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第423章 気をつけて。今夜、あなたは何かに遭う
第423章 気をつけて。今夜、あなたは何かに遭う
林向東(リン・シャンドン)が手を伸ばした、その瞬間。
姜栩栩(ジャン・シュシュ)はすでに目を細めていたが、あえて動かなかった。
林向東が彼女の前に立ち塞がった時点で、金小鶴(ジン・シャオフー)は、姜栩栩の大きな魔女帽子に飾られた花の陰から、ひょこっと顔を出していた。
そして、林向東が手を伸ばしたのを見た瞬間——
小さな紙人は「来た」とでも言わんばかりに、即座にスイッチが入った。
一切の躊躇もなく跳躍。
片足での飛び蹴りを繰り出し、そのまま相手の腕へと突っ込んでいく。
その、どこかコミカルですらある蹴りの姿勢を見ながら、姜栩栩はなぜか余裕で考えていた。
(……もしこの子が喋れたら、今ごろ「アチッ!」とか叫んでるんだろうな)
金小鶴(ジン・シャオフー)が小さな砲弾のように飛び出し、まさに命中しようとした、その刹那——
黒い影が一閃した。
誰かが素早く割り込み、林向東の腕を掴んで強く弾き飛ばす。
そのまま一歩前に出て、姜栩栩の前に立ち塞がった。
金小鶴は蹴りを外し、ひゅっと音を立てて遠くへ吹き飛んでいった。
我に返った姜栩栩が目の前を見ると、そこには、巻き髪を整えた西洋貴族風の青年が、背筋を伸ばして立っていた。
——姜瀚(ジャン・ハン)だ。
姜瀚は林向東を冷ややかに睨みつけ、低く厳しい声で怒鳴った。
「林向東(リン・シャンドン)! 何をするつもりだ!」
彼は林向東を知っている。
以前から学校で、何度も路雪溪(ルー・シュエシー)の件でしつこく詰め寄られていた。
まさか今日、姜栩栩にまで絡んでくるとは思わなかった。
しかも、今のは完全に手を出そうとした動きだ。
姜瀚は以前こそ姜栩栩に思うところがあったが、血衣の人形事件では、彼女が間違いなく自分を救ってくれた。
それに、たとえ個人的な感情があろうとも、彼女は自分が連れてきた人間だ。
外にいる以上、守るのは当然だ。
——彼女は姜家の人間なのだから。
突然現れた姜瀚を見て、林向東は怯むどころか、先ほど突き飛ばされたことで逆に苛立ちを露わにした。
「姜瀚(ジャン・ハン)!
雪溪はずっと君を兄のように慕ってた! 一緒に育ったって、あんなに信頼してたのに!
それなのに、彼女が行方不明になっても何もしないで、今はこの“後から来た女”を庇うのか?!」
「分かってるのか?
雪溪の失踪は、こいつがやった可能性だってあるんだぞ!」
その言葉に、姜瀚は反射的に反論しようとした。
だが、その前に、横から間の抜けた声が割り込んできた。
「え? 路雪溪(ルー・シュエシー)が消えたのって、姜栩栩(ジャン・シュシュ)の仕業なの?」
この、どこか間抜けな声。
振り向かずとも、誰が来たのかは分かる。
——姜澄(ジャン・チョン)。
さすがに姜瀚も、こめかみが痛くなった。
(今、このタイミングで来るか?
頼むから、余計なことを言うなよ……)
かつてはもっと頭の回る二堂哥だったはずなのに。
そう思いながら止めに入ろうとした、その時——
姜澄はそのまま姜瀚の隣に並び、林向東を真正面から見据え、低く言った。
「……証拠はあるのか?」
二人に完全に前を塞がれ、姜栩栩は背後に隠れる形になった。
林向東は二人の姿を見て、相手が姜澄だと気づくと、かえって確信を深めた。
——やはり雪溪の言っていた通りだ。
かつて優しかった家族は、姜栩栩に唆され、血のつながった妹だけを守り、彼女を容赦なく姜家から追い出した。
今も、雪溪はきっと、孤立無援のままどこかで——。
そう考えると、彼の中で「必ず見つけなければならない」という思いが、より強くなった。
今、雪溪の味方は自分しかいない。
林向東は自分が理不尽な人間ではないと信じている。
だからこそ、姜澄の問いに対し、彼はすぐにスマホを取り出し、画面を見せた。
「これが、雪溪が最後に送ってきたメッセージだ。
彼女は“君に会いに行く”って言ってた。
その後、連絡は一切ない。
姜栩栩(ジャン・シュシュ)の仕業じゃないなら……まさか、君だって言うのか?」
姜澄は画面を一瞥し、顔色を曇らせた。
その日時は、確かに路雪溪が自分の前に現れた日だった。
——あの時、もう少しで騙されるところだった。
車に閉じ込めたのに、逃げられて。
挙げ句、頭まで殴られた。
もしかして、あの時の共犯者は——こいつか?
盗人猛々しいとは、まさにこのこと。
姜澄の中で、勝手に「真相」が組み上がり、表情はさらに険しくなる。
「彼女が会いに来たのは俺だ。
なのに、俺じゃなく彼女を疑う?
姜栩栩が女だから、弱いと思ったのか?」
「違う!」
林向東は即座に否定した。
「だが、一番怪しいのは姜栩栩だ!」
その言葉に、姜澄がさらに反論しようとした——
その時、背後から不耐げな気配が動いた。
姜栩栩は二人を左右に押し分け、自ら一歩前へ出た。
精緻な魔女メイクを施した顔は冷ややかで、声も淡々としている。
「私が怪しいかどうかは、あなたが決めることじゃない。
そこまで路雪溪を心配するなら、今すぐ警察に行って、正式に捜索願を出せばいい」
一拍置いて、静かに付け加える。
「……でも、あなた、できるの?」
その一言に、林向東の胸がざわついた。
今、路雪溪は表向きには発表されていないが、すでに安全局の特別指名手配対象だ。
彼女の失踪後、行方も分からない。
今この場で「自分は彼女と関係がある」と名乗り出れば、林向東自身が事情聴取で一晩拘束される可能性は高い。
姜栩栩の口調は軽い。
だが、その言葉の裏にある意味が、林向東には妙に重く感じられた。
「立件くらい……俺は……」
そう言いかけたところで、姜瀚がきっぱり遮った。
「よく考えろ。
路雪溪は、理由もなく学籍抹消されたわけじゃない。
君は学生会だろ? 学籍抹消、しかも档案封鎖が何を意味するか、分かってるはずだ」
それは、上からの正式な判断が下ったということだ。
林向東の家は政界に関係している。
心のどこかで、この件が普通ではないことは分かっていた。
だが、路雪溪の“表姐”の話を聞き、姜家が裏で全てを操ったのだと信じたかった。
しかし、冷静に考えれば——
もし姜家が本気で路雪溪を潰すつもりなら、わざわざ档案に手を入れる必要などない。
林向東の頭は、少しずつ冷えていった。
それでも、雪溪が悪事を働くとは、どうしても信じられない。
あれほど純粋で、優しい少女が?
最終的に、彼はこれ以上食い下がる勇気を失った。
「……俺が自分で雪溪を見つける。
見つけたら、何があったのか、本人から直接聞く」
そう言い捨て、彼は足早に立ち去った。
その場所は、休憩室へと続く庭園の一角で、人通りは少ない。
心が乱れたまま角を曲がった彼は、危うく一人の少女にぶつかりそうになった。
精霊の少女の衣装。
顔の半分を覆うヴェール。
——姜澄の隣にいた、あの女だ。
彼女はそこに立ち、先ほどのやり取りを、すべて聞いていたかのようだった。
林向東が眉をひそめ、声をかけようとした、その時。
少女は顔を上げ、暗い瞳で彼を見つめ、掠れた不快な声で告げた。
「……気をつけて」
「今夜、あなたは“何か”に遭うわ」
⸻
• 紙人(しじん):
道術に用いられる式神・呪具の一種。紙で作られた人形に霊力を込め、簡単な攻撃・護衛・偵察などを行わせる。作り手の力量によって性能が大きく異なる。
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