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1章 壊れた心
60話 眠れない
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すべての家事を終わらせて、やっとひとりの時間がやってきた。家族と過ごしている以上、だれかといる時間をゼロにはできない。妹の大声が聞こえない、鋭い視線もない、闇夜と静寂。身体を冷やしていく寒さ。外では、雪がぱらぱらと降って地面を白く凍らせる。雪道を進む車の音、暗闇を照らす街灯、ほんのり香るアロマオイル。
穏やかに眠りたくて、落ち着ける環境を用意した。寝る前にスマホを見るのをやめて、目を閉じて瞑想する。雑念を払わないと。邪気を追い払わないと。
ただ、彼との思い出が私を引き止める。
簡単に離れられたわけじゃない。1日何百回と彼のことを思い出す。過去のこと、今のこと、未来のこと。あのときは楽しかった。今は元気にしているかな。身体を冷やして壊していないかな。あしたは何か返してくれるかな。
私を好きでいてくれるかな。
人は変わらないという事実が首を絞める。私がどうこうできる問題じゃない。
彼からのメッセージは途絶えている。私がしつこく、昼夜問わず何十件も送ったから呆れているだろう。readがつかないまま、白紙の未開封がたまっていく。焦りと同時に諦めの感情も湧いてきた。2週間以上経って、目が覚めたような衝撃があったから。
彼に電話をかけても、『おかけになった電話番号にはお繋ぎできません』と無機質な音声によって跳ね返される。時間と日にちを変えても同じ。留守番電話にして吹き込んでも、readがつかないから無意味。
彼が「心配だから」と言って、位置情報の共有をした。アプリで簡単に現在位置がわかる。ただ、いつからか……おそらく彼が変わったときから、レンの場所はオフになっている。フレンド欄にはその存在があるけれど、『オフに設定されているため』とログが出てそれ以上のことができない。アプリを開いても、私の居場所だけが表示されているだけ。
だめだ。彼のことを考えるのはやめよう。そんなことしたって、現実は何も変わらないのだから。
「おやすみなさい」
言い聞かせるようにそう言って、布団の中に入った。毛布と布団を引っ張って首まで運び、目を閉じる。胸の前で手を合わせると、上下に動くのがわかった。……生きている。息ができる。あの劇場でも感じたけれど、まさか、それが現実だとは思えなかった。
……目が覚めた。ほとんど忘れてしまったけれど、おぞましい夢を見たから。再現したくない。ベッドスタンドの時計に目をやると、3時過ぎをさしていた。確か、12時ごろに眠ったとはいえ、さすがに早すぎる。
……だけど、目を瞑っても全然眠れなかった。仕方なく起きて、布団から足を出す。フローリングの床は本当に冷たくて、氷みたいだった。油断すれば滑りそうで危ない。着崩れていたナイトウェアの紐を両肩にかけ、椅子の背もたれにあった上着を羽織った。
外は変わらず暗闇だ。街灯だけが白い地面を照らしている。こんな真夜中に、人や車は通らない。激しく降る雪が風に吹かれて舞った。ひらひらと踊る優雅な姿はバレリーナのようだった。
アロマの香りは落ち着いて薄くなっている。ルームライトをひとつつけ、特に考えず椅子に座った。
「そうだ……」
穏やかに眠りたくて、落ち着ける環境を用意した。寝る前にスマホを見るのをやめて、目を閉じて瞑想する。雑念を払わないと。邪気を追い払わないと。
ただ、彼との思い出が私を引き止める。
簡単に離れられたわけじゃない。1日何百回と彼のことを思い出す。過去のこと、今のこと、未来のこと。あのときは楽しかった。今は元気にしているかな。身体を冷やして壊していないかな。あしたは何か返してくれるかな。
私を好きでいてくれるかな。
人は変わらないという事実が首を絞める。私がどうこうできる問題じゃない。
彼からのメッセージは途絶えている。私がしつこく、昼夜問わず何十件も送ったから呆れているだろう。readがつかないまま、白紙の未開封がたまっていく。焦りと同時に諦めの感情も湧いてきた。2週間以上経って、目が覚めたような衝撃があったから。
彼に電話をかけても、『おかけになった電話番号にはお繋ぎできません』と無機質な音声によって跳ね返される。時間と日にちを変えても同じ。留守番電話にして吹き込んでも、readがつかないから無意味。
彼が「心配だから」と言って、位置情報の共有をした。アプリで簡単に現在位置がわかる。ただ、いつからか……おそらく彼が変わったときから、レンの場所はオフになっている。フレンド欄にはその存在があるけれど、『オフに設定されているため』とログが出てそれ以上のことができない。アプリを開いても、私の居場所だけが表示されているだけ。
だめだ。彼のことを考えるのはやめよう。そんなことしたって、現実は何も変わらないのだから。
「おやすみなさい」
言い聞かせるようにそう言って、布団の中に入った。毛布と布団を引っ張って首まで運び、目を閉じる。胸の前で手を合わせると、上下に動くのがわかった。……生きている。息ができる。あの劇場でも感じたけれど、まさか、それが現実だとは思えなかった。
……目が覚めた。ほとんど忘れてしまったけれど、おぞましい夢を見たから。再現したくない。ベッドスタンドの時計に目をやると、3時過ぎをさしていた。確か、12時ごろに眠ったとはいえ、さすがに早すぎる。
……だけど、目を瞑っても全然眠れなかった。仕方なく起きて、布団から足を出す。フローリングの床は本当に冷たくて、氷みたいだった。油断すれば滑りそうで危ない。着崩れていたナイトウェアの紐を両肩にかけ、椅子の背もたれにあった上着を羽織った。
外は変わらず暗闇だ。街灯だけが白い地面を照らしている。こんな真夜中に、人や車は通らない。激しく降る雪が風に吹かれて舞った。ひらひらと踊る優雅な姿はバレリーナのようだった。
アロマの香りは落ち着いて薄くなっている。ルームライトをひとつつけ、特に考えず椅子に座った。
「そうだ……」
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