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第518章 世間の法則
第518章 世間の法則
誕生日会にこれ以上水を差したくなかったため、姜湛の件については、姜家の者たちも暗黙の了解でいったん脇に置いていた。
だが家に戻った途端、真っ先に爆発したのは姜禹民だった。
彼は冷ややかな視線で姜湛を睨みつけ、歯を食いしばるようにして問い詰める。
「……お前、ずっと喋れたのか?」
姜湛はすでに人前で声を出してしまっている以上、今さら隠すつもりもない様子だった。
ただし自分の口で話すことはせず、いつものようにスマートフォンを取り出して文字を打つ。
【話せる。】
感情の起伏を一切感じさせない青年の電子音声が流れた瞬間、それはまるで姜禹民の中の導火線に火をつけたかのようだった。
彼の表情が一気に険しくなり、手を伸ばして姜湛のスマホを乱暴に叩き落とす。
「その機械音声で、もう二度と俺に話しかけるな!」
怒声とともに、スマホは床に叩きつけられ、鈍い音を立てた。
玄関を入って腰を下ろしたばかりの姜家一同は、思わず息を呑む。
姜老爺子も珍しく顔を曇らせた。
「老二! 誰がお前に、わしの前で子どもに手を出していいと言った!」
叱責され、姜禹民の勢いは少しだけ削がれた。
「父さん、俺は手を出してない……」
胸の奥に溜まった苛立ちを押し殺しながら、老爺子を見て続ける。
「でも、今聞いたでしょう。あいつはずっと喋れたんだ! 何年も家族を騙してきた! 実の父親である俺にまで隠して!」
音楽家である自分に、口の利けない息子がいる。
その事実を、彼は長年、人に知られるのを恥じてきた。
姜禹民は、すでに半ば諦めていた。
体が弱く、性格も扱いづらいこの子に、もともと大きな期待をかけていたわけではない。
だが、それと「欺かれていた」ことは別だ。
彼は、本気で怒っていた。
どうして自分は、こんな息子を持ってしまったのか――。
そんな父親の怒りを前にしても、姜湛は終始静かだった。
責められても表情一つ変えず、ただ床に落ちたスマホのほうが気になっているようだった。
腰をかがめ、拾おうとしたその瞬間、先に手を伸ばした者がいる。
姜栩栩だった。
拾い上げたスマホの画面には、はっきりとひびが入っていた。
さきほどの一撃が、いかに強かったかがわかる。
姜禹民の怒号をよそに、姜栩栩は姜湛を見て淡々と言う。
「壊れてる。……私のを使う?」
姜湛は首を横に振り、スーツの内ポケットから、まったく同じ機種のスマホをもう一台取り出した。
【予備がある。】
聞き慣れた電子音声が、空気を切り裂く。
ようやく収まりかけていた姜禹民の怒りは、再び一気に燃え上がった。
「だから、その音で――」
言い終える前に、一枚の黄色い符が、ひらりと彼の目の前に現れた。
符を掲げた姜栩栩が、冷ややかに言う。
「二叔。自分で感情を抑えます? それとも、私が抑えてあげましょうか?」
符が出た瞬間、そばにいた姜溯たちの目が一斉に輝いた。
姜溯:姉ちゃん、強すぎる。長輩にも容赦ない。
姜澄:俺だけが狙われてたわけじゃなかったか……。
姜瀚:あの符、知ってる。禁言符だ。最初に使われたの、俺だった……。
当の姜禹民はそんな視線に気づく余裕もなく、姜栩栩の言葉に顔の筋肉を引きつらせた。
だが今日、すでにこの姪の「容赦なさ」を目の当たりにしている。
しかも兄たちも見ている以上、強く出ることはできなかった。
「栩栩、今日はお前の誕生日だ。だから今回は目をつぶる。
だが姜湛を叱るのは、二房の問題だろう」
「姜家は分家していません。二房の問題も、私の問題です」
一歩も引かず、姜栩栩は冷然と杏の瞳を向ける。
「それに、姜湛は以前、私を助けてくれました」
その一言は、彼女の立場を示すと同時に、宴席で起きた出来事を、皆に思い出させるものだった。
姜禹城もまた、姜湛をじっと見つめてから、冷たい視線を姜禹民へ向ける。
「老二。栩栩の言う通りだ。姜湛のことは、姜家全体の問題だ。お前は少し黙っていろ」
なおも言い返そうとするのを見て、さらに言葉を重ねる。
「それでも感情を抑えられないなら、栩栩に口を封じさせる。
その場合、小輩が長輩に手を出した、とは言わせない。私が命じたことになる」
どんな理由があろうと、人前で長輩に手を出すのは体裁が悪い。
だが兄が弟を叱り、娘に代行させるのなら、話は別だ。
姜禹民は、それが本気だと悟り、しぶしぶソファに座り直した。
騒音が消え、皆の視線は改めて姜湛へと向けられる。
真っ先に口を開いたのは姜溯だった。
「で、湛哥。なんで今まで黙ってたの?
それに、さっきのあれは何? 『黙れ』って言っただけで、周亚亚が本当に黙ったじゃん」
周亚亚の名が出て、姜澄はどこか気まずそうに視線を逸らしながらも、耳だけはしっかり傾けている。
同じく姜瀚も、答えを待っていた。
「結局、どういうことなんだ? あれも、童子命のせいなのか?」
姜家の者たちは皆覚えている。
姜湛が長年病に苦しんできたのは、童子命のせいだということを。
未熟な替身童子で童子煞を受けたため、いまだに完全には解消されていない。
数多の視線を受け、姜湛は唇を結んだまま、言葉を発しなかった。
代わりに姜栩栩のほうを見て、静かに頷く。
それを受け、姜栩栩が説明役を引き受けた。
「姜湛が周亚亚を制御できたのは、彼女と同じく、
“言霊が現実に作用する力”――言霊の力を持っているからです」
周亚亚のことを詳しく知る者は、姜家でも多くない。
ちょうど彼女が誕生日会を荒らした件も説明する必要があったため、姜栩栩は、邪師の存在や周亚亚がしてきたこと、そしてその能力についても一通り語った。
それを聞き、姜家の者たちは、姜澄が長い間、言葉による暗示を受け、危うく命まで入れ替えられそうになっていたことを知る。
一斉に向けられる、複雑な視線。
「……だからか。最近、急にセンス悪くなったと思ってた」
「顔つきも変わったよね。言いづらくて黙ってたけど」
「私も。ここ数日、見てるだけでムカついて、殴りたくなったもの」
最後の一言は、実母の薛凝玉だった。
姜澄:……。
いや、今は姜湛の話じゃないの?
なんで俺が公開処刑されてるんだ。
センスが悪くなったのは俺のせいじゃない。
全部、王浩成の影響だ。
王浩成を思い出した瞬間、入れ替わっていた時の記憶が脳裏をよぎり、肝が痛む。
――ダメだ、考えるな。
幸い、姜栩栩はそれ以上その話題を引っ張らず、再び姜湛に話を戻した。
そして姜老爺子を見て、真剣な表情で言う。
「姜湛は確かに言霊の力を持っています。
ですが、今後はよほどのことがない限り、決して軽々しく口を開いてはいけません」
この世の法則は、因果が定められている。
何かを得れば、必ず何かを失う。
「彼が一文字口にするごとに、寿命は確実に削られていく」
それこそが、姜湛が幼い頃から進んで“口の利けない人間”であり続けた、
本当の理由だった。
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