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1章 壊れた心
35話 無理が祟って
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『消えればいいのに』
そんなふうに彼に言われてから数日が過ぎた。最後のデートをしてから会っていない。でも、彼に会いたい。彼の家は知っているから、そこまで歩いてずっと立って待っていようか。いや、そんなこと彼は望んでいない――。何度かそう思っていたけど、実行する勇気がなくてやめた。
今日も授業が終わったあと、いつも通りゲートの近くで彼を待っていた。最近タスクの依頼人が現れないから、試験のための勉強をして。
授業の遅れを取り戻さないといけない。先生に尋ねて大事なところをメモしたけど、それじゃ足りない……!
私が勉強している間、多くの人が通り過ぎクラブ活動が行われた。やがてそれも終わると、徒歩やバスで帰る人がほとんど。特にだれかに話しかけられることはなく、黙々と打ち込めた。確かな目標があったから……。
冷たい風、降ってくる雪。徐々に身体を冷やしていく。手がかじかんで固まってしまう。自分の身体が自分のものではないみたい。全身が寒いと悲鳴をあげているのに、それを無視するような今の格好。防寒具は、ヒートテック、セーター、コート。ほかの人はマフラー、耳当て、手袋、温かい靴下やタイツを身に着けているのに。限界を超えた身体にムチを打つように、雪をかぶりながら、私は今日も待ち続けた。最後のバスが来る30分前、彼と出会うまでは……。
「……」
「ローレンティア?」
ほとんどの人が帰ってしまったのに、その人は横断歩道を渡って、地面を蹴る。私の名前を呼ぶ震えた声、吐いた白い息。私はそれがだれかわかっていたけど、2時間ほど固まっていたからすぐに顔が動かなかった。
「もう真っ暗だよ……! 雪も積もっているし……。帰ろう……?」
「……」
「お願い……。このままだと死んじゃうよ……!」
……死。彼も、暗にそう伝えたかったのではないだろうか? いつからかわからないけど、恨みを抱き、私に消えてほしいと言った。それは、「死」と同じ意味だった。私は幽霊みたいに消えることはできない。彼と関わりを絶つこともできない。なら……さっさと命を終わらせるべきだ。
「……はぁ……」
「帰ろうよ……!」
オーレリアンは叫んだあと、手袋をつけたままスマホを操作して返事を待つ。着信音が鳴り、彼からかと思ったらオーレリアンのスマホだった。雪で字が霞んで勉強どころではない。スマホでも、紙でも、屋根や壁のないところで勉強し続けることは不可能だった。
「手……とても冷たい。母を呼んだから、病院に行こう」
「……はぁ……はぁ……」
オーレリアンが私の左手を取る。凍った心を溶かすような火のような温かい手。さらに、コートを脱いで私の肩にかける。彼の匂いがして、私はようやく顔を上げられる。オーレリアン・ヴェントル。まさか、彼がこんな時間にここにいるなんて思わなかったから……。オーレリアンは手袋も外し、何も持っていない私の左手につけた。右手は……小さなノートを持ったまま。
「……ありがとう……」
「!?」
そう呟いたのを最後に、意識が途切れる。私は力なく倒れてしまい、咄嗟に伸ばされたオーレリアンの手に支えられた。抱きしめられているみたい。ノートが落ちる。オーレリアンは私の前髪を上げて、額に手を当て真っ青になった。
「熱い……。なんで、ここまでして……!」
そんなふうに彼に言われてから数日が過ぎた。最後のデートをしてから会っていない。でも、彼に会いたい。彼の家は知っているから、そこまで歩いてずっと立って待っていようか。いや、そんなこと彼は望んでいない――。何度かそう思っていたけど、実行する勇気がなくてやめた。
今日も授業が終わったあと、いつも通りゲートの近くで彼を待っていた。最近タスクの依頼人が現れないから、試験のための勉強をして。
授業の遅れを取り戻さないといけない。先生に尋ねて大事なところをメモしたけど、それじゃ足りない……!
私が勉強している間、多くの人が通り過ぎクラブ活動が行われた。やがてそれも終わると、徒歩やバスで帰る人がほとんど。特にだれかに話しかけられることはなく、黙々と打ち込めた。確かな目標があったから……。
冷たい風、降ってくる雪。徐々に身体を冷やしていく。手がかじかんで固まってしまう。自分の身体が自分のものではないみたい。全身が寒いと悲鳴をあげているのに、それを無視するような今の格好。防寒具は、ヒートテック、セーター、コート。ほかの人はマフラー、耳当て、手袋、温かい靴下やタイツを身に着けているのに。限界を超えた身体にムチを打つように、雪をかぶりながら、私は今日も待ち続けた。最後のバスが来る30分前、彼と出会うまでは……。
「……」
「ローレンティア?」
ほとんどの人が帰ってしまったのに、その人は横断歩道を渡って、地面を蹴る。私の名前を呼ぶ震えた声、吐いた白い息。私はそれがだれかわかっていたけど、2時間ほど固まっていたからすぐに顔が動かなかった。
「もう真っ暗だよ……! 雪も積もっているし……。帰ろう……?」
「……」
「お願い……。このままだと死んじゃうよ……!」
……死。彼も、暗にそう伝えたかったのではないだろうか? いつからかわからないけど、恨みを抱き、私に消えてほしいと言った。それは、「死」と同じ意味だった。私は幽霊みたいに消えることはできない。彼と関わりを絶つこともできない。なら……さっさと命を終わらせるべきだ。
「……はぁ……」
「帰ろうよ……!」
オーレリアンは叫んだあと、手袋をつけたままスマホを操作して返事を待つ。着信音が鳴り、彼からかと思ったらオーレリアンのスマホだった。雪で字が霞んで勉強どころではない。スマホでも、紙でも、屋根や壁のないところで勉強し続けることは不可能だった。
「手……とても冷たい。母を呼んだから、病院に行こう」
「……はぁ……はぁ……」
オーレリアンが私の左手を取る。凍った心を溶かすような火のような温かい手。さらに、コートを脱いで私の肩にかける。彼の匂いがして、私はようやく顔を上げられる。オーレリアン・ヴェントル。まさか、彼がこんな時間にここにいるなんて思わなかったから……。オーレリアンは手袋も外し、何も持っていない私の左手につけた。右手は……小さなノートを持ったまま。
「……ありがとう……」
「!?」
そう呟いたのを最後に、意識が途切れる。私は力なく倒れてしまい、咄嗟に伸ばされたオーレリアンの手に支えられた。抱きしめられているみたい。ノートが落ちる。オーレリアンは私の前髪を上げて、額に手を当て真っ青になった。
「熱い……。なんで、ここまでして……!」
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