布を手に買い物に出かけた。
「卵と、牛乳とレモンにバニラエッセンス……」
衛の作るプリンとはイタリアのデザートクレームカラメルの事だった。オーブンで湯煎蒸しにしたどっしりとしたプリンである。
「おかえりなさいっ」
「ああ、でも一時間半くらいかかるからな」
衛ははしゃぐ瑞葉に釘をさした。買ってきた物をテーブルに広げていると、藍がやって来てじーっと見ている。
「今回は君たちの出番はないよ。プリン型に入れるんだから……あ、プリン型って持って来たっけ……」
「どうやら無いようですよ?」
藍は付喪神の力で分かるのか、あたりを見渡してそう言った。
「仕方ない、グラタン用の耐熱皿で作るか……」
「そしたら、大きいお皿も要りますよね?」
「……その時は頼む」
「はい」
藍は、鼻歌でも歌い出しそうな様子で頷いた。それを羨ましそうに見ているのは翡翠である。
「……いいなぁ。僕は欠けてるから……」
「ああ、もう。お前に乗せる分も作るからじっと待ってろ!」
衛はデザートプレートを作る事にした。瑞葉のパンケーキ用の粉糖とチョコソースは幸いある。
「ちょっと、君たちついでのお使い頼む。ミントと冷凍のベリーミックスを買って来てくれ」
「ミント……?」
「冷凍ベリー……ミックス?」
骨董屋で過ごしていた姉弟にはどうやら通じなかったらしい。
「ほら、このメモ持ってスーパー行けば分かるから!」
衛はようやくお皿達を台所から追い出す事に成功した。
「さて、と」
衛は片手鍋に牛乳とレモンの皮を剥いて入れ火にかける。ふつふつした所で火を止めて、今度はカラメルを作る。砂糖水が色づくまで煮立てて、それをグラタン皿に移す。
さらにボールに卵。砂糖、バニラエッセンスを入れて泡立て器でさっと混ぜ、こし器を通しながらグラタン皿に移した。そして温めたオーブンで湯煎蒸しにして一時間、ようやくプリンの完成だ。
「藍、翡翠。皿の形になってくれ」
「はーい」
どっしりした固いプリンに冷蔵庫にあったアイスを添え、ミントとベリーを散らす。粉糖をかけ回したあとに藍に「RINKA」、翡翠に「MIZUHA」とチョコソースで書いた。
「ふう……出来た」
「ただいまー! 梨花ちゃんつれてきたよー!」
ちょうどタイミング良く瑞葉が帰ってきた。
「やあやあ、いらっしゃい。おやつ出来てるよ。あがって」
そこに居たのは白いブラウスに赤いスカートの地味な印象の女の子だった。
「おじゃまします……」
梨花は衛に頭を下げると、瑞葉に連れられて居間へと向かった。
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衛は梨花の後ろ姿を見ながら、違和感を感じて呟いた。
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