空白樹の七片 ‐セプテントリオン・クロニクル‐ Ⅰ『黎明片 Dawnleaf』 記憶を失くした少女と、土に眠る欠片の目覚め

蒼野 湊

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第6章 夜渡りの騎行

闇市の黄昏

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風の裂け目へ至る最後の夜、フィアとリオは、土界南縁に広がる密輸街“黄昏横丁”へと足を踏み入れた。

そこは正規の地図には載っておらず、崩れた水路跡や古井戸の迷路を抜けた先にひっそりと開けていた。鉄製の天幕に吊るされた煤けたランタンが、仄かに煙る路地を照らす。

石畳には無数の靴跡と、剥がれた通行札の破片。香草と煙草、血と鉄の匂いが入り混じるこの地では、売られるものに値札はない。代わりに音と目線、あるいは“過去の罪”が通貨になる。

「ここは、“言葉が裏返る場所”だ」
リオが低くつぶやく。「喋るときは、必ずもう一度頭の中で反響させろ。でないと、相手に“記録”される」

市場の奥、多言語が飛び交う仮設屋根の下に、目的の男はいた。
闇商ハスキン――通称“反響屋”。

鉤鼻の影に覗く光る眼。指の関節に小型のルーン装置を嵌めた彼は、フィアを見るなり唇を歪めた。

「風界を目指す子猫か。……お前さん、まだ音を持ってねえ」

「通行札が欲しい。風界との界膜を通るための」リオが言う。

「通行札? 違うな、それは“音名”だ。界を渡るには、名が“鳴って”なきゃならん。書くだけじゃ駄目だ」

ハスキンは、小さな水晶管を取り出した。

「この中に、今から“名”を吹き込め。嘘でも、曖昧でもいい。ただし、風が気に入らなきゃ、その札は開かねぇ」

「風が……気に入るかどうかを、どうやって……?」

「風は知ってるさ。お前の“中の音”を。風に聞かせてみな。……本当の名をな」「風界へ渡るなら、“音”の形を整えろ」と忠告。
通行札は“音名”と呼ばれる詠唱符であり、共鳴していない者には開かれない。
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