【R18】旦那さま、お会いできて光栄です~12年間放置された妻ですが、絶対に離縁はいたしません!

澤谷弥(さわたに わたる)

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2.突然の縁談(1)

 トラゴス大国の象徴とも呼べる白亜の王城は、今日も朝日を浴びて神々しく輝いている。その王城から離れた場所に、ぽつんと建つみすぼらしい建物は、庭仕事の物置小屋として使われている場所でもある。
 しかし、その小屋の二階。ぎしぎしと音を立てる木製の粗末な寝台で、一人の少女が静かに眠っていた。

 夜明けを思わせるような明るい曙色の髪をゆるく三つ編みにし、子どもらしいふくよかな頬にかかる短い髪の毛が、寝息と共にふわふわと揺れ動く。どんな夢を見ているのか、ぷっくりとしている唇はもごもごとしているものの、それは乾燥してひび割れていた。

「おはようございます、オレリア様」

 オレリアを起こしにやってきたのは、侍女のメーラだ。彼女はオレリアの乳母だった女性の娘である。

 オレリアが三歳のときにオレリアの母親が亡くなり、それを機にこんな質素な小屋においやられてしまったが、そんな彼女の身を案じて一緒についてきてくれたのがメーラなのだ。だからオレリアにとっては唯一といってもいいほどの、心を許せる人物でもあった。

 瞼がぴくぴくと動き、海のような碧眼の大きな目がぱっちりと開かれる。

「おはよう、メーラ……うっ」

 身体を起こしたところで、オレリアは痛みを堪えるような声をあげた。

「オレリア様?」
「だ、大丈夫。なんでもない」

 顔をしかめて答えてみたものの、なんでもないような状態ではないとメーラが察したようだ。

「背中が痛むのですか?」

 大丈夫と言いたいのと、気づいてほしいという思いが絡まり合って、何も答えられない。
 すぐにメーラが寝間着の背中側をめくると、顔をしかめた。

「こんなに、ひどいことを……」

 メーラも悔しそうに唇を噛みしめる。

「オレリア様。すぐに気がつかずに申し訳ありません」

 ぶんぶんと首を左右に振ると、その勢いによって目尻にたまった涙が溢れそうになった。その涙が痛みからくるものなのか、メーラの優しさからくるものなのか、わからない。

 喉の奥がツンと痛くなる。

「お薬を塗りましょうね」

 メーラは一度部屋を出て、どこからか軟膏の入った瓶を持ってきた。それを背の傷のある場所に、たっぷりと塗られる。
 オレリアの背にできた傷は、鞭によって打たれたもの。そしてオレリアを鞭で叩くのは、教育係のプレール侯爵夫人。

「オレリア様、お労しや……」

 悲しみが滲みでる声色で、メーラは呟く。

「わたしの覚えが悪いから……」

 だからプレール夫人は、鞭でたたくのだ。彼女はいつも「こんな簡単な問題も解けないのですか!」「ミレイア様は、オレリア様と同じ年で、五ヶ国語は話しておりましたよ」「作法がなっておりません」と、オレリアを咎めるような言い方をして、鞭をしならせる。

 いつもであれば、それも二、三発で終わり、皮膚に腫れが走る程度であるのに、昨日はプレール侯爵夫人の虫の居所が悪かったのか、皮膚がすり切れるまでたたかれた。

「ミレイアお姉様は、私と同じ年で、五カ国語もお話になられたそうよ?」

 背に薬を塗る、メーラの手がほんの少しだけ止まった。だが、すぐに動きは再開される。

「オレリア様はまだ八歳です。できないもののほうが多くて当たり前です」
「ううん。それでは駄目なのですって。わたしは、この国の……だから……」

 こんな小屋に押し込められても、身分はかわらない。

 プレール侯爵夫人が口うるさく言っている。身分に応じた振る舞いを、と。

「そうです。本来であれば、オレリア様はこのような場所にいるお方ではないのです」

 外を見つめるメーラの視線の先にあるのは、朝日によって輝く王城である。

「メーラ……」
「さあさあ、オレリア様。お食事にしましょう」

 幸いにも食材は届けてもらえる。それに、小屋の裏に小さな畑を耕して、芋類を育てていた。たまに悪天候などで食材が届かない日もあるが、そのようなときは、蓄えていた芋をふかして食べる。この芋が意外と美味しい。

 朝食を終えると、オレリアは外に出て畑や花壇の世話をする。

 それから王城の付属棟にある一室で授業を受ける。付属棟に行くために迎えなんてはこない。オレリアはメーラに付き添われて付属棟へと向かうが、メーラは中に入れない。

 そこでオレリアはプレール侯爵夫人からみっちりと教育を受けるのだ。
 日が大きく傾き、影が長くなるような時間になってから解放される。小屋に戻るときはメーラが迎えにくるときもあるが、他の仕事が忙しく手が離せないときは、オレリアは一人で帰る。

 王城の敷地内であるしオレリアを襲うような者もいないだろう、というのが関係者の考えらしい。いや、オレリアであれば襲われてもいいと思っているにちがいない。

 昨日はじくじくと背中が痛んでいるなか、一人で帰ってきたからメーラに気づかれなかった。

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