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生真面目夫の場合(2)
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膝立ちをしたオリビアが、香りのよい石鹸を泡立てている。
ひたっと、背中に彼女の手が触れた。
(手……。手が触れている。間違いなく手だ)
クラークは、アトロとの約束を思い出すことにした。そうすることで、今までも耐えてきたのだ。
むしろ、あの熊のようなアトロから、なぜ可憐なオリビアが生まれたのかと、不思議に思ったことも多々あった。
だからこそ、アトロの存在がクラークにとっての心の制御となる。
「痛くはありませんか?」
「ああ……。すまないな。汚れているのに」
「だから、洗うのです」
とりあえずアトロのことを思い出すことで、心を落ち着ける。
アトロと風呂を共にしたこともある。
クラークが彼の背を流したこともある。アトロも嬉しそうにクラークの背を流してくれた。
(そうだ……。団長だ、団長が背中を洗ってくれている……)
そう思わないとやっていられない。身体の全てが反応してしまう。
「無事に帰って来てくださって、安心しました」
オリビアのその言葉が、クラークの心に突き刺さった。
(なんだ……。天使か? 天使がいるのか? もしかしてここは、天使がいる世界なのか? 団長が天使になったのか?)
そう思ってしまうくらい、クラークの気持ちは高鳴っていた。
「ありがとう。とても心地よかった。君は寒くないか? 一緒に湯に入るか?」
自然とその言葉が口から漏れていた。あまりにも自然すぎて、クラークも自覚がなかったくらいだ。
間違いなく彼の欲望が口からポロリと零れただけなのに。
「はい」
彼女の返事を耳にして、自分が何を言ったのかを冷静に考え直した。
(お、俺は……。なんてことを言ったんだ? 自ら試練を与えてどうする……。いや、だが彼女にとって、俺は父親代わりなのだろう)
動揺を悟られないように、クラークは彼女に背を向けたまま急いで浴槽に入る。
乳白色の湯が身体を隠してくれる。それがせめてもの救いだった。
花びらから香るしゃぼんの匂いが、気持ちも隠してくれるようだ。
「おいで」
年上の男らしく、余裕のあるところを見せなければならない。
焦る気持を無理矢理押さえ込んで、彼女の身体に触れた。
(柔らかい。軽い。柔らかい……。なんだ、これは。同じ人間なのか? やはり、天使じゃないのか? 羽根がついているのでは? ここは天国か?)
遠征から戻ってきてから、おかしなことばかり起こる。いや、クラークが思ってもいないことばかりだ。
彼女を抱きかかえるようにして、共に浴槽に入った。
向かい合いたいという欲はあったが、そうすると箍が外れてしまうことは目に見えている。だから、彼女を背から抱きかかえる形にした。
彼女に触れていながらも、彼女の顔が見えないからこそ、今まで口にできなかった言葉がぽろぽろと出てきた。
彼女の首元に頭を埋め、謝罪の言葉を口にする。
――謝らないでください。父の死を惨めなものにしないでください。
彼女の言葉が心に突き刺さった。これは、彼女に赦してもらえたと思っていいのだろうか。
「私、先にあがりますね。身体も温まりましたので」
そう言って出ていこうとする彼女にかけられる言葉は「ありがとう」だけだ。
寄り添ってくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。
その言葉をありがとう。
さまざまな意味を込めた「ありがとう」である。
感謝を伝える方法を、クラークはこの言葉しか知らない。
ひたっと、背中に彼女の手が触れた。
(手……。手が触れている。間違いなく手だ)
クラークは、アトロとの約束を思い出すことにした。そうすることで、今までも耐えてきたのだ。
むしろ、あの熊のようなアトロから、なぜ可憐なオリビアが生まれたのかと、不思議に思ったことも多々あった。
だからこそ、アトロの存在がクラークにとっての心の制御となる。
「痛くはありませんか?」
「ああ……。すまないな。汚れているのに」
「だから、洗うのです」
とりあえずアトロのことを思い出すことで、心を落ち着ける。
アトロと風呂を共にしたこともある。
クラークが彼の背を流したこともある。アトロも嬉しそうにクラークの背を流してくれた。
(そうだ……。団長だ、団長が背中を洗ってくれている……)
そう思わないとやっていられない。身体の全てが反応してしまう。
「無事に帰って来てくださって、安心しました」
オリビアのその言葉が、クラークの心に突き刺さった。
(なんだ……。天使か? 天使がいるのか? もしかしてここは、天使がいる世界なのか? 団長が天使になったのか?)
そう思ってしまうくらい、クラークの気持ちは高鳴っていた。
「ありがとう。とても心地よかった。君は寒くないか? 一緒に湯に入るか?」
自然とその言葉が口から漏れていた。あまりにも自然すぎて、クラークも自覚がなかったくらいだ。
間違いなく彼の欲望が口からポロリと零れただけなのに。
「はい」
彼女の返事を耳にして、自分が何を言ったのかを冷静に考え直した。
(お、俺は……。なんてことを言ったんだ? 自ら試練を与えてどうする……。いや、だが彼女にとって、俺は父親代わりなのだろう)
動揺を悟られないように、クラークは彼女に背を向けたまま急いで浴槽に入る。
乳白色の湯が身体を隠してくれる。それがせめてもの救いだった。
花びらから香るしゃぼんの匂いが、気持ちも隠してくれるようだ。
「おいで」
年上の男らしく、余裕のあるところを見せなければならない。
焦る気持を無理矢理押さえ込んで、彼女の身体に触れた。
(柔らかい。軽い。柔らかい……。なんだ、これは。同じ人間なのか? やはり、天使じゃないのか? 羽根がついているのでは? ここは天国か?)
遠征から戻ってきてから、おかしなことばかり起こる。いや、クラークが思ってもいないことばかりだ。
彼女を抱きかかえるようにして、共に浴槽に入った。
向かい合いたいという欲はあったが、そうすると箍が外れてしまうことは目に見えている。だから、彼女を背から抱きかかえる形にした。
彼女に触れていながらも、彼女の顔が見えないからこそ、今まで口にできなかった言葉がぽろぽろと出てきた。
彼女の首元に頭を埋め、謝罪の言葉を口にする。
――謝らないでください。父の死を惨めなものにしないでください。
彼女の言葉が心に突き刺さった。これは、彼女に赦してもらえたと思っていいのだろうか。
「私、先にあがりますね。身体も温まりましたので」
そう言って出ていこうとする彼女にかけられる言葉は「ありがとう」だけだ。
寄り添ってくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。
その言葉をありがとう。
さまざまな意味を込めた「ありがとう」である。
感謝を伝える方法を、クラークはこの言葉しか知らない。
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