私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第54話

「慰謝料払ってもらおうと思ってな」

　私は一瞬、何を言われたのか理解できずに目を見開いた。

「慰謝料…？」

「1000万。今月までに払ってもらおうか」

　相手の要求に驚愕する。

　そんな大金持ってるわけない。

「どうして私が」

　それ以前に払う義理はない。

　冷静さを保とうとしたけど、声が震えてしまった。

「どうしてだ？そんなもんお前のせいで会社をクビになったからに決まってんだろ！」

　私のせい…。
　なんかじゃない。

　いくら考えても自分の非が見つからなかった。
　ただ誰かのせいにしているようにしか思えない。

　私は唇を噛みしめた。

「そんな大金持ってませんし、持っていたとしても払いません」

「なんだと？！」

　冷や汗が背中を伝うのを感じた。

　とにかく、ここから離れないと。

「学校に遅れそうなので失礼します」

　その場を離れようと一歩踏み出そうとした。
　だけど、

「まだ話は終わってないだろ！」

　そう言って私の腕を強く掴んだ。

「何するんですか！？」

　私は驚いて振り返り、相手の手を振りほどこうとした。

「払う気がないなら無理やりでも払わしてやる！お前の臓器売ってでもな！」

　そんな無茶苦茶な。
　だけど、この人なら本気でやりかねない。

　今までも無茶苦茶なことをしてきたんだから。

「離してください！警察呼びますよ！」

　駄目だ、このままじゃほんとに、

「呼べるもんなら呼んでみろよ！」

　必死に振りほどこうとするけど、力が足りない。

「離してください！」

　誰か、誰か助けてっ、

「大人しく…ぐぁっ、」

　その瞬間、相手が突然バランスを崩し、私の腕が解放された。

　驚いていると、目の前に沙紀先輩の姿が飛び込んできた。

　先輩が全力で相手に体当たりしていたんだ。

「さ、沙紀先輩？！」

　先輩は息を切らしながらも、私を守るために立ち向かってくれていた。

　先輩を巻き込みたくなくて先に行ってって言ったのに。

　どうしてまた戻って…

「心桜ちゃん、大丈夫…！？」

　沙紀先輩の声が優しく響く。

　私は涙をこらえながら頷く。

　先輩が助けてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。

「だ、大丈夫です。先輩こそどうしてここに」

「話は後で。とにかく逃げるよ、」

　沙紀先輩の声が緊張感に満ちていた。

「は、はい」

　聞きたいことは色々あるけど、男が倒れてるうちに逃げるしかない。

　ここから離れようと走り出した。
　その瞬間、

「逃がすかよ！」

　男の怒声が背後から響く。

「ｷｬｯ…」

　男が沙紀先輩の髪の毛を思い切りつかみ、地面に引き倒す。

「沙紀先輩…！」

　私はその光景に凍りつく。

　どうすればいいのか、頭が真っ白になる。


　助けなきゃ、でも体が動かない。