8 / 29
生真面目夫の場合(2)
しおりを挟む
膝立ちをしたオリビアが、香りのよい石鹸を泡立てている。
ひたっと、背中に彼女の手が触れた。
(手……。手が触れている。間違いなく手だ)
クラークは、アトロとの約束を思い出すことにした。そうすることで、今までも耐えてきたのだ。
むしろ、あの熊のようなアトロから、なぜ可憐なオリビアが生まれたのかと、不思議に思ったことも多々あった。
だからこそ、アトロの存在がクラークにとっての心の制御となる。
「痛くはありませんか?」
「ああ……。すまないな。汚れているのに」
「だから、洗うのです」
とりあえずアトロのことを思い出すことで、心を落ち着ける。
アトロと風呂を共にしたこともある。
クラークが彼の背を流したこともある。アトロも嬉しそうにクラークの背を流してくれた。
(そうだ……。団長だ、団長が背中を洗ってくれている……)
そう思わないとやっていられない。身体の全てが反応してしまう。
「無事に帰って来てくださって、安心しました」
オリビアのその言葉が、クラークの心に突き刺さった。
(なんだ……。天使か? 天使がいるのか? もしかしてここは、天使がいる世界なのか? 団長が天使になったのか?)
そう思ってしまうくらい、クラークの気持ちは高鳴っていた。
「ありがとう。とても心地よかった。君は寒くないか? 一緒に湯に入るか?」
自然とその言葉が口から漏れていた。あまりにも自然すぎて、クラークも自覚がなかったくらいだ。
間違いなく彼の欲望が口からポロリと零れただけなのに。
「はい」
彼女の返事を耳にして、自分が何を言ったのかを冷静に考え直した。
(お、俺は……。なんてことを言ったんだ? 自ら試練を与えてどうする……。いや、だが彼女にとって、俺は父親代わりなのだろう)
動揺を悟られないように、クラークは彼女に背を向けたまま急いで浴槽に入る。
乳白色の湯が身体を隠してくれる。それがせめてもの救いだった。
花びらから香るしゃぼんの匂いが、気持ちも隠してくれるようだ。
「おいで」
年上の男らしく、余裕のあるところを見せなければならない。
焦る気持を無理矢理押さえ込んで、彼女の身体に触れた。
(柔らかい。軽い。柔らかい……。なんだ、これは。同じ人間なのか? やはり、天使じゃないのか? 羽根がついているのでは? ここは天国か?)
遠征から戻ってきてから、おかしなことばかり起こる。いや、クラークが思ってもいないことばかりだ。
彼女を抱きかかえるようにして、共に浴槽に入った。
向かい合いたいという欲はあったが、そうすると箍が外れてしまうことは目に見えている。だから、彼女を背から抱きかかえる形にした。
彼女に触れていながらも、彼女の顔が見えないからこそ、今まで口にできなかった言葉がぽろぽろと出てきた。
彼女の首元に頭を埋め、謝罪の言葉を口にする。
――謝らないでください。父の死を惨めなものにしないでください。
彼女の言葉が心に突き刺さった。これは、彼女に赦してもらえたと思っていいのだろうか。
「私、先にあがりますね。身体も温まりましたので」
そう言って出ていこうとする彼女にかけられる言葉は「ありがとう」だけだ。
寄り添ってくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。
その言葉をありがとう。
さまざまな意味を込めた「ありがとう」である。
感謝を伝える方法を、クラークはこの言葉しか知らない。
ひたっと、背中に彼女の手が触れた。
(手……。手が触れている。間違いなく手だ)
クラークは、アトロとの約束を思い出すことにした。そうすることで、今までも耐えてきたのだ。
むしろ、あの熊のようなアトロから、なぜ可憐なオリビアが生まれたのかと、不思議に思ったことも多々あった。
だからこそ、アトロの存在がクラークにとっての心の制御となる。
「痛くはありませんか?」
「ああ……。すまないな。汚れているのに」
「だから、洗うのです」
とりあえずアトロのことを思い出すことで、心を落ち着ける。
アトロと風呂を共にしたこともある。
クラークが彼の背を流したこともある。アトロも嬉しそうにクラークの背を流してくれた。
(そうだ……。団長だ、団長が背中を洗ってくれている……)
そう思わないとやっていられない。身体の全てが反応してしまう。
「無事に帰って来てくださって、安心しました」
オリビアのその言葉が、クラークの心に突き刺さった。
(なんだ……。天使か? 天使がいるのか? もしかしてここは、天使がいる世界なのか? 団長が天使になったのか?)
そう思ってしまうくらい、クラークの気持ちは高鳴っていた。
「ありがとう。とても心地よかった。君は寒くないか? 一緒に湯に入るか?」
自然とその言葉が口から漏れていた。あまりにも自然すぎて、クラークも自覚がなかったくらいだ。
間違いなく彼の欲望が口からポロリと零れただけなのに。
「はい」
彼女の返事を耳にして、自分が何を言ったのかを冷静に考え直した。
(お、俺は……。なんてことを言ったんだ? 自ら試練を与えてどうする……。いや、だが彼女にとって、俺は父親代わりなのだろう)
動揺を悟られないように、クラークは彼女に背を向けたまま急いで浴槽に入る。
乳白色の湯が身体を隠してくれる。それがせめてもの救いだった。
花びらから香るしゃぼんの匂いが、気持ちも隠してくれるようだ。
「おいで」
年上の男らしく、余裕のあるところを見せなければならない。
焦る気持を無理矢理押さえ込んで、彼女の身体に触れた。
(柔らかい。軽い。柔らかい……。なんだ、これは。同じ人間なのか? やはり、天使じゃないのか? 羽根がついているのでは? ここは天国か?)
遠征から戻ってきてから、おかしなことばかり起こる。いや、クラークが思ってもいないことばかりだ。
彼女を抱きかかえるようにして、共に浴槽に入った。
向かい合いたいという欲はあったが、そうすると箍が外れてしまうことは目に見えている。だから、彼女を背から抱きかかえる形にした。
彼女に触れていながらも、彼女の顔が見えないからこそ、今まで口にできなかった言葉がぽろぽろと出てきた。
彼女の首元に頭を埋め、謝罪の言葉を口にする。
――謝らないでください。父の死を惨めなものにしないでください。
彼女の言葉が心に突き刺さった。これは、彼女に赦してもらえたと思っていいのだろうか。
「私、先にあがりますね。身体も温まりましたので」
そう言って出ていこうとする彼女にかけられる言葉は「ありがとう」だけだ。
寄り添ってくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。
その言葉をありがとう。
さまざまな意味を込めた「ありがとう」である。
感謝を伝える方法を、クラークはこの言葉しか知らない。
22
あなたにおすすめの小説
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?
基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。
彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。
仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。
王は今日も愛妾のもとへ通う。
妃はそれは構わないと思っている。
元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。
しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。
廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。
王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。
しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。
虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。
※初っ端から乳弄られてます
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
【完結】偽装結婚の代償〜他に好きな人がいるのに結婚した私達〜
伽羅
恋愛
侯爵令嬢のヴァネッサはある日、従兄弟であるリュシアンにプロポーズされるが、彼女には他に好きな人がいた。
だが、リュシアンはそれを知りながらプロポーズしてきたのだ。
リュシアンにも他に好きな人がいると聞かされたヴァネッサはリュシアンが持ち掛けてきた契約結婚を了承する。
だが、ヴァネッサはリュシアンが契約結婚を持ち掛けてきた本当の理由に気づかなかった…。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる