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百合子の27年間
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百合子は和装の装いであった。
生活感を全く感じられない百合子の雰囲気に、広美は奥様と呼ばれる人々の生活の一端を見たような気がした。
春らしい花柄の薄い紫色の着物は、色白の百合子によく似合っていたが、旅行するのにふさわしいかどうかは、、、、広美は少々面食らった。
朝子から旅行の誘いを受けた時、百合子は嫁ぎ先を出る決心をした。
夫との離婚を考えたのは最近の事ではなかった。
なかなか踏み切れないでいた。
百合子は20歳の時、短大を卒業と同時に結婚したが、それは百合子が望む結婚ではなかった。
百合子の実家は松山市内で呉服店を営んでいた。
35年ほど前着物はよく売れた。
成人式、結婚、そして婚礼道具。
何かにつけて着物はその場面を飾ったが、年月と共に呉服は着るものから見るものに移っていった。
それまで呉服店で購入していた着物を、デパートとか、ショッピングセンターの一角に店を構えているチェーン店で購入する人が多くなっていった。
「個人の呉服店イコール高価」
というイメージが出来、売れ行きは徐々に落ち込み百合子の実家の経営は傾いていった。
そこに追い討ちをかけたのが着物のレンタルである。
若者の着物離れは早かった。
着物は買うものから借りるものに代わっていった。
百合子の父の戦友に、広島の有田洋介という、手広く事業をしている男がいた。
年齢も百合子の父親に近く、何より戦場で百合子の父に命を救われたという恩があった。
呉服店の経営に行き詰まっている事を知った洋介は資金援助を申し出た。
しかしいくら営業努力をしても時代の波には逆えず、百合子の家の店の経営は苦しくなる一方だった。
洋介からの借金の額は増すばかりだったが、洋介は返済はいつでも良いと快く金を用立てていたのだった。
状況が変わったのは、百合子が19歳の時。
洋介が急死し、後を継いだ洋介の妻からいつでも良いと言ってもらっていた借金の返済を迫られた。
返すあてなど無い。
店をたたんで、家を手放しても、到底返せる額では無いほど、金額は膨らんでいた。
洋介の妻は、一人息子洋一の嫁にと、百合子に話を持ってきた。
若い頃から遊び慣れ「遊び人」とレッテルを貼られていた洋一にはなかなか母の目に叶う女性がいなかった。
有田の家にふさわしい、育ちの良い娘をー。
と思っていた洋一の母は、1人娘でおっとり育てられた百合子を一目見た瞬間、まさにピッタリで気に入った。
何よりまだ社会に出た事もなく、これからどうにでも自分の思うように仕込める事が、一番都合が良かった。
百合子は恋愛の経験も無いままに、短大を卒業すると同時に洋一の元へ嫁ぐ事になった。
しかし、洋一には好きな女性がいた。
スナックに勤める子供もいるその女性を洋一の母は気に入らなかった。
当然知ってはいても2人の仲は認めていない。
百合子は嫁いだその日から、有田の義母により洋一の妻として、有田の家の嫁としてふさわしい女に作られていった。
洋一に女がいる事は、結婚してすぐに知った。
何かと、耳に入れなくても良い事を知らせてくれるお節介者もいるものだ。
百合子は、結婚すれば女とも別れるだろうと思っていた。
元々洋一とは愛情があって結婚したわけではない。
洋一が女と別れなかった事にしても、彼に対しての期待も夢も無かった百合子は、結婚ってこんなものかと冷めた目で見ていたが、半年、一年と洋一と過ごすうちに、洋一の性格も見えてきた。
母親には口答え一つ出来ない口数少なく気の弱い、父親の築いた財産と名前の上に載っているだけの男である。
母親に逆らえない分、気に在らない事があると女の所に行くか、百合子に暴力を振るう。
見える所は殴らない。
百合子の身体はアザが絶えなかった。
百合子を抱きながら、心の中では他の女の事を考えている事にも気づいた。
洋一には抱かれる事は屈辱以外の何物でも無かった。
百合子は結婚したものの、幸せというには遠い日々を過ごし、義母は百合子には常に上から目線で、口答え一つ許さなかつた。
洋一の子供を二度妊娠したが、誰にも言わずに堕胎した。
義母には、
「孫も見せて貰えない」
とイヤミを言われたが、百合子は洋一の子供は絶対に産まないと決めていた。
誰にも気づかせない、頑なで百合子の意地とも思えるほどの復讐だった。
松山の父が亡くなり、長年一人で暮らしていた母も足腰が弱り、一人暮らしが出来なくなったので、百合子が引き取り、広島の婚家の近くに部屋を借り面倒を見ていたが、その母も昨年病気で亡くなり、百合子を縛るものは何も無くなった。
何かのきっかけを待っていたかのように、百合子は朝子からの電話を受け、今日までの間、身の回りの整理をしてきた。
有田の家の、百合子のクローゼットの中には、嫁に来てから義母が買った着物があるだけで、百合子自身が買ったものは全て処分した。
実母が嫁入りに持たせてくれた物はなかなか手放せず持っていた。
それも毎日少しずつゴミに出して鏡台の引き出しも、百合子が使っていた整理ダンスも空にした。
今日は家を出てくる時に、大した用事では無いというカムフラージュとして着物を着てきたが、明日には脱ぐつもりだった。
生活感を全く感じられない百合子の雰囲気に、広美は奥様と呼ばれる人々の生活の一端を見たような気がした。
春らしい花柄の薄い紫色の着物は、色白の百合子によく似合っていたが、旅行するのにふさわしいかどうかは、、、、広美は少々面食らった。
朝子から旅行の誘いを受けた時、百合子は嫁ぎ先を出る決心をした。
夫との離婚を考えたのは最近の事ではなかった。
なかなか踏み切れないでいた。
百合子は20歳の時、短大を卒業と同時に結婚したが、それは百合子が望む結婚ではなかった。
百合子の実家は松山市内で呉服店を営んでいた。
35年ほど前着物はよく売れた。
成人式、結婚、そして婚礼道具。
何かにつけて着物はその場面を飾ったが、年月と共に呉服は着るものから見るものに移っていった。
それまで呉服店で購入していた着物を、デパートとか、ショッピングセンターの一角に店を構えているチェーン店で購入する人が多くなっていった。
「個人の呉服店イコール高価」
というイメージが出来、売れ行きは徐々に落ち込み百合子の実家の経営は傾いていった。
そこに追い討ちをかけたのが着物のレンタルである。
若者の着物離れは早かった。
着物は買うものから借りるものに代わっていった。
百合子の父の戦友に、広島の有田洋介という、手広く事業をしている男がいた。
年齢も百合子の父親に近く、何より戦場で百合子の父に命を救われたという恩があった。
呉服店の経営に行き詰まっている事を知った洋介は資金援助を申し出た。
しかしいくら営業努力をしても時代の波には逆えず、百合子の家の店の経営は苦しくなる一方だった。
洋介からの借金の額は増すばかりだったが、洋介は返済はいつでも良いと快く金を用立てていたのだった。
状況が変わったのは、百合子が19歳の時。
洋介が急死し、後を継いだ洋介の妻からいつでも良いと言ってもらっていた借金の返済を迫られた。
返すあてなど無い。
店をたたんで、家を手放しても、到底返せる額では無いほど、金額は膨らんでいた。
洋介の妻は、一人息子洋一の嫁にと、百合子に話を持ってきた。
若い頃から遊び慣れ「遊び人」とレッテルを貼られていた洋一にはなかなか母の目に叶う女性がいなかった。
有田の家にふさわしい、育ちの良い娘をー。
と思っていた洋一の母は、1人娘でおっとり育てられた百合子を一目見た瞬間、まさにピッタリで気に入った。
何よりまだ社会に出た事もなく、これからどうにでも自分の思うように仕込める事が、一番都合が良かった。
百合子は恋愛の経験も無いままに、短大を卒業すると同時に洋一の元へ嫁ぐ事になった。
しかし、洋一には好きな女性がいた。
スナックに勤める子供もいるその女性を洋一の母は気に入らなかった。
当然知ってはいても2人の仲は認めていない。
百合子は嫁いだその日から、有田の義母により洋一の妻として、有田の家の嫁としてふさわしい女に作られていった。
洋一に女がいる事は、結婚してすぐに知った。
何かと、耳に入れなくても良い事を知らせてくれるお節介者もいるものだ。
百合子は、結婚すれば女とも別れるだろうと思っていた。
元々洋一とは愛情があって結婚したわけではない。
洋一が女と別れなかった事にしても、彼に対しての期待も夢も無かった百合子は、結婚ってこんなものかと冷めた目で見ていたが、半年、一年と洋一と過ごすうちに、洋一の性格も見えてきた。
母親には口答え一つ出来ない口数少なく気の弱い、父親の築いた財産と名前の上に載っているだけの男である。
母親に逆らえない分、気に在らない事があると女の所に行くか、百合子に暴力を振るう。
見える所は殴らない。
百合子の身体はアザが絶えなかった。
百合子を抱きながら、心の中では他の女の事を考えている事にも気づいた。
洋一には抱かれる事は屈辱以外の何物でも無かった。
百合子は結婚したものの、幸せというには遠い日々を過ごし、義母は百合子には常に上から目線で、口答え一つ許さなかつた。
洋一の子供を二度妊娠したが、誰にも言わずに堕胎した。
義母には、
「孫も見せて貰えない」
とイヤミを言われたが、百合子は洋一の子供は絶対に産まないと決めていた。
誰にも気づかせない、頑なで百合子の意地とも思えるほどの復讐だった。
松山の父が亡くなり、長年一人で暮らしていた母も足腰が弱り、一人暮らしが出来なくなったので、百合子が引き取り、広島の婚家の近くに部屋を借り面倒を見ていたが、その母も昨年病気で亡くなり、百合子を縛るものは何も無くなった。
何かのきっかけを待っていたかのように、百合子は朝子からの電話を受け、今日までの間、身の回りの整理をしてきた。
有田の家の、百合子のクローゼットの中には、嫁に来てから義母が買った着物があるだけで、百合子自身が買ったものは全て処分した。
実母が嫁入りに持たせてくれた物はなかなか手放せず持っていた。
それも毎日少しずつゴミに出して鏡台の引き出しも、百合子が使っていた整理ダンスも空にした。
今日は家を出てくる時に、大した用事では無いというカムフラージュとして着物を着てきたが、明日には脱ぐつもりだった。
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