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騎士か魔導士か(2)
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「何、騎士科に進学したいだと?」
シラク公爵の声が、屋敷中に響いた。
その声に驚いて、屋敷の一室で昼寝していた猫がにゃーにゃー言い出し、外を走り回っている犬がわんわん吠え出した。もはや、人間の声とは思えない声だと動物も認識したらしい。
「はい、お父様。私、ミレーヌは、騎士科に進学を希望します。騎士科へ進学し、お父様やお兄様のような立派な騎士になりたいと思っています」
姿勢を正し、両手をぴしっと伸ばした気を付けの姿勢をして、人間の声とは思えない声を発した父をじっと見据えて、ミレーヌは言った。
「ミレーヌ」
父親から名を呼ばれた。その声が鋭く聞こえたため、さらにミレーヌは背筋を伸ばしてしまった。背中に緊張が走る。もしかして怒られるのだろうか、という気持ちもあった。考え直せ、と。
「はい」
少し強張った面持ちでミレーヌは返事をした。
「父や兄のようにと……。とても嬉しいじゃないか」
父よ、仮にもあなたは騎士団長です。これくらいのことで泣くのはおやめください。とミレーヌが思ったということは、父親が号泣しているからである。
もう、目と鼻からありとあらゆる液体が流れている。先ほどまでの緊張を返して欲しい。とミレーヌは小さく息を吐いた。
「しかし、ミレーヌ。いいのか?」
兄が口を挟む。
「何を、ですか?」
「皇族の婚約者候補にかすりもしないぞ? 婚約者は魔導科から、と決まっている」
そう、決まっている。昔から決まっていること。もちろんミレーヌも知っている。
「はい。存じております。その婚約者候補になりたくないから、騎士科に行くのです」
彼女の本音が駄々洩れしてしまった。皇族の婚約者になりたくない、という本音が。もう少し包んで口にすべきだったか、と思ったがそれを取り繕うかのように。
「私は、お父様やお兄様のような騎士と結婚したいのです」
また、ぴしっと姿勢を正して、今度は兄の顔を見据えてミレーヌが言った。
「ミレーヌ……」
兄よ、あなたも第五騎士隊の副隊長ではありませんか。それくらいのことで泣くのはおやめください。と、ミレーヌが思ってしまったということは、この兄も大泣きし始めたということで。
父と兄が、声をあげてうぉんうぉんと泣いていた。
いまだに猫はにゃーにゃー鳴いているし、犬もわんわんと吠えている。そこに大の男がうぉんうぉんと泣いているものだから、もはや、何の鳴き声なのかもわからなくなってしまっていた。ここに母親がいてくれれば、なんとか二人を止めてくれたかもしれない。だけど、母親は不在。言うべきタイミングを間違えたか、と思わずミレーヌが後悔してしまったほど。
そしてミレーヌは、二人をこんなに泣かせてしまったことに心が痛んだ。
心が痛む理由としては『騎士と結婚したい』というのは、実は嘘だから、だ。
それを嘘だと明かしてしまうと、今度は違う意味で泣かれてしまうと思ったミレーヌは嘘をつき通すことにした。『騎士と結婚したい』ということにしておく。
そんなミレーヌの本音だが、本当はあの第一皇子と結婚したくないから、である。嘘である『騎士と結婚したい』というのは『ついで』にしておくことにした。そのうち嘘でなくなることを祈って。
さて、ミレーヌがあの第一皇子と結婚したくない理由だが、それは彼が好みではないから、である。特に顔が。ついでにいうと、性格も。
恐らく、皇子は可愛い顔をしているのだと思う。だけど、ミレーヌにとっては好みではない。もっとこう、男らしい、キリっとした顔立ちが好みなのだ。
まあ、皇子もミレーヌのことをどう思っているか、もしくはミレーヌを認識しているのかどうかもわからないのだが、とにかくミレーヌはあの皇子が好みではない。それだけは事実。本音。
というのも、父も兄も顔立ちが優しい。もしかしたら無いものねだり、なのかもしれない。キリっとした男性に憧れを抱く。可愛い、優しい男性よりも、男らしくキリっとした男性に。
ついでにいうと、皇子の性格はなよっとしている。なよなよ系。あまりにもなよなよしていて、風が吹いたら飛ばされてしまうんじゃないかと、常々思っていた。
そういえば以前、第一皇子が何かにつまずいて転んでいた。
それを目撃した同年代のご令嬢たちが我こそはと群がり、「殿下、お怪我はありませんか」なんて、手を差し出していた。ミレーヌとしては、転ぶ前に踏ん張って欲しいところなのだが。
そして、最後にもう一つ。
そんな好みの問題とは別に、第一皇子の婚約者に選ばれてはならない最大の理由がミレーヌにはあった。
シラク公爵の声が、屋敷中に響いた。
その声に驚いて、屋敷の一室で昼寝していた猫がにゃーにゃー言い出し、外を走り回っている犬がわんわん吠え出した。もはや、人間の声とは思えない声だと動物も認識したらしい。
「はい、お父様。私、ミレーヌは、騎士科に進学を希望します。騎士科へ進学し、お父様やお兄様のような立派な騎士になりたいと思っています」
姿勢を正し、両手をぴしっと伸ばした気を付けの姿勢をして、人間の声とは思えない声を発した父をじっと見据えて、ミレーヌは言った。
「ミレーヌ」
父親から名を呼ばれた。その声が鋭く聞こえたため、さらにミレーヌは背筋を伸ばしてしまった。背中に緊張が走る。もしかして怒られるのだろうか、という気持ちもあった。考え直せ、と。
「はい」
少し強張った面持ちでミレーヌは返事をした。
「父や兄のようにと……。とても嬉しいじゃないか」
父よ、仮にもあなたは騎士団長です。これくらいのことで泣くのはおやめください。とミレーヌが思ったということは、父親が号泣しているからである。
もう、目と鼻からありとあらゆる液体が流れている。先ほどまでの緊張を返して欲しい。とミレーヌは小さく息を吐いた。
「しかし、ミレーヌ。いいのか?」
兄が口を挟む。
「何を、ですか?」
「皇族の婚約者候補にかすりもしないぞ? 婚約者は魔導科から、と決まっている」
そう、決まっている。昔から決まっていること。もちろんミレーヌも知っている。
「はい。存じております。その婚約者候補になりたくないから、騎士科に行くのです」
彼女の本音が駄々洩れしてしまった。皇族の婚約者になりたくない、という本音が。もう少し包んで口にすべきだったか、と思ったがそれを取り繕うかのように。
「私は、お父様やお兄様のような騎士と結婚したいのです」
また、ぴしっと姿勢を正して、今度は兄の顔を見据えてミレーヌが言った。
「ミレーヌ……」
兄よ、あなたも第五騎士隊の副隊長ではありませんか。それくらいのことで泣くのはおやめください。と、ミレーヌが思ってしまったということは、この兄も大泣きし始めたということで。
父と兄が、声をあげてうぉんうぉんと泣いていた。
いまだに猫はにゃーにゃー鳴いているし、犬もわんわんと吠えている。そこに大の男がうぉんうぉんと泣いているものだから、もはや、何の鳴き声なのかもわからなくなってしまっていた。ここに母親がいてくれれば、なんとか二人を止めてくれたかもしれない。だけど、母親は不在。言うべきタイミングを間違えたか、と思わずミレーヌが後悔してしまったほど。
そしてミレーヌは、二人をこんなに泣かせてしまったことに心が痛んだ。
心が痛む理由としては『騎士と結婚したい』というのは、実は嘘だから、だ。
それを嘘だと明かしてしまうと、今度は違う意味で泣かれてしまうと思ったミレーヌは嘘をつき通すことにした。『騎士と結婚したい』ということにしておく。
そんなミレーヌの本音だが、本当はあの第一皇子と結婚したくないから、である。嘘である『騎士と結婚したい』というのは『ついで』にしておくことにした。そのうち嘘でなくなることを祈って。
さて、ミレーヌがあの第一皇子と結婚したくない理由だが、それは彼が好みではないから、である。特に顔が。ついでにいうと、性格も。
恐らく、皇子は可愛い顔をしているのだと思う。だけど、ミレーヌにとっては好みではない。もっとこう、男らしい、キリっとした顔立ちが好みなのだ。
まあ、皇子もミレーヌのことをどう思っているか、もしくはミレーヌを認識しているのかどうかもわからないのだが、とにかくミレーヌはあの皇子が好みではない。それだけは事実。本音。
というのも、父も兄も顔立ちが優しい。もしかしたら無いものねだり、なのかもしれない。キリっとした男性に憧れを抱く。可愛い、優しい男性よりも、男らしくキリっとした男性に。
ついでにいうと、皇子の性格はなよっとしている。なよなよ系。あまりにもなよなよしていて、風が吹いたら飛ばされてしまうんじゃないかと、常々思っていた。
そういえば以前、第一皇子が何かにつまずいて転んでいた。
それを目撃した同年代のご令嬢たちが我こそはと群がり、「殿下、お怪我はありませんか」なんて、手を差し出していた。ミレーヌとしては、転ぶ前に踏ん張って欲しいところなのだが。
そして、最後にもう一つ。
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