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1章 壊れた心
58話 変わらない人
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帰宅後、私たちはいつも通りの時間を過ごした。ディナーを作り、食べ、自由な時間を過ごす。さっきの感情が嘘のようで、現実とは思いたくなくて。椅子に座りながら、ぼんやりと考え事をしていた。食事量は急に増えないし、簡単に味覚は戻らない。家族の対応が変わることがなければ、妹の鋭い言葉が柔らかくなることもない。
「……ふう」
……妹は、今日も今日とてゲームに夢中だ。試験前もずっと、リビングのテレビにくっついて離れようとしない。ゴロゴロと転がりながら。その目は赤く充血し、小刻みに手が震えている。テレビ画面は……よくわからないけれど、妹の操作するプレイヤーが、バタバタと敵を倒しているらしい。
「退けって言ってんだよ!」
「邪魔だ!」
「イキがるんじゃねーよ! 雑魚のくせに!」
「おい! 今撃っただろ!」
ゲームの世界。あの劇場にあったナイフに近い鋭利な武器で殺傷し、妹の充血に負けないくらいの赤い血が飛び散る。画面にも血濡れた演出が施され、ぶしゅばしゅと斬る音が響く。
「ひいー! 楽しい!」
「あー、現実でもやりたーい」
「早く行けよ! 突っかかってんだよ!」
妹はカチャカチャと武器を切り替え、狙いを定めて敵を撃ち、戦闘を楽しむ。ゲームだから、プレイヤーが死ぬと手持ちの武器や弾が地面に落ちる。妹やその仲間がそれを拾い、いいものであれば奪い、悪いものであれば無視する。既に死んでいる人を、悪ふざけで撃ち続けることもある。特に妹は言葉遣いが乱暴で、顔も知らない名前相手にも当たりが強い。
「あ? 雑魚は黙れよ」
「そこ撃てよ! はあ? バカじゃねーの!」
「これだから能無しって困るよねぇ」
リビングはもう妹が占領している。ゲームを起動すれば、インターネットにつながってボイスチャットが始まる。両親含め3人は静かにしていないといけない。話すだけじゃなくて、生活音もだめらしい。咀嚼音、水の音、ドアを閉じる音さえも。
両親は入浴待ち、私はシンクの掃除をしていた。できれば、妹のゲーム中ここにいたくないのだけど、そういうわけにはいかない。LDKはつながっていて、エアコンで空間をあたたかくしているから。入浴して、洗濯物を干して、あしたの準備をして、ようやく自由な時間を手に入れられる。
「ふっざけんなよ!」
ソファーで寝転がっていた妹は、足をジタバタさせて怒りをあらわにした。鬼のような形相。顔をしかめて舌を噛んだ。顎がしゃくれている。怒りのまま、セーブせずに電源を落とし、コントローラーをソファーに打ち付けた。
ぶつりと切れる音、妹のひときわ大きな罵声で肩が震えた。手にしていたスポンジが落ち、水の流れに乗って吸い込まれそうだった。
「なに? またフラれたの? なっさけなー」
妹は身体を起こしてソファーから離れ、ガニ股で私に近づいてくる。怒りと嘲りが読み取れる。何か言われる前に慌ててスポンジを拾い、聞こえないふりをして磨こうと……。
「……そんなこと……」
「ほんとバカだよね。まだ愛されていると思っているの? ばーか。お前を愛してくれる人なんていないんだよ」
「……ふう」
……妹は、今日も今日とてゲームに夢中だ。試験前もずっと、リビングのテレビにくっついて離れようとしない。ゴロゴロと転がりながら。その目は赤く充血し、小刻みに手が震えている。テレビ画面は……よくわからないけれど、妹の操作するプレイヤーが、バタバタと敵を倒しているらしい。
「退けって言ってんだよ!」
「邪魔だ!」
「イキがるんじゃねーよ! 雑魚のくせに!」
「おい! 今撃っただろ!」
ゲームの世界。あの劇場にあったナイフに近い鋭利な武器で殺傷し、妹の充血に負けないくらいの赤い血が飛び散る。画面にも血濡れた演出が施され、ぶしゅばしゅと斬る音が響く。
「ひいー! 楽しい!」
「あー、現実でもやりたーい」
「早く行けよ! 突っかかってんだよ!」
妹はカチャカチャと武器を切り替え、狙いを定めて敵を撃ち、戦闘を楽しむ。ゲームだから、プレイヤーが死ぬと手持ちの武器や弾が地面に落ちる。妹やその仲間がそれを拾い、いいものであれば奪い、悪いものであれば無視する。既に死んでいる人を、悪ふざけで撃ち続けることもある。特に妹は言葉遣いが乱暴で、顔も知らない名前相手にも当たりが強い。
「あ? 雑魚は黙れよ」
「そこ撃てよ! はあ? バカじゃねーの!」
「これだから能無しって困るよねぇ」
リビングはもう妹が占領している。ゲームを起動すれば、インターネットにつながってボイスチャットが始まる。両親含め3人は静かにしていないといけない。話すだけじゃなくて、生活音もだめらしい。咀嚼音、水の音、ドアを閉じる音さえも。
両親は入浴待ち、私はシンクの掃除をしていた。できれば、妹のゲーム中ここにいたくないのだけど、そういうわけにはいかない。LDKはつながっていて、エアコンで空間をあたたかくしているから。入浴して、洗濯物を干して、あしたの準備をして、ようやく自由な時間を手に入れられる。
「ふっざけんなよ!」
ソファーで寝転がっていた妹は、足をジタバタさせて怒りをあらわにした。鬼のような形相。顔をしかめて舌を噛んだ。顎がしゃくれている。怒りのまま、セーブせずに電源を落とし、コントローラーをソファーに打ち付けた。
ぶつりと切れる音、妹のひときわ大きな罵声で肩が震えた。手にしていたスポンジが落ち、水の流れに乗って吸い込まれそうだった。
「なに? またフラれたの? なっさけなー」
妹は身体を起こしてソファーから離れ、ガニ股で私に近づいてくる。怒りと嘲りが読み取れる。何か言われる前に慌ててスポンジを拾い、聞こえないふりをして磨こうと……。
「……そんなこと……」
「ほんとバカだよね。まだ愛されていると思っているの? ばーか。お前を愛してくれる人なんていないんだよ」
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