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1章 壊れた心
51話 決壊
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「あ……」
どれだけ甘い過去に浸っても無駄だ。現実は容赦なく弱くなった人を襲ってくる。いいこと、悪いこと問わず。わかっているのに、我儘が止まらない。
「うそ……」
今日は試験で使った答案用紙の返却日。どういう結果になるか、見直しをしているからある程度分かっていた。けれど、心のどこかでそうでないことを祈って今日を待った。
結局のところ、現実はどうだった? 答案用紙は真っ赤な✕でいっぱい。✓よりも✕が多い。こんなこと今までなかったから、驚きで短い言葉しか出なかった。視界が黒い靄で霞んでいく。まただ。私の手から出る謎のそれは、腕を呑み込んでやがて身体を朽ちらせる。手を使えなくさせ、喉を潰し、舌をちぎり、耳を折り、視力を奪う。真っ黒。まるで罪人のよう。
確かに、ステージの前に観客はいた。今か今かと開幕を待っている。スポットライトがステージの中央に当たり、幕が開かれた。当然、演目が始まるのだと思っていた。だけど、いつまで経ってもステージにはだれも現れない。観客は一斉に大ブーイング。私はいる。確かに存在しているのに、だれにも見てもらえない。
「……何あれ」
「どうしたんだろ?」
「ラウの成績……どうなの?」
周囲が徐々に騒ぎ出す。彼らは、私のことを見ていないようで見ている。故に知っているのだ。私が置かれた立場や状況を、だれよりも知っている。だけど、それがこんなに居心地悪いものだとは知らなかった。
「……あ」
顔を上げるべきではなかった。オーレリアンと目が合う。
彼は身なりが悪者っぽいけど、やるべきことはしっかりやる人だ。授業態度は真面目、提出物は期限内に正しく解答して提出し、試験でも確かな成績を収めるという。
オーレリアンの瞳。まったく関係ないはずなのに、彼と重なって見えて黒く霞む。
見ちゃいけない。でも見たい。見えない。鉛筆で、絵の具で、塗り潰されて……。
「……いや」
もう何も信じられない。
気分がおかしくなって、上下に跳ねて落ち着かない。慌てて顔を下げて何も見ないようにした。だけど、追い打ちをかけるように言葉の雨が降り続けた。
「ラウどうしたんだろう?」
「渡されたノートは問題なかったけど……」
「何かあったのかな? そういえば、前……」
「ヤダ! ラウの様子おかしくない!?」
「ついに化けの皮が剥がれたんだわ!」
「前からおかしいと思ってたの! やっぱりあの彼氏が原因なんだよ!」
「何あれ……。吐きそうじゃん……」
「離れようよ! こんなところにいられない!」
「なんだったの……? あんなに叫んで……」
「怖い……! 暴れ出すのかと思ったわ!」
「気味悪い……」
「病気なんじゃない? 正常な判断できそうにないし……」
「可哀想……」
彼らの言葉を胸に留め、目を閉じた。
(そうね。自業自得だわ。私が悪かったから、彼も変わってしまった……)
小さな声と突き刺す視線。先生が解説してくださっているのに理解できない。途切れ途切れで、景色が歪むし、まっすぐ座っていられないから。チャイムみたいな鈍い音が聞こえ、急いで立ち上がり教室を出た。教科書を開いたまま、答案用紙を放置したまま。でも、今はそんなことどうでもいい。息苦しいと思ったら、何かがひっくり返って口から出そう。廊下で駄弁る生徒たちをかき分け、口元を手で隠しながら走った。トイレ。鍵をかけて閉じ込め、しゃがんで手をどける。
「うぅうげええ」
ろくに食べていないのに吐いてしまうなんて。胃がもたれているのかな? 栄養が足りない? 何……が? もう、力が入らない……。
「だめ……」
どれだけ甘い過去に浸っても無駄だ。現実は容赦なく弱くなった人を襲ってくる。いいこと、悪いこと問わず。わかっているのに、我儘が止まらない。
「うそ……」
今日は試験で使った答案用紙の返却日。どういう結果になるか、見直しをしているからある程度分かっていた。けれど、心のどこかでそうでないことを祈って今日を待った。
結局のところ、現実はどうだった? 答案用紙は真っ赤な✕でいっぱい。✓よりも✕が多い。こんなこと今までなかったから、驚きで短い言葉しか出なかった。視界が黒い靄で霞んでいく。まただ。私の手から出る謎のそれは、腕を呑み込んでやがて身体を朽ちらせる。手を使えなくさせ、喉を潰し、舌をちぎり、耳を折り、視力を奪う。真っ黒。まるで罪人のよう。
確かに、ステージの前に観客はいた。今か今かと開幕を待っている。スポットライトがステージの中央に当たり、幕が開かれた。当然、演目が始まるのだと思っていた。だけど、いつまで経ってもステージにはだれも現れない。観客は一斉に大ブーイング。私はいる。確かに存在しているのに、だれにも見てもらえない。
「……何あれ」
「どうしたんだろ?」
「ラウの成績……どうなの?」
周囲が徐々に騒ぎ出す。彼らは、私のことを見ていないようで見ている。故に知っているのだ。私が置かれた立場や状況を、だれよりも知っている。だけど、それがこんなに居心地悪いものだとは知らなかった。
「……あ」
顔を上げるべきではなかった。オーレリアンと目が合う。
彼は身なりが悪者っぽいけど、やるべきことはしっかりやる人だ。授業態度は真面目、提出物は期限内に正しく解答して提出し、試験でも確かな成績を収めるという。
オーレリアンの瞳。まったく関係ないはずなのに、彼と重なって見えて黒く霞む。
見ちゃいけない。でも見たい。見えない。鉛筆で、絵の具で、塗り潰されて……。
「……いや」
もう何も信じられない。
気分がおかしくなって、上下に跳ねて落ち着かない。慌てて顔を下げて何も見ないようにした。だけど、追い打ちをかけるように言葉の雨が降り続けた。
「ラウどうしたんだろう?」
「渡されたノートは問題なかったけど……」
「何かあったのかな? そういえば、前……」
「ヤダ! ラウの様子おかしくない!?」
「ついに化けの皮が剥がれたんだわ!」
「前からおかしいと思ってたの! やっぱりあの彼氏が原因なんだよ!」
「何あれ……。吐きそうじゃん……」
「離れようよ! こんなところにいられない!」
「なんだったの……? あんなに叫んで……」
「怖い……! 暴れ出すのかと思ったわ!」
「気味悪い……」
「病気なんじゃない? 正常な判断できそうにないし……」
「可哀想……」
彼らの言葉を胸に留め、目を閉じた。
(そうね。自業自得だわ。私が悪かったから、彼も変わってしまった……)
小さな声と突き刺す視線。先生が解説してくださっているのに理解できない。途切れ途切れで、景色が歪むし、まっすぐ座っていられないから。チャイムみたいな鈍い音が聞こえ、急いで立ち上がり教室を出た。教科書を開いたまま、答案用紙を放置したまま。でも、今はそんなことどうでもいい。息苦しいと思ったら、何かがひっくり返って口から出そう。廊下で駄弁る生徒たちをかき分け、口元を手で隠しながら走った。トイレ。鍵をかけて閉じ込め、しゃがんで手をどける。
「うぅうげええ」
ろくに食べていないのに吐いてしまうなんて。胃がもたれているのかな? 栄養が足りない? 何……が? もう、力が入らない……。
「だめ……」
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