530 / 658
第529話 誰の功徳金光がこんなに不安定なんだ?
第529話 誰の功徳金光がこんなに不安定なんだ?
姜栩栩は、目の前がふっと揺れたかと思うと、
次の瞬間、何の前触れもなく腕の中に抱き寄せられていた。
褚北鹤の気配と、金光が重なり合い、彼女を包み込む。
身体がわずかに強張り、
思考が止まる。
金光が急に強まったことにも気づかないまま、
頭の中が一瞬、真っ白になった。
押し返すこともできず、
自分がさっき何を言っていたのかさえ曖昧で、
どうにか声を絞り出す。
「ちょ、褚……褚北鹤?」
声をかければ離してくれると思った。
けれど彼の腕は緩まず、
静かに、短く応じる。
「……うん」
その声はひどく軽く、
まるで彼女を驚かせないようにしているかのようだった。
腕の中の身体が強張っていることも、
自分の行動が唐突であることも、
分かっていないわけではない。
それでも――
放したくなかった。
その一言の応答だけで、
二人の間の空気は、いっそう微妙なものになる。
その時、
金小鹤と金小栩が、二人のポケットからひょこっと顔を出した。
丸い頭を傾け、
こちらを見て、あちらを見て。
やがて二人そろって、
短い手で目を覆い、
ふわりと床に降り立つ。
そして振り向き、
てててっと走り去った。
――金光はあっても、電灯泡になるつもりはない。
姜栩栩は、今の状況を整理しようとする中で、
視界の端に、手をつないだままこそこそ逃げていく二体の紙人を捉えた。
なぜか、
見られてしまったような、妙な後ろめたさがこみ上げる。
気まずそうに身じろぎし、
声をかけて離してもらおうかと考えた、その時。
ほとんど彼女を包み込んでいた腕が、
先に離れた。
褚北鹤は一歩退き、
いつもの静かな眼差しに戻って、ただ一言。
「……すまない」
なぜ突然抱きしめたのか、
説明はなかった。
姜栩栩は、自分が今どんな気持ちなのか、うまく分からない。
姜家に戻ってからも、
人との距離が近くなることがなかったわけではない。
けれど、
褚北鹤の抱擁は、兄や父のそれとは、どこか違っていた。
見た目よりも、
ずっと温かくて、
そして、熱を帯びている。
嫌ではない。
むしろ……名残惜しい。
あまりにも未知の感覚で、
耳の先が、じんわりと熱を持つ。
これも、
彼の金光がもたらす影響なのだろうか?
――そうだ、金光。
ようやく理性が戻り、
改めて褚北鹤を見ると、姜栩栩はまた呆然とした。
……明るくなってない?
最初ほどではないが、
さっきより、確実に強い。
「その金光……」
彼の胸元を指さし、
表情が複雑になる。
正直、分からなくなってきた。
褚北鹤のこれは、本当に功徳金光なのか?
――どこの誰の功徳金光が、こんなに不安定なんだ?
こんな急に回復するなんて、
まさか……抱きしめたから、なんてことはないだろう。
その考えに至った瞬間、
姜栩栩の表情が、また固まる。
自分が少しおかしくなっている気がした。
道心。
落ち着け、自分の道心。
彼女の表情が、
戸惑いから無理やりの平静へと移ろうのを見て、
褚北鹤は、彼女の思考を断ち切るように口を挟む。
「……金光が、どうかした?」
姜栩栩は我に返り、
彼を見て、短く答えた。
「ううん、何でもない」
今の自分には、
確かめるために抱き返す勇気はない。
一度、落ち着こう。
先ほどの話を思い出し、
別のことを尋ねる。
「任務の件、大丈夫?」
少し間を置いて、付け加える。
「もし忙しすぎるなら、別の方法も考えるから」
「問題ない。君の言った通りでいい」
褚北鹤は即答した。
「俺は大丈夫だ。最近は……暇だから」
姜栩栩は、その言葉をあまり信じていない。
彼と知り合ってから、
この人が本当に暇だったことなど、一度もない。
褚家ほどの家業を一人で支え、
時折、他の褚家の者たちの巻き返しにも備えなければならない。
それでも彼がそう言うなら、
無理に突っ込むこともできない。
「分かった。こっちで調整する」
そう言って、
いくつかの霊符を彼に渡した。
小人除けの符なども含まれている。
彼には不要かもしれない。
それでも、金光を使わずに済むなら、その方がいい。
いくつか注意を伝えた後、
姜栩栩は褚家を後にした。
姜家に戻ってから、
ようやく本来の目的を思い出す。
――宴青姐への伝言。
……忘れてた。
まあ、
次でいいか。
……
褚北鹤は玄関に立ち、
彼女の姿が見えなくなるまで見送っていた。
執事はそばで、
聞きたそうにしながらも、聞けずにいる。
しばらく迷っていると、
褚北鹤の方から先に、淡々と告げた。
「手配してくれ。
明日、褚家の全ての分家から、十歳以上の子どもを集めろ」
執事は驚いた。
少爷が家主となってから、
分家の人間を屋敷に呼ぶことなど、ほとんどなかった。
今さら、子どもたちを?
疑問はあったが、
深く聞かずに応じ、連絡に向かう。
深夜の一本の電話が、
誰かの心をざわつかせるかなど、
褚北鹤は気にも留めなかった。
――準備すべきことが、ある。
……
一方、白家。
白宴青が白家に戻ったのは、夜十時を回っていた。
珍しく白老头がリビングで待っており、
彼女を見るなり、問いかける。
「今日、姜家が探し出したあの小娘が、会社に来たそうだな。
何の用だった?」
白宴青は歩み寄り、
向かいのソファに腰を下ろす。
すぐに温かいミルクが運ばれた。
一杯をゆっくり飲み干してから、
ようやく答える。
「女同士の話です。
あまり首を突っ込まない方がいいですよ」
自分を「女の子」と呼んだことに、
白老头は眉を引きつらせた。
「お前の考えくらい分かっている。
昨日わざわざあの子の誕生日会に行き、
今日は本人が訪ねてきた。
姜家に取り入るつもりだろう」
そして顔を険しくする。
「姜家を味方につければ、
私と条件交渉できると思っているのか?
白家をお前に渡すと思ったら大間違いだ!」
白家の家業は、
男に継がせるのが当然だ。
娘がいくら優秀でも、
嫁げば他家の人間になる。
白宴青は、冷ややかな視線を一瞥向け、
反論もせず、淡々と返す。
「昨日の誕生日会のことをご存じなら、
十八歳の誕生日に、
褚家の褚北鹤と、古家の古锦荣も出席していたことは
当然ご存じでしょう?」
「それがどうした」
白老头は鼻で笑う。
「女の子の誕生日など、
贈り物だけで十分だ。
褚家も古家も、持ち上げすぎだ。
身に余る福だろう」
「なぜ、身に余るんです?」
白宴青は静かに返す。
「彼女は十分、その価値があります。
それよりも、白家の現状を考えるべきです。
昨日、姜・褚・古の三家は揃っていた。
白家だけがいなかった。
それが何を意味するか、分かりますか?」
「……何を意味する?」
思わず聞き返す。
「三家は、もうあなたを仲間に入れていない、ということです。
皆が行く場に行かないからといって、
格が上がるわけじゃない。
ただ、孤立しているように見えるだけ」
言い終え、
白老头の眉が跳ねるのを見てから、続ける。
「だから、昨日私が行ったことを、感謝すべきなんです」
手を振り、付け足す。
「どういたしまして」
そう言い残し、
父の怒声も意に介さず、白宴青は階段を上った。
部屋に戻り、
マッサージチェアに身を沈める。
――が、すぐに体を起こし、
スマートフォンを手に取る。
特別な連絡先に、
ただ一文字――「闻」。
一度、呼吸を整えてから、
音声通話を発信した。
あなたにおすすめの小説
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます
青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。
藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。
溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。
その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。
目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。
前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。
リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。
アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。
当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。
そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。
ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。
彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。
やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。
これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。
空港清掃員58歳、転生先の王宮でも床を磨いたら双子に懐かれ、国王に溺愛される
木風
恋愛
羽田空港で十五年、黙々と床を磨いてきた清掃員・田中幸子(58)は事故死し、没落寸前の子爵令嬢エルシアとして転生する。
婚約破棄の末に家を追われた彼女が選んだのは、王宮の清掃員――前世の技で空気まで変わるほど磨き上げていく仕事だった。
やがて母を亡くした双子王子王女に懐かれ、荒れた執務室の主である喪中の国王とも距離が縮まり……。
「泣くなら俺の胸で」――床も心も磨き直す、清掃令嬢の溺愛成り上がり。
「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った
歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。
だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」
追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。
舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。
一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。
「もう、残業はしません」
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。