ごめんね、足りなかったよね。

fireworks

文字の大きさ
36 / 107
1章 壊れた心

35話 無理が祟って

しおりを挟む
『消えればいいのに』
 そんなふうに彼に言われてから数日が過ぎた。最後のデートをしてから会っていない。でも、彼に会いたい。彼の家は知っているから、そこまで歩いてずっと立って待っていようか。いや、そんなこと彼は望んでいない――。何度かそう思っていたけど、実行する勇気がなくてやめた。
 今日も授業が終わったあと、いつも通りゲートの近くで彼を待っていた。最近タスクの依頼人が現れないから、試験のための勉強をして。
 授業の遅れを取り戻さないといけない。先生に尋ねて大事なところをメモしたけど、それじゃ足りない……!
 私が勉強している間、多くの人が通り過ぎクラブ活動が行われた。やがてそれも終わると、徒歩やバスで帰る人がほとんど。特にだれかに話しかけられることはなく、黙々と打ち込めた。確かな目標があったから……。
 冷たい風、降ってくる雪。徐々に身体を冷やしていく。手がかじかんで固まってしまう。自分の身体が自分のものではないみたい。全身が寒いと悲鳴をあげているのに、それを無視するような今の格好。防寒具は、ヒートテック、セーター、コート。ほかの人はマフラー、耳当て、手袋、温かい靴下やタイツを身に着けているのに。限界を超えた身体にムチを打つように、雪をかぶりながら、私は今日も待ち続けた。最後のバスが来る30分前、彼と出会うまでは……。
「……」
「ローレンティア?」
 ほとんどの人が帰ってしまったのに、その人は横断歩道を渡って、地面を蹴る。私の名前を呼ぶ震えた声、吐いた白い息。私はそれがだれかわかっていたけど、2時間ほど固まっていたからすぐに顔が動かなかった。
「もう真っ暗だよ……! 雪も積もっているし……。帰ろう……?」
「……」
「お願い……。このままだと死んじゃうよ……!」
 ……死。彼も、暗にそう伝えたかったのではないだろうか? いつからかわからないけど、恨みを抱き、私に消えてほしいと言った。それは、「死」と同じ意味だった。私は幽霊みたいに消えることはできない。彼と関わりを絶つこともできない。なら……さっさと命を終わらせるべきだ。
「……はぁ……」
「帰ろうよ……!」
 オーレリアンは叫んだあと、手袋をつけたままスマホを操作して返事を待つ。着信音が鳴り、彼からかと思ったらオーレリアンのスマホだった。雪で字が霞んで勉強どころではない。スマホでも、紙でも、屋根や壁のないところで勉強し続けることは不可能だった。
「手……とても冷たい。母を呼んだから、病院に行こう」
「……はぁ……はぁ……」
 オーレリアンが私の左手を取る。凍った心を溶かすような火のような温かい手。さらに、コートを脱いで私の肩にかける。彼の匂いがして、私はようやく顔を上げられる。オーレリアン・ヴェントル。まさか、彼がこんな時間にここにいるなんて思わなかったから……。オーレリアンは手袋も外し、何も持っていない私の左手につけた。右手は……小さなノートを持ったまま。
「……ありがとう……」
「!?」
 そう呟いたのを最後に、意識が途切れる。私は力なく倒れてしまい、咄嗟に伸ばされたオーレリアンの手に支えられた。抱きしめられているみたい。ノートが落ちる。オーレリアンは私の前髪を上げて、額に手を当て真っ青になった。
「熱い……。なんで、ここまでして……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

侵略国家の皇女に転生しましたが他国へと追放されたので祖国を懲らしめます

think
恋愛
日本から転生を果たした普通の女性、橘美紀は侵略国家の皇女として生まれ変わった。 敵味方問わず多くの兵士が死んでいく現状を変えたいと願ったが、父によって他国へと嫁がされてしまう。 ならばと彼女は祖国を懲らしめるために嫁いだ国スイレース王国の王子とともに逆襲することにしました。

王妃候補は、留守番中

里中一叶
恋愛
貧乏伯爵の娘セリーナは、ひょんなことから王太子の花嫁候補の身代りに王宮へ行くことに。 花嫁候補バトルに参加せずに期間満了での帰宅目指してがんばるつもりが、王太子に気に入られて困ってます。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

王冠の乙女

ボンボンP
恋愛
『王冠の乙女』と呼ばれる存在、彼女に愛された者は国の頂点に立つ。 インカラナータ王国の王子アーサーに囲われたフェリーチェは  何も知らないまま政治の道具として理不尽に生きることを強いられる。 しかしフェリーチェが全てを知ったとき彼女を利用した者たちは報いを受ける。 フェリーチェが幸せになるまでのお話。 ※ 残酷な描写があります ★誤字脱字は見つけ次第、修正していますので申し分ございません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

処理中です...