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7話 first-hand
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7話 first-hand
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ずいぶん長く眠っていたみたい。重い目を開けて左右を見渡してみる。知らない景色、知らない場所。少なくとも、ここが家や行ったことのある場所とは思えなかった。
「やあ」
軽やかな声が聞こえた。ウサギみたいに飛び跳ねていそうな、ピエロみたいな。透明の床に手をついて身体を起こし、埃を払って背伸び。ずっと遠く、ガラスみたいな透明な空間の奥から、ひとりの男性が現れる。真っ黒のローブは頭のてっぺんから爪先まであり、仮面をかぶり、その素顔はほとんど見えない。かろうじて口元や首がさらされ、喉仏がありそうだから男性だと思った。禍々しい紫色のオーラを放ち、くるんと爪先が曲がったブーツを履いた、ひとりの男性が近づいてきた。
「……あなたは?」
「内緒」
「そうですか」
そう簡単にいくわけないか。
内心息を吐いていると、男性は少しだけ口を開く。
「君は優しい子だね」
「違います」
そんなことはない。ただ、人が怖くて距離を取って、嫌なことから逃げ続けていただけ。
「君は、何になりたい?」
「……」
「君の夢は何?」
「夢……」
そんな大層なもの、持っていない。
ゆっくりと首を横に振る。
「君の想いは確かにあるのに、だれにも理解されない。それは可哀想だ」
可哀想? ということは憐れみ?
「君の能力はこれがいい」
男性は、私の両手を取って握る。すると、男性の手が光を放ち、目に見えない力が私の手へと注がれる。何かが流れ込んできた。今まで感じたことのない、心を抉られるような痛みだった。
「君の両手は武器だ。人やものに触れると、自分の想いをだれかに伝えたり、想いを受け取ったりできる。目に見えない情報もインプットできるよ」
「なんですか、それ」
「詳しく言えないな。けど、君ならこの能力を使えるだろう。first-hand、とでも呼ぼう」
「……ありがとう、ございます」
何がなんだかさっぱりわからないけど。贈り物のようだし、頭を下げておく。男性は手を離して、口元に笑みを浮かべる。
「ルミナス・アルベールはゲームの参加者として奮闘するように。私からは以上です」
「ゲーム? どういうこと?」
「それでは現実に戻ります。どうかご武運を」
「ちょっと、聞こえて――」
話を遮られ、視界が真っ白になる。あの男性の姿もどこかに行ってしまい、まぶしくて目を開けていられない。身体が雲のようなものに包まれている気がする。いや、雲はわたあめではないから空想で……。
9月18日24時――アルベール家
「……あ」
情けない声が出た。身軽になった気がして目を開けてみる。最後に記憶していた場所から再開するみたい。だから、家の中庭、身体をねじっていた状態で目が覚めた。不思議と、痛みや血の感覚はない。身体を起こして背伸びをする。まん丸の月や星空は、さっき見たものと変わっていない。なら、本当に現実に戻ってきたんだ。死んだかどうかもあやふやなままで――。
こんなとき、私はどう思っているのだろう。先ほどの男性が言っていたように、右の手のひらを胸に当ててみる。――でも、何も見えないな。もしかしたら、ハッタリなのかも……。
家族のいる部屋を見上げてみると、本当に戻ってきたと感じる。それが嫌で終わらせようとしたのに、また始まろうとしている。
案の定、玄関は施錠されている。ふうと溜め息をついて左のてのひらをドアにつけると、カチャリと音がした。……開いた? 鍵は持っていないのに。
15年前
「ただいま!」
このドアを開けて無邪気に笑う、幼い私……の影がうっすら見えた。もちろん、記憶の中のものだから透けてすぐ消えてしまう。
9月18日24時
半信半疑だったけどドアが開いた。音を立てずに閉め、鍵をかけ、寄りかかる。もしかしたら、これが能力なのかもしれない。何の証拠もないけど。
ゆっくりと自室に行き、兄弟の部屋を通り過ぎて息を吐く。鏡で全身を眺め、確かに傷がないことを確認する。軽く動かしても、歪んだり折れたりしていなくて、問題なし。ただひとつあるとするなら、首の右側に刺し傷―。ああ、これは私がつけたものだった。
私が心から笑えていたときって、いつだったっけ? ……もうわからない。
ただ、そばにいてほしいだけなのに。
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ずいぶん長く眠っていたみたい。重い目を開けて左右を見渡してみる。知らない景色、知らない場所。少なくとも、ここが家や行ったことのある場所とは思えなかった。
「やあ」
軽やかな声が聞こえた。ウサギみたいに飛び跳ねていそうな、ピエロみたいな。透明の床に手をついて身体を起こし、埃を払って背伸び。ずっと遠く、ガラスみたいな透明な空間の奥から、ひとりの男性が現れる。真っ黒のローブは頭のてっぺんから爪先まであり、仮面をかぶり、その素顔はほとんど見えない。かろうじて口元や首がさらされ、喉仏がありそうだから男性だと思った。禍々しい紫色のオーラを放ち、くるんと爪先が曲がったブーツを履いた、ひとりの男性が近づいてきた。
「……あなたは?」
「内緒」
「そうですか」
そう簡単にいくわけないか。
内心息を吐いていると、男性は少しだけ口を開く。
「君は優しい子だね」
「違います」
そんなことはない。ただ、人が怖くて距離を取って、嫌なことから逃げ続けていただけ。
「君は、何になりたい?」
「……」
「君の夢は何?」
「夢……」
そんな大層なもの、持っていない。
ゆっくりと首を横に振る。
「君の想いは確かにあるのに、だれにも理解されない。それは可哀想だ」
可哀想? ということは憐れみ?
「君の能力はこれがいい」
男性は、私の両手を取って握る。すると、男性の手が光を放ち、目に見えない力が私の手へと注がれる。何かが流れ込んできた。今まで感じたことのない、心を抉られるような痛みだった。
「君の両手は武器だ。人やものに触れると、自分の想いをだれかに伝えたり、想いを受け取ったりできる。目に見えない情報もインプットできるよ」
「なんですか、それ」
「詳しく言えないな。けど、君ならこの能力を使えるだろう。first-hand、とでも呼ぼう」
「……ありがとう、ございます」
何がなんだかさっぱりわからないけど。贈り物のようだし、頭を下げておく。男性は手を離して、口元に笑みを浮かべる。
「ルミナス・アルベールはゲームの参加者として奮闘するように。私からは以上です」
「ゲーム? どういうこと?」
「それでは現実に戻ります。どうかご武運を」
「ちょっと、聞こえて――」
話を遮られ、視界が真っ白になる。あの男性の姿もどこかに行ってしまい、まぶしくて目を開けていられない。身体が雲のようなものに包まれている気がする。いや、雲はわたあめではないから空想で……。
9月18日24時――アルベール家
「……あ」
情けない声が出た。身軽になった気がして目を開けてみる。最後に記憶していた場所から再開するみたい。だから、家の中庭、身体をねじっていた状態で目が覚めた。不思議と、痛みや血の感覚はない。身体を起こして背伸びをする。まん丸の月や星空は、さっき見たものと変わっていない。なら、本当に現実に戻ってきたんだ。死んだかどうかもあやふやなままで――。
こんなとき、私はどう思っているのだろう。先ほどの男性が言っていたように、右の手のひらを胸に当ててみる。――でも、何も見えないな。もしかしたら、ハッタリなのかも……。
家族のいる部屋を見上げてみると、本当に戻ってきたと感じる。それが嫌で終わらせようとしたのに、また始まろうとしている。
案の定、玄関は施錠されている。ふうと溜め息をついて左のてのひらをドアにつけると、カチャリと音がした。……開いた? 鍵は持っていないのに。
15年前
「ただいま!」
このドアを開けて無邪気に笑う、幼い私……の影がうっすら見えた。もちろん、記憶の中のものだから透けてすぐ消えてしまう。
9月18日24時
半信半疑だったけどドアが開いた。音を立てずに閉め、鍵をかけ、寄りかかる。もしかしたら、これが能力なのかもしれない。何の証拠もないけど。
ゆっくりと自室に行き、兄弟の部屋を通り過ぎて息を吐く。鏡で全身を眺め、確かに傷がないことを確認する。軽く動かしても、歪んだり折れたりしていなくて、問題なし。ただひとつあるとするなら、首の右側に刺し傷―。ああ、これは私がつけたものだった。
私が心から笑えていたときって、いつだったっけ? ……もうわからない。
ただ、そばにいてほしいだけなのに。
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