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2章 殺してしまいたい
98話 愛してるわけないだろ
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「よお」
「……?」
「おまえ、久しぶりだな」
「……」
だれかの低い声。私を呼んでいる? 何が何だかよくわからない。瞼が重くて目を開けられない。……寒い。外にいるわけではなさそうだけど、それにしては寒すぎる。薬品のにおいがする。化学の実験のような? あとは……身体が自由に動かない。手足を引っ張っても起きられない。何も見えないけど、私は仰向けでどこかに寝転がっている。就寝前と状態は近い。いや、視界と触覚が奪われたのに、近いとは程遠い。
「なに……?!」
「おまえ俺のこと忘れたのか? 悪い子だなぁ」
「え……?」
呟いた声は鋭いナイフの音でかき消される。右腕が刺された。手首から大量の血が出てくる。避けようがなかった。現実的で痛い。
声の正体は男性だろう。考えられるのは、父、レン、オーレリアン、そのほかどこかの学年の男子。考えたいのに、メモリーから情報を取り出せない。そんな力など奪われ、呼吸の間隔が短くなる。
「いけないんだあ。あんなに俺のこと大好きって言ったくせに。全部嘘だって言うんだね?」
その人の言葉なんてどうでもいい。今、突き刺さったナイフが腕を貫いている。力が入らなくなり、感覚が麻痺したようで。
「い、痛いです。お願い……。ナイフを抜いてください」
「断る。おまえが俺を思い出すまで許さない」
必死にお願いしたけれど、一蹴される。痛い。けれど――まだ耐えられるなんてこのときは思っていた。足りない……。足りない理由がわかったから。
「タヴィアン・レント……! 私を解放してください」
こんなことをして、メリットがあるのはレンしかいない。これ以上傷つきたくなくて素直に言うも、レンを煽って逆上させるだけだった。
「はぁ? 解放するわけないだろう。おまえがそばにいるのに……」
確証はないけれど、言葉の使い方が同じだ。あの人と。いくら目を開けようとしても、周囲の状況が見られない。
「お願いします……! 助けてください……!」
「嫌だね。絶対に嫌。俺はおまえが心底嫌いだから」
「……!」
右腕に刺さっていたナイフが抜かれる。さらに血が溢れて濡らしていく。自分で刺すこと、他人に刺されること、全然意味が違う。相手は痛みがわからないから、容赦なく刺せる。致死を知らない。どれだけ痛いと言っても、身体をよじってもどうにもならなかった。
彼の笑い声がハウリングしている。やけに寒いのは、エアコンをオンにしているか、冷凍庫のような部屋に入っているか、どちらかだ。……何のために?
「まだ足りないな!」
「い゙っ!」
今度は胸に一発。腕みたいな痛みでは済まない。本当に死んでしまいそうな痛みと衝撃。2箇所から血が出て止まらない。こんなに苦しんでいても、彼は平然として加虐を進める。
「そうだ、最初からこうすればよかった! あはは! 気持ちいいだろう? 最高だろう? あはははははは!」
彼は何度も何度も、同じところを中心にナイフで刺した。刺して、刺して、刺して、刺して、満足そうに笑う。私は少しずつ動かなくなり、彼のなすままの人形だった。
「ベイリー。愛してるよ。狂おしいほどに」
死体同然の私の顔に近づき、唇が触れると……。
「……?」
「おまえ、久しぶりだな」
「……」
だれかの低い声。私を呼んでいる? 何が何だかよくわからない。瞼が重くて目を開けられない。……寒い。外にいるわけではなさそうだけど、それにしては寒すぎる。薬品のにおいがする。化学の実験のような? あとは……身体が自由に動かない。手足を引っ張っても起きられない。何も見えないけど、私は仰向けでどこかに寝転がっている。就寝前と状態は近い。いや、視界と触覚が奪われたのに、近いとは程遠い。
「なに……?!」
「おまえ俺のこと忘れたのか? 悪い子だなぁ」
「え……?」
呟いた声は鋭いナイフの音でかき消される。右腕が刺された。手首から大量の血が出てくる。避けようがなかった。現実的で痛い。
声の正体は男性だろう。考えられるのは、父、レン、オーレリアン、そのほかどこかの学年の男子。考えたいのに、メモリーから情報を取り出せない。そんな力など奪われ、呼吸の間隔が短くなる。
「いけないんだあ。あんなに俺のこと大好きって言ったくせに。全部嘘だって言うんだね?」
その人の言葉なんてどうでもいい。今、突き刺さったナイフが腕を貫いている。力が入らなくなり、感覚が麻痺したようで。
「い、痛いです。お願い……。ナイフを抜いてください」
「断る。おまえが俺を思い出すまで許さない」
必死にお願いしたけれど、一蹴される。痛い。けれど――まだ耐えられるなんてこのときは思っていた。足りない……。足りない理由がわかったから。
「タヴィアン・レント……! 私を解放してください」
こんなことをして、メリットがあるのはレンしかいない。これ以上傷つきたくなくて素直に言うも、レンを煽って逆上させるだけだった。
「はぁ? 解放するわけないだろう。おまえがそばにいるのに……」
確証はないけれど、言葉の使い方が同じだ。あの人と。いくら目を開けようとしても、周囲の状況が見られない。
「お願いします……! 助けてください……!」
「嫌だね。絶対に嫌。俺はおまえが心底嫌いだから」
「……!」
右腕に刺さっていたナイフが抜かれる。さらに血が溢れて濡らしていく。自分で刺すこと、他人に刺されること、全然意味が違う。相手は痛みがわからないから、容赦なく刺せる。致死を知らない。どれだけ痛いと言っても、身体をよじってもどうにもならなかった。
彼の笑い声がハウリングしている。やけに寒いのは、エアコンをオンにしているか、冷凍庫のような部屋に入っているか、どちらかだ。……何のために?
「まだ足りないな!」
「い゙っ!」
今度は胸に一発。腕みたいな痛みでは済まない。本当に死んでしまいそうな痛みと衝撃。2箇所から血が出て止まらない。こんなに苦しんでいても、彼は平然として加虐を進める。
「そうだ、最初からこうすればよかった! あはは! 気持ちいいだろう? 最高だろう? あはははははは!」
彼は何度も何度も、同じところを中心にナイフで刺した。刺して、刺して、刺して、刺して、満足そうに笑う。私は少しずつ動かなくなり、彼のなすままの人形だった。
「ベイリー。愛してるよ。狂おしいほどに」
死体同然の私の顔に近づき、唇が触れると……。
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