ごめんね、足りなかったよね。

fireworks

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1章 壊れた心

45話 彼の願い

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 その後、片付けをして自室で勉強。試験が迫っているから本気で勉強しないと。どの試験も進級や進路に関係する。油断してはいけない。やらなきゃ。勉強しなきゃ。
 文字がぼやけてきている。ぐにゃぐにゃと縦横無尽に動く。言葉や、文章には見えない。頭が上がらない。うつらうつら……。意識が浮かんで、遠く離れて……。どこかに行ってしまう……。
「うわぁ!?」
 寝ぼけた頭を叩くような大音量。何かと思っていたら、だれかから電話がかかったみたい。アクセントテーブルに置いたスマホを取り、その相手を見た。「レン」。タヴィアン・レント。待ちに待った大切な彼。期待、驚き、恐れがぐるぐると混ざる。慎重に通話ボタンを押し、髪を避けて耳に当てた。
『おい』
 突き刺すような、胸に響く重たい声。
『レン……?』
 名前を呼んでみたけど、彼の声はかき消してしまうほど大きかった。胸が締め付けられる感覚がして舌を噛む。ああ、手を準備しないと。
『何してんだ、今』
『え?』
 手元のワークブックやノートに触れてみる。乱雑な字、折れ線のついた参考書、中途半端に折れたシャープペンシルの芯。あれ、私、何をしていたんだっけ?
『勉強してたの』
 口をついて出た言葉は、もう自分のものではないようだった。かといってだれかのものでもない。ただの空気の振動になって消えていくだけ……。
『そんなことやめろよ。どうせバカなんだからさ』
『ごめんなさい』
『お前が勉強するだけ無駄だよ。どうせ俺のためにならないんだからさ』
『そうだね。ごめんなさい。もう勉強なんてやめるから』
 スマホを置いてスピーカーボタンを押す。ワークブックを両手で持ち、上から下にちぎっていった。ビリビリ、バリバリ。紙となったものが手からこぼれ落ちていく。シャープペンを腕に押しつけ、首筋に手を伸ばし――。
『お前のせいだ』
 突然、彼の声が変わった。
『……え?』
『お前浮気してるだろ』
 赤くなった肌から血が出てきて、首を強く絞めた。多分、彼が何かを言った。けれど、耳を疑うような言葉で信じられない。処理できない。なんて言った? 本当にそれは言葉だった?
『どうして?』
 ようやく絞り出せた声は、小さく頼りないものだった。
『俺は見たからな。ほかの男と並んで歩いていただろ! 仲良く話して! この浮気女!』
 早口で怒鳴られ、慌ててスピーカーボタンを押した。再び耳に当て息を呑む。
『浮気なんて……して……ない』
 浮気とはなんだろうか? レン以外の男性と関係を持った? 恋愛感情を抱いてスキンシップを許した? そんなことないけど、ないけど……彼がそう言うのなら……。
『うるさい! 黙ってろ! お前なんて生きる意味ないだろ! さっさと消えろよ!』
『……!』
 怒鳴り叫んだ彼。きっと、これが本心なのだろう。それが何を意味するか痛いほどわかる。そう、彼が望むのなら……。
『大好き。ずっと一緒にいよ』
 レンが通話を切った。
 私は気が動転して、手からスマホを落としそうになった。信じられない。レンが私を罵った? 死を願った? いや、いや、いや、いや、そんなはずない!
「レン、お願い、出て……!」
 何度も何度もメッセージを送った。電話をかけた。だけど、彼はだれかと通話中でメッセージもreadがつかない。首を絞め、スマホを握りながらフラフラと歩く。もう……文字が文字に見えなくて、呪文みたい。てのひらから出た靄がスマホにも移り、落ちていった。一瞬にして部屋を覆い尽くしてしまう。床に膝をつき、髪をかきむしった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 readのないメッセージと不在着信が溜まっていく。けれど、彼が電話に出ることはなかった。
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