迷作作家の迷走

なじみそぎ

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リメイクすればいいというものじゃない

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「ある日、森の中で熊に出会った少女がいました。少女は手に持っていた猟銃で熊を撃ち殺すと、その場で熊を解体し、食べれる部位と毛皮を家に持ち帰り、骨はそこに埋めまし」
「はい、ストップ」
少女が男の言葉を遮る。

「先生、なんで森のくまさんをアレンジして欲しいと言ったのに、熊が初っ端死ぬんですか?」
「そりゃあ、熊だからね。危害が及ぶ前に撃ち殺さないと」
「それをどうにか面白おかしく書くのが作家でしょう? 先生!」
そんな魔法は使えないよ、とため息をつく。なぜこのファンはこんなにうるさいのだろうか。本にしない話なのだから自由にさせてくれてもいいだろうに。

私こと、尾仁登柊は作家である。
作家が故に、読者が求むものを書かなければいけない拘束者である。
それにしても需要が前提の創作なんていうのは、仕事と変わらないのではないだろうか。例えばコミケとかで出すなら、それは娯楽の一環だ。利益などを関係なしに、書きたいもの、それを読みたい読者で需要と供給が十分に成り立っている。
であれば、作家としては大歓迎だ。批判や罵倒なんのその、肉体に影響がなければなんとでも言えば良い。そこに少しの共感があれば作者としては大儲けなのだから。

しかし、どうしてこんなことになっているのか。
多分少し前に彼女が押しかけてきたところからだ。作者としては不必要な回想だが、読者としては必要なパートなので、少し前に遡るとしよう。


「幼稚園の絵本の台本? 仕事依頼かな?」
急に自称ファン一号が押しかけてきたと思いきや、夢物語のようなことを口にしたので、驚きを隠しながらも確認をとる。

大体、こんなしがない作家の元に絵本の台本作りを依頼する物好きなんて、全世界を探してもこいつしかいないだろう。なのでこの確認はほぼ無意味なものなのだが、淡い期待も込めて。
「はい、実は学校の授業で幼稚園に行くことになりましてですね」
「すまない、今日は妻との結婚記念日でね。また今度にしようか」
淡い期待は一瞬にして打ち砕かれた。誰でもなく、こいつからの依頼だ。こういう時は大体ろくな目にあわないので、カバンに荷物をまとめて帰ろうとしたが、現実は無慈悲だった。
「先生に奥さんはいませんよ? 寝言は寝て言ってください」
「いるかもしれないし、今日婚姻届を出したかもしれなおだろう? 決めつけは良くない」
今回こそは、何としてでも引き受けたくない。
何せギャラが発生しないし、子供用だから分かりやすく簡潔、そして内容を吐き気がするほど綺麗にしなくてはならないのだ。無償でそんなもの書いたら、人生が嫌になりそうだ。
「貴方を住まわせているのは誰だと思っているのですか? 」
「...君のところだね。ただし、僕はふてぶてしいから恩義なんてないよ」
「ええ、知ってます。なのでこれは命令です。」
「...」
さて、どうしたもんか。
一応僕はこの金持ちに家庭教師として住まわせてもらっているどころか資金の援助までしてもらっている。非常に情けない話ではあるが、好きなことで売れないやつが食っていけるというのはそういう事なのだ。中学生くらいとはいえ、そんな金持ち様の命令を断る、という選択肢は僕に残されているだろうか。

考えずとも答えは明確だ。
深いため息をついて、机に戻り、深々と椅子に腰掛ける。そして少女の瞳を見ながら、僕はこう言ってやった。

「わかったよ。仕事の内容を聞かせてくれ。」

さて、それで今に至るわけだが、どうにもいいものが浮かばない。

「森のくまさん -くまが残したもの-」はダメ
「恩讐の赤ずきん」は即却下
「オペラ座の怪人」は子供には早すぎると否定され
「金太郎 サラリーマンになる」はタイトル的にやばい

「さっぱり出てこないね」
お手上げである。
ここまで来ると、むしろ開き直るしかない。カフェイン不足とか糖分が足りないとかではなく、単純な話、幼稚園児向けの話なぞ作ったことがないので、どういうものを作ればいいのかさっぱり分からないのだ。
自分の作風で書けば、必ずと言っていいほど悲劇になるし、裏切りも起こるし、人は死ぬ。そうなると保護者会とかが黙っていないだろうし、そもそも先生側が許さないだろう。それにしても本当にPTA連中はめんどくさい。アンパ○マンとアイ○ンマン、正義が悪を淘汰するという点で一体何が違うというのか。ド○えもんのしずかちゃんのお風呂シーンにまでケチをつけるとか、ド○えもんをどんな目で見ているのか。というより漫画をなんだと思っているのか。
しかし、そんな億劫な気分も彼女の言葉で一変する。

「じゃあ、先生の書きたいものを書いてください。それを幼稚園向けに私がリメイクするので」

言ったな。彼女は書きたいものを書けといった。
ならば私は書きたいものをうっきうきで書くとしよう。リメイク、原作要素を残しつつ、新しい物語を作成するという今の自分にとってはかなり都合がいいものだ。なにせ手抜きができる。リメイクの解釈違いなど知ったことか。





少女は預けられた子だった。
少女の両親は少女がまだ幼い頃に旅に出て、少女はその時にこの叔母の家に預けられたという。こうしてこの家に迎え入れられたのだが、その少女の扱いは散々なものだった。
「帰ってくるまでに私の部屋の掃除をしておきなさい」
「床もなめれるくらいに綺麗にして」
「洗濯物もやっておきなさい」
養母、義姉達に馬車馬のように働かされ、ご飯は仕事をすべて終わらせてから食べるため、硬くなったパンと冷めきったスープのみ。肉はあまりものの切れ端しか食べたことがなく、町へ出かけた事なんて一度もない。しかしそれでも少女は何も苦しくなかった。いつかお父様が迎えに来てくれる、いつかお母様が暖かい料理を食べさせてくれる。その時が絶対に来ると信じているから、何も苦しくなんてない。少女は預けられて16年経ってなおそう信じ続けている。

そんなある日、義母と義姉達が町のお祭りに行ったので、家には少女一人となった。いつも通り、全部の部屋を掃除して、洗濯物を干していると、玄関の方で何か物音がした。
なんだろう、と思った少女は物音がしたほうへ向かう。どうやら客人が来ていたらしく、足早に向かう。細身のやや中年の男性で、その目はまるで鷹のように鋭かった。出てくるのが遅かったことに怒っているのか、元からなのかは分からないが、少女は慌てて「も、もうしわけありません」と頭を下げて、要件を確認する。
「ただいま、奥様は留守にしております。何かご用件がございましたら、私が取次いたしますが...」
「...ず」
蚊の羽音のような弱り切った声だったので、よく聞き取れなかった。
「申し訳ありません、もう一度お願いします。」
と少女が誤ると、その男は少し腹に力を入れてこう言った。
「水を...恵んでください...」

その男は流浪の旅人だった。旅の途中で、水筒を落としてしまい、近くに川がないため、それぞれの家を回ったが、薄気味悪いと出されてしまったようだ。
「いやあ、お嬢さん。本当にありがとうございます。」
「い、いえ。無事で何よりです。」
人から感謝されたのはいつぶりだろうか。感謝に慣れていない少女は慌てて返事をする。
「しかし、ただというわけにもいきませんから、お礼をいたしましょう。」
そういうと旅人は、懐から何かを取り出そうとする。
「お、お礼なんて...旅の方からそんなものいただけません!」
「ああ、心配しなくてもいいですよ。今はこれしか持ってないんでね。」
そう言って懐から出したのは、透き通った玉、水晶だった。
「綺麗...」
「お嬢さんはこれ初めて見るかい?」
「ええ。とてもきれいなこれはいったい何でしょう?」
「水晶玉っていうんだ。私は占いを商いにしていてね。こいつでその人の見たいものを代わりに見るのさ。なにせ命の恩人だ、特別に嬢さんの見たいものを3つ見てあげよう」
「見たいもの...」
少女は少し考え、ることもなかった。真っ先に見たいもの。自分が求めてやまなかったもの。自分の願いを正直に占い師に打ち明ける。
「私のお父様とお母さまが今どこにいらっしゃるのか、見てください!」
「いいとも。」
占い師はぶつぶつと何かをつぶやくと、じっと水晶を覗き見る。しばらくすると、少女のほうを向き、口を開ける。
「お嬢さん。少し酷なことをいうが、それでもいいかい?」
ええ、と少女がうなずくと、占い師は少女の顔を見てこう言ったのだ。
「どちらとも、15年以上前に死んでいる。それも誰かに殺されて。」
「え...」
人とはあまりに大きいショックを受けると放心してしまうようだ。彼女は占い師が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。両親がいつか迎えに来る、そう信じ続けてきた。だからどんな辛いことでも我慢できたし、前を向けた。彼女にとって、いつか迎えに来る両親だけが生きる取り柄だったのだ。
「...金髪の痩せ気味で右の目元に大き目のほくろのある女性、この女が飲み物か何かに毒を入れて、それを飲んで二人とも亡くなってしまったようだ。」
「金髪の...目元にほくろがある女性...」
少女はすぐに分かった。そんな人、一人しかいない
「叔母様...?」
両親とかかわりがあって、金髪で痩せ気味の右の目元にほくろがある、そんな女性は私が知っている限りでは一人しかいない。しかし、どうして?彼女に両親を殺すことで何の得がある?
「...それじゃあ、私はもう行こう。お水、ごちそうさま。」
占い師は少女に頭を下げて、踵を返す。そして去り際に一言。
「君の叔母の部屋にある茶色い洋服入れの下から二段目を見てみるといい。そこから後は君次第だ。」

占い師に言われたとおり、少女は叔母の洋服入れの下から二段目の引き出しを開ける。そこには一枚の紙とティーカップが二つ入っていた。

「私と妻が旅の途中で亡くなった場合、わが娘エラと義姉に全財産を託す。
バージル ロードピス」

紙の内容は契約書のようなもので、少女は見ただけで分かった。これを書かせた後に叔母はこのティーカップに毒を盛って両親を殺したのだ、と。
考えてもみればすべておかしかった。
娘を一人残しているのに、旅先から手紙がきたことも、何か旅の贈り物が届いたこともなかった。この貧乏な家族がきらびやかな服や豪華な食器を持ってることもおかしかった。叔母が両親を殺して、財産を奪ったのだと考えれば全てに納得がいく。
どうして気づかなかったのだろう、少女は自分の愚かさを嗤った。嗤うしかなかった。誰もいない家に少女の嗤い声だけが響く。弱く、細く、今にでも切れそうな声が。
散々嗤った後、少女は引き出しを戻して、ゆらゆらと部屋の外へ出る。
「もう...どうにでもなればいい。」
少女の瞳に光はなくなっていたが、それでも顔は笑っていた。



「はい、しゃべっていいですよ。」
叔母につけていた猿轡を外し、口部分だけ解放してあげる。
「なんでこんなことを...」
床に転がっている叔母が、顔をぐちゃぐちゃにして私を見上げている。いつも見下されていただけあって、立場が逆転した時に得る快感は大きい。
「なんで?身に覚えがありませんか?」
そう言って私は足元にあった肉塊を彼女の方に蹴り飛ばす。蹴った時にびちゃっという音がして気持ち悪かったが、ほかに物がなかった。その肉塊はかつて叔母の娘の手だったものだ。さすがに生きたまま解体すると、うるさいので二人の料理には毒を混ぜてあらかじめ殺し、それを猿轡をはめた叔母の前で解体したのだ。
「ほら、早く言わないと次はあなたの番ですよ?」
テーブルに乗っけておいた義姉たちの首を叔母の前まで持ってきて、「はい、どうぞ」と転がす。意外と重たいが、力仕事をしていたせいか、あまり苦ではない。毒のせいか、彼女らは最後喉をかきむしりながら死んだらしい。その顔の表情は苦悶に満ちていた。
「ああ、お母さまたちも苦しかったのでしょうね。」
転がっている顔を一瞥しながら、そんなことをつぶやく。
「!?」
叔母の顔がどんどん青くなっていく。
「心当たりがありますか、ないわけがないですよね?」
叔母の表情の変化を楽しみながら、私は鼻歌交じりに言葉を紡ぐ。
「殺しただけじゃ飽き足らず、私への遺産まで自分のものにして、両親は生きていると私を20年近くこき使ってきてどうでしたか?人生楽しかったですか?これだけのことをして人生を謳歌したのですから、今更「死にたくない」なんて言いませんよね?」
自分の言いたいことを言い終わると、私は小瓶を取り出して叔母のもとへ向かう。
「はい、ではお口を開けてください。」
何をされるか察したのか、叔母は口を開けようとしない。まあ予想はしていた。この叔母のことだ。「はい、これまでの罪を償います」と自ら毒を仰ぐわけがない。「許してください。悪いと思ってるから」などと私の善心に付け込んでこの場から逃げるチャンスをうかがっているのだろう。だが、そんなこと私が許さない。
叔母の頭をつかみ、何度も床に顔を振り下ろす。鈍く、つぶれるような感触が手を伝う。正直気分がいいものではし手が疲れるからあまりしたくはなかったが、これ以上効率のいいことがなかった。叔母も最初は頑張って抵抗していたが、歯が折れて鼻がぐしゃぐしゃになったあたりから何も抵抗しなくなった。返事をしなくなった叔母の喉に毒を流し込み、少女は扉に手をかけた。

外へ出ると、夜が明け始めていた。
果てしなく暗い空へ徐々に昇り行く太陽、闇は光に飲まれていく。

少女はがんじがらめに縛られていた。
いつ来るか分からない両親という希望に。自由を許さない叔母と義姉達の圧制に。そして何より己が感情を閉じ込めていた自分自身に。
だが、占い師のあの言葉で少女の中の何かが崩れた時、少女は自らの意思で運命を切り開く意思を得たのだ。
義姉達が毒で苦しむ姿を見て、少女は勝利を知った。
義姉達を解体した時、少女は快楽を知った。
叔母の歪んだ表情を見た時、少女は愉悦を知った。
叔母の顔を床に叩きつけてぐちゃぐちゃにした時、少女は達成感を知った。

そして扉を開けて外に出た時、少女は虚無を知った。


少女は血まみれのまま、一歩、また一歩と朝日に向かって足を進める。顔に笑みを浮かべていたが、それと同時にその足取りはどこかふらついていた。
村の展望台まで登り、昇りゆく朝日を眺めて、持っていた包丁をその辺に放り投げる。誰かが踏んでしまっても構うものか、かつて優しかった少女には他人を思う気持ちは残ってなかった。少女はもう、空っぽだったのだ。

頬を涙が伝う。
なんで泣いているのかはわからない。
でも誰かのためだった、きっと誰かのために私はあの人達を殺したのだ。
私が唯一残せた、その人達への贈り物。
きっと届くことがない声を、少女は無意識のうちに声に出す。

「おとうさん、おかあさん、エラは成し遂げました。」

愛を知らない少女は、そのままゆっくりと足を進め、両親の場所へと向かったのだった。





「終わり、だ。まあ、即興にしてはよくできたんじゃないか?」
男は一通り語り終わると、灰皿の上に置いていたタバコをまた口にくわえる。
「...一応確認しますけど、これって元はシンデレラですよね?」
「ああ、そうだ。ちなみにシンデレラっていうのは「灰かぶりのエラ」っていう意味だそうだ。」
「魔法使いと王子様の役を占い師に押し込めて、あとはよくある復讐劇に仕上げてみた。即興ではあったが、なかなかよかっただろう?」
「ぜんぜん良くないですよ!」
少女は声を荒げる。
「なんで!シンデレラが!報われないんですか!」
「報われ...ない?」
男は驚いた顔で少女を見る。
「逆に聞くが、どこが報われてないんだ?」
「ずっとこき使われて、親が殺されてて、幸せになれないまま死んでいくなんてあんまりじゃないですか!」
「...君は何もわかっていない。」
男はふぅ、と息をつき、淡々と言葉を述べる。
「いいかい?君は作家をロマンあふれる吟遊詩人だと勘違いしているようだが、それは違う。作家にとってたしかに本とは商品だ。万人に合うジャンルを書き、それを世に出して路銀にする。しかし、書きたい話と書くべき話はまったくもって違う。」
男は吐き出した煙を目で追うように天井を見上げる。
「書くべきものとは万人受けする文題で自らの意思を無にして書くもの。書きたいものとは売れ行きや批判などを全く気にせずに、目も当てられないような妄想や文法全く関係なしの駄文くそ文章を書きたいがままに書くものだ。まあ、書きたいものばかり書いて売れる異端もいるにはいるが、少なくとも私はそうではない。メジャーどころを引っ張り出して書いたほうが万人受けするタイプだ。だから私は基本的に書きたい話を書かないし、作らない。今回は君のリクエストだったから自由に作らせてもらった。それなのに君は文句を言うかい?」
「...じゃあ、ひとついいですか?」
「レビューかい?ならば参考にするとも。書くべき話のために、ね。」
「先生が書きたいか書きたくないかは置いといて、エラは結局救われたんですか?」
男は少女を見る。
「...この話をひどい話だと思ったのなら彼女は救われていないし、良い話だと思うのなら彼女は天国にでも行けただろう。まあ、読者次第ってわけさ。前にも言ったが、私は基本的に話を絶対的なエンディングで終わらせないからね。」
「じゃ、じゃあ...」
少女が何か言いかけたタイミングで、それを読んでいたかのように男は言葉を紡ぐ。
「ああ。私個人の感想でよければ言わせてもらうとも。」
頷く少女を背に作家は煙草を置き、窓を開ける。煙で淀んだ空気が外の新しい空気と入れ替わり、淀んだ空気は空の彼方へと消えていった。

自分のすべきことに人生すべてをかけるのであれば、それはきっと美しい。それが取るに足らない小さな夢でも、世界の命運がかかった野望でも、そして己が欲望のために自分の人生を束縛した者たちへの復讐だったとしても、きっと宝石のような輝きを放つだろう。この話はそれだけの話。

一人の哀憫たる少女が殺人鬼へと身を落とし、自分が何なのかすら分からなくなって落ちていく物語。少女が善か悪かなんて、そんなことはどうだっていい。

大事なのはたった一つ。

。報酬云々は置いておいておくとしてね」
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