12 / 29
生真面目夫の場合(4)
しおりを挟む
◆◆◆◆
「だから最後に。俺に思い出をくれないか? 先ほども言ったが、君と一緒に、出掛けたいんだ」
そう口にしたとき、彼女ははにかむようにして「はい」と答えてくれた。
最後の最後まで、情に厚い女性である。
(映画……。確か、ここ数年、隣国から入ってきた技術だな)
大きな幕に映し出される映像を見ると聞いたことはある。観劇みたいなものだと、部下たちが言っていたことを思い出す。
人気の演目は、事前にチケットを取っておいた方がいいとも、彼らは言っていた。
(彼女は、どのようなものが見たいのだろうか。人気の演目は何だろうか……。先ほど出てきた名前はポリー。カステル侯爵夫人だな。ジャンにでも聞いてみるか)
ジャンとはカステル侯爵のことだ。ようするにポリーの夫である。そしてクラークの部下でもあった。騎士団の第一部隊に所属している。
ちらりと隣に座るオリビアに視線を向けた。彼女は嬉しそうに顔をほころばせている。
(可愛い……。めちゃくちゃ可愛い。これは、何が何でもジャンに流行りの映画を聞かねばならないな)
あまりにもクラークがじっと見つめてしまったためか、オリビアもこちらに視線を向ける。
目が合った。
(やばい、駄目だ。可愛い。天使だ)
寝るために、オリビアは腰までの髪をおろしているし、今の彼女はナイトドレスを着ている。
その無防備な姿が、クラークの気持ちを刺激する。だから、すぐに視線を逸らす。
(彼女は、俺の気持ちになんて気づいていないんだろうな。天使というよりは、小悪魔的な存在だ)
これ以上、彼女の隣に座っていると、身の危険――特に下半身の危険を感じた。
先ほども風呂上りの彼女の結い上げた髪がパサリと落ちた時、言葉で言い表すことのできない彼女の色気によって、身の危険を感じてしまったのだ。
だからクラークは立ち上がる。
(駄目だ。これ以上、彼女の側にいるといろいろと危険だ。今日はもう寝よう)
その気持ちを言葉に乗せる。
「今日はもう遅い。俺のこともいろいろと気遣ってくれて、疲れただろう? 俺も、今日はもう休むから」
クラークは部屋の中心にある照明を消して、彼女がいる方とは反対側からベッドへとあがった。そして、毛布をかぶる。
(よし、寝よう。寝てしまえば余計なことを考えなくてすむ。寝る、寝るんだ、俺)
間接照明だけが照らす、ほんのりと温かな部屋で、クラークはベッドに仰向けになった。
だが、ちらちらと視線を感じる。視線の主はオリビアしかいない。
(何だこれは。俺の天使は俺を試しているのか? いや、違う。これは俺の妄想だ。俺の妄想によって、そう見えるだけだ。団長、俺はけして彼女を邪な目で見ているわけではありません)
心の中のアトロに謝罪する。
(寝る、寝る、寝る、寝る。俺は寝る)
何度も心の中で唱えることで、これ以上妄想が広がることを制御しようとする。
カチリと間接照明を消す音がした。
薄闇に包まれる部屋。
オリビアもベッドで横になろうとしているのだろう。すすっという衣擦れの音が、クラークの妄想を刺激する。
(耐えろ、俺。ここは……。そうだ。あいつらと雑魚寝をしているんだ。だから、隣にいるのは部下たちだ)
隣から感じる人の気配は、騎士団の団員たちと思うことにした。
だが、隣からはいい匂いがしてくる。あの風呂に浮かんでいた花の香りだ。
同じ風呂に入ったはずなのに、彼女からはいい香りがしてくるのが不思議だった。
(耐えろ、俺。今までも耐えてきただろう。もう少しでこの試練から解放されるというのに。今、誘惑に負けてあきらめてしまってどうする)
ゆっくりと呼吸を整える。
そうやって、意識を手放そうと試みる。
(眠ってしまえばいいんだ。だけど、いい匂いがする。そうか……。ここは花畑だ。いや、むしろ天国かもしれない。天国であれば、きちんとオリビアを守ったと、団長に報告せねばならないな)
「だから最後に。俺に思い出をくれないか? 先ほども言ったが、君と一緒に、出掛けたいんだ」
そう口にしたとき、彼女ははにかむようにして「はい」と答えてくれた。
最後の最後まで、情に厚い女性である。
(映画……。確か、ここ数年、隣国から入ってきた技術だな)
大きな幕に映し出される映像を見ると聞いたことはある。観劇みたいなものだと、部下たちが言っていたことを思い出す。
人気の演目は、事前にチケットを取っておいた方がいいとも、彼らは言っていた。
(彼女は、どのようなものが見たいのだろうか。人気の演目は何だろうか……。先ほど出てきた名前はポリー。カステル侯爵夫人だな。ジャンにでも聞いてみるか)
ジャンとはカステル侯爵のことだ。ようするにポリーの夫である。そしてクラークの部下でもあった。騎士団の第一部隊に所属している。
ちらりと隣に座るオリビアに視線を向けた。彼女は嬉しそうに顔をほころばせている。
(可愛い……。めちゃくちゃ可愛い。これは、何が何でもジャンに流行りの映画を聞かねばならないな)
あまりにもクラークがじっと見つめてしまったためか、オリビアもこちらに視線を向ける。
目が合った。
(やばい、駄目だ。可愛い。天使だ)
寝るために、オリビアは腰までの髪をおろしているし、今の彼女はナイトドレスを着ている。
その無防備な姿が、クラークの気持ちを刺激する。だから、すぐに視線を逸らす。
(彼女は、俺の気持ちになんて気づいていないんだろうな。天使というよりは、小悪魔的な存在だ)
これ以上、彼女の隣に座っていると、身の危険――特に下半身の危険を感じた。
先ほども風呂上りの彼女の結い上げた髪がパサリと落ちた時、言葉で言い表すことのできない彼女の色気によって、身の危険を感じてしまったのだ。
だからクラークは立ち上がる。
(駄目だ。これ以上、彼女の側にいるといろいろと危険だ。今日はもう寝よう)
その気持ちを言葉に乗せる。
「今日はもう遅い。俺のこともいろいろと気遣ってくれて、疲れただろう? 俺も、今日はもう休むから」
クラークは部屋の中心にある照明を消して、彼女がいる方とは反対側からベッドへとあがった。そして、毛布をかぶる。
(よし、寝よう。寝てしまえば余計なことを考えなくてすむ。寝る、寝るんだ、俺)
間接照明だけが照らす、ほんのりと温かな部屋で、クラークはベッドに仰向けになった。
だが、ちらちらと視線を感じる。視線の主はオリビアしかいない。
(何だこれは。俺の天使は俺を試しているのか? いや、違う。これは俺の妄想だ。俺の妄想によって、そう見えるだけだ。団長、俺はけして彼女を邪な目で見ているわけではありません)
心の中のアトロに謝罪する。
(寝る、寝る、寝る、寝る。俺は寝る)
何度も心の中で唱えることで、これ以上妄想が広がることを制御しようとする。
カチリと間接照明を消す音がした。
薄闇に包まれる部屋。
オリビアもベッドで横になろうとしているのだろう。すすっという衣擦れの音が、クラークの妄想を刺激する。
(耐えろ、俺。ここは……。そうだ。あいつらと雑魚寝をしているんだ。だから、隣にいるのは部下たちだ)
隣から感じる人の気配は、騎士団の団員たちと思うことにした。
だが、隣からはいい匂いがしてくる。あの風呂に浮かんでいた花の香りだ。
同じ風呂に入ったはずなのに、彼女からはいい香りがしてくるのが不思議だった。
(耐えろ、俺。今までも耐えてきただろう。もう少しでこの試練から解放されるというのに。今、誘惑に負けてあきらめてしまってどうする)
ゆっくりと呼吸を整える。
そうやって、意識を手放そうと試みる。
(眠ってしまえばいいんだ。だけど、いい匂いがする。そうか……。ここは花畑だ。いや、むしろ天国かもしれない。天国であれば、きちんとオリビアを守ったと、団長に報告せねばならないな)
11
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?
基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。
彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。
仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。
王は今日も愛妾のもとへ通う。
妃はそれは構わないと思っている。
元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。
しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。
廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。
王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。
しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。
虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。
※初っ端から乳弄られてます
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる