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2.突然の縁談(2)
近頃、城内がなんとなくピリピリしているのを、幼いながらオレリアも感じ取っていた。兵士の数が多いとか文官が慌ただしく行き交っているとか。
プレール侯爵夫人も、蛮族がどうのこうのと、授業の合間にぼやく。
大陸には大小合わせて六つの国があり、その中でももっとも権力が強いのがトラゴス大国である。そして二年前、この大陸に七つ目の国ができた。どこの国にも属していなかった部族が手を結び、一つの国を形成したのだ。それがハバリー国である。
それらが少数の部族のままであれば、トラゴス大国だってこれほどまでに反応しなかった。だが、小さなものが集まって大きくなれば、それなりに驚異となる。
トラゴス大国以外の五つの国は、いつの間にかハバリー国と友好的な協定を取り付けていた。十以上の部族からなるあの国はまだ統一性がないものの、さまざまな文化をまとめた国は非常に興味深く、大陸にとっても新しい風を吹かせる国となるだろう。というのが、諸国の考えだった。
ハバリー国はこれ幸いに、協定を結んだ諸国に教えを乞い、日に日に成長を見せている。
しかし、所詮は野蛮の塊である。大陸の中でもっとも歴史の長いトラゴス大国から見れば、嫌悪の対象ともなる。それでも諸国がハバリー国を認めている以上、トラゴス大国も歩み寄らなければならない。
と、プレール侯爵夫人が、忌々しそうに教えてくれたのだ。
近頃、プレール侯爵夫人の機嫌が悪いのは、このハバリー国に原因があるようだ。
授業の合間にぼそぼそとこぼすプレール侯爵夫人の言葉を要約すると、ハバリー国をトラゴス大国に取り込むためには、人質として誰かを嫁がせるとか。その誰かが誰になるのかで、国の偉い人たちは頭を抱えているとか。
第一候補は、王女であるミレイアだろう。
だがミレイアはそれを拒絶している。となれば、マッシマ公爵令嬢ではどうかという意見もあるようだ。マッシマ公爵は、現国王の弟にあたるため、マッシマ公爵令嬢とミレイアは従姉妹同士。その従姉妹たちが、互いに互いを譲らないらしい。身分的にはミレイアのほうが上であるが、マッシマ公爵令嬢もなかなか負けていない。
だからミレイアの機嫌はよくなく、周囲に当たり散らす。それはマッシマ公爵令嬢も同じで、それらの被害に合うのは彼女たちよりも下の身分のもの。
どうやらプレール侯爵夫人もその一人のようだった。そうなれば、プレール侯爵夫人にも鬱憤はたまり、そのはけ口がオレリアとなる。
最近、彼女の鞭捌きが激しいのはそれが理由であった。
――トントントン
珍しく扉が叩かれた。
オレリアがこの部屋にいるときに、誰かが訪れたことなど今まで一度もない。プレール侯爵夫人は忌々しく顔をゆがませてから、扉を開けた。
オレリアは扉に背を向けて書き取りをしているため、誰がやってきたのかはわからない。ただ、ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。
「オレリア様」
プレール侯爵夫人が、オレリアをこのように呼ぶのは珍しい。まさしく晴天の霹靂ともいえるような状況である。
「陛下がお呼びとのことです。お待たせしないように、準備をなさってください」
準備も何もない。
「いいですね? 陛下にお会いになられたら、わたくしが教えた通りご挨拶をなさるのですよ?」
オレリアが失敗したら、その責任は教育係のプレール侯爵夫人にのしかかる。だから、鋭い視線で威嚇してくる。
「……はい」
感情を押し殺した声で、返事をする。
迎えに来た兵士とプレール侯爵夫人に連れられ、付属棟から本棟へとうつる。円天井の大広間を抜けてゆるやかにカーブを描く螺旋階段をあがる。ギャラリーを通り抜けた先にある扉を超えるとそこに国王の執務室があった。
オレリアたちをここまで案内してきた兵士が扉を叩き、幾言か告げてから中に入る。
部屋に入った途端、プレール侯爵夫人に小突かれた。ここで挨拶をしろという意味らしい。
すっと片足を引いて腰を下げる。
壁面は書棚で埋め尽くされた部屋。その前にある黒檀の執務用の席には誰もいなかった。
藍白の天井には小さいシャンデリアが二つ、ぶら下がっている。
「悪くはないわね」
顔をあげ、声がしたほうに視線を向けると、血のような色合いの椅子に四人の人物が座っている。
国王、王妃、そして彼らの子の王太子と王女。オレリアから見たら、父親と義母。そして腹違いの兄、姉となる。オレリアは、このトラゴス大国の第二王女になるが、王妃が産んだ子ではない。
「お前たちは下がれ」
国王は、オレリアをここまで案内した兵士とプレール侯爵夫人に下がるようにと命じた。プレール侯爵夫人は、どことなく不満そうな表情を浮かべていたものの、国王の命令には逆らえない。
プレール侯爵夫人も、蛮族がどうのこうのと、授業の合間にぼやく。
大陸には大小合わせて六つの国があり、その中でももっとも権力が強いのがトラゴス大国である。そして二年前、この大陸に七つ目の国ができた。どこの国にも属していなかった部族が手を結び、一つの国を形成したのだ。それがハバリー国である。
それらが少数の部族のままであれば、トラゴス大国だってこれほどまでに反応しなかった。だが、小さなものが集まって大きくなれば、それなりに驚異となる。
トラゴス大国以外の五つの国は、いつの間にかハバリー国と友好的な協定を取り付けていた。十以上の部族からなるあの国はまだ統一性がないものの、さまざまな文化をまとめた国は非常に興味深く、大陸にとっても新しい風を吹かせる国となるだろう。というのが、諸国の考えだった。
ハバリー国はこれ幸いに、協定を結んだ諸国に教えを乞い、日に日に成長を見せている。
しかし、所詮は野蛮の塊である。大陸の中でもっとも歴史の長いトラゴス大国から見れば、嫌悪の対象ともなる。それでも諸国がハバリー国を認めている以上、トラゴス大国も歩み寄らなければならない。
と、プレール侯爵夫人が、忌々しそうに教えてくれたのだ。
近頃、プレール侯爵夫人の機嫌が悪いのは、このハバリー国に原因があるようだ。
授業の合間にぼそぼそとこぼすプレール侯爵夫人の言葉を要約すると、ハバリー国をトラゴス大国に取り込むためには、人質として誰かを嫁がせるとか。その誰かが誰になるのかで、国の偉い人たちは頭を抱えているとか。
第一候補は、王女であるミレイアだろう。
だがミレイアはそれを拒絶している。となれば、マッシマ公爵令嬢ではどうかという意見もあるようだ。マッシマ公爵は、現国王の弟にあたるため、マッシマ公爵令嬢とミレイアは従姉妹同士。その従姉妹たちが、互いに互いを譲らないらしい。身分的にはミレイアのほうが上であるが、マッシマ公爵令嬢もなかなか負けていない。
だからミレイアの機嫌はよくなく、周囲に当たり散らす。それはマッシマ公爵令嬢も同じで、それらの被害に合うのは彼女たちよりも下の身分のもの。
どうやらプレール侯爵夫人もその一人のようだった。そうなれば、プレール侯爵夫人にも鬱憤はたまり、そのはけ口がオレリアとなる。
最近、彼女の鞭捌きが激しいのはそれが理由であった。
――トントントン
珍しく扉が叩かれた。
オレリアがこの部屋にいるときに、誰かが訪れたことなど今まで一度もない。プレール侯爵夫人は忌々しく顔をゆがませてから、扉を開けた。
オレリアは扉に背を向けて書き取りをしているため、誰がやってきたのかはわからない。ただ、ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。
「オレリア様」
プレール侯爵夫人が、オレリアをこのように呼ぶのは珍しい。まさしく晴天の霹靂ともいえるような状況である。
「陛下がお呼びとのことです。お待たせしないように、準備をなさってください」
準備も何もない。
「いいですね? 陛下にお会いになられたら、わたくしが教えた通りご挨拶をなさるのですよ?」
オレリアが失敗したら、その責任は教育係のプレール侯爵夫人にのしかかる。だから、鋭い視線で威嚇してくる。
「……はい」
感情を押し殺した声で、返事をする。
迎えに来た兵士とプレール侯爵夫人に連れられ、付属棟から本棟へとうつる。円天井の大広間を抜けてゆるやかにカーブを描く螺旋階段をあがる。ギャラリーを通り抜けた先にある扉を超えるとそこに国王の執務室があった。
オレリアたちをここまで案内してきた兵士が扉を叩き、幾言か告げてから中に入る。
部屋に入った途端、プレール侯爵夫人に小突かれた。ここで挨拶をしろという意味らしい。
すっと片足を引いて腰を下げる。
壁面は書棚で埋め尽くされた部屋。その前にある黒檀の執務用の席には誰もいなかった。
藍白の天井には小さいシャンデリアが二つ、ぶら下がっている。
「悪くはないわね」
顔をあげ、声がしたほうに視線を向けると、血のような色合いの椅子に四人の人物が座っている。
国王、王妃、そして彼らの子の王太子と王女。オレリアから見たら、父親と義母。そして腹違いの兄、姉となる。オレリアは、このトラゴス大国の第二王女になるが、王妃が産んだ子ではない。
「お前たちは下がれ」
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