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7.届いた手紙(2)
「だったら、なぜ兄さんはオレリアとの離縁を……?」
マルガレットが顎に手を当てて、う~んと考え込んだ。
「それは……私も知らん。ただ、アーネストのことだからな。何を考えているかさっぱりわからん」
「まあ、兄さんって。ああ見えて朴念仁なところもあるし」
「まあ、見るからに朴念仁だろ」
身内から朴念仁、朴念仁と言われているアーネストだが、オレリアはそうは思っていなかった。とはいえ、彼と共に過ごした時間は、ほんの少しの時間。
夫であるアーネストと過ごした時間よりも、ダスティンやデンスと一緒にいる時間のほうがはるかに長い。
「……まさか、他に女ができた、とか。いやいや、あのアーネストだ。そんなことはあり得ないだろう」
ダスティンがすかさず否定したのは、マルガレットとシャトランがものすごい形相で睨んだためである。デンスですら、こめかみをひくひくとさせた。
だけど、ダスティンの言葉もあり得ない話ではないだろう。
結婚したと言っても、その相手が当時は八歳の子どもだったオレリアなのだ。そこからずっと離ればなれで、名ばかりの夫婦。
健全な男であれば、女性を求めることだってあるかもしれない。その女性に本気になるかもしれない。そういうこともあるかもしれない。
そんな『かもしれない』ことばかりを考えていると、胸がズキズキと痛み始めた。
「アーネストさまと会って話がしたいです……」
痛む胸を押さえるかのようにして、オレリアは心の底から気持ちを吐き出した。
仮にアーネストが他に好きな女性ができたとしても、一方的に手紙で別れを告げられただけでは納得できない。
はっきりと彼の口から、その事実を聞きたい。
「わかったわ、オレリア。ガイロの街にいきましょう!」
マルガレットの明るい声に、みんなの注目が集まった。
「え?」
驚きのあまり、オレリアの涙がピタリと止まる。
「だが、あのアーネストだぞ? オレリアが行ったところで、素直に会うと思うか? 会いたくないから、こうやって手紙を一方的に送ってきたのだろ?」
「そうね。兄さんのことだから、正攻法でいけば絶対に逃げる。会わずにオレリアと別れるつもりよ。それってね、ようは会ったら別れられないと思っているからでしょ?」
マルガレットの言葉は、オレリアにとっても意外なものであった。
会ったら別れられない。だから、会わない。
「オレリアがオレリアだと気づかれないようにして、兄さんの様子を見に行けばいいわ」
「そんなこと、できるわけ……あ、できるか?」
ダスティンにもその案に心当たりがあるようだ。まさかオレリアに斥候の真似事をしろとでも言うのだろうか。
「オレリア。ガイロにはね、兵士や街の人たちが利用できる大きな食堂があるの」
たったそれだけで、デンスもシャトランもマルガレットの言いたいことを理解したようだ。
「そこの食堂で給仕として働いたら、兄さんの様子が探れるんじゃない?」
「儂は反対だ。オレリアをそんな危険な場所に……」
「あら、あなた。ガイロの食堂は危険な場所なんかではないわよ。ダスティンの目も届く場所ですし」
「違う。儂の目の届かぬ場所にオレリアが行くのが危険なんだ……」
過保護、とダスティンがぼそりと呟く。
「過保護? そうではない。アーネストがオレリアを放っておくから、オレリアをアーネストと別れさせて他の者と結婚させろという話が出ているのを、お前だって知っているだろう? その話を必死で食い止めていたのは、儂じゃ」
オレリアの身体はピクリと震えた。知ってはいたが、こうやって実際に聞いてしまうと、アーネストとの仲を認められていないような気がしてくる。
「お義父様。だから、オレリアがオレリアとバレないようにすればいいのですよ。名前を変えて髪の色も変えて、ちょちょいと……。食堂の働き手として潜り込ませることくらい、あなたなら容易いでしょう?」
「まあ、な。……ふむ。その手でいこう。オレリアをガイロの食堂で働かせて、アーネストの様子を探る。アーネストに不審な動きがあったら、オレリア。きっぱりと諦めてアーネストと別れろ。むしろそんな男は、オレリアの夫としてふさわしくない。私がそう判断する」
話が変な方向に流れてきた。オレリアとしてはアーネストと別れるつもりは毛頭ない。今まで一緒にいられなかった時間を取り戻すように、濃厚な時間を過ごしたいとそう思っているのに。
だけど、ガイロの街の食堂で働きながら、アーネストの様子を確認できるのはちょっと面白いかもしれない。
アーネストはオレリアに気づいてくれるだろうか。そしてアーネストは、どんなふうにかわっているだろう。
少しだけ、オレリアに笑顔が戻った。
マルガレットが顎に手を当てて、う~んと考え込んだ。
「それは……私も知らん。ただ、アーネストのことだからな。何を考えているかさっぱりわからん」
「まあ、兄さんって。ああ見えて朴念仁なところもあるし」
「まあ、見るからに朴念仁だろ」
身内から朴念仁、朴念仁と言われているアーネストだが、オレリアはそうは思っていなかった。とはいえ、彼と共に過ごした時間は、ほんの少しの時間。
夫であるアーネストと過ごした時間よりも、ダスティンやデンスと一緒にいる時間のほうがはるかに長い。
「……まさか、他に女ができた、とか。いやいや、あのアーネストだ。そんなことはあり得ないだろう」
ダスティンがすかさず否定したのは、マルガレットとシャトランがものすごい形相で睨んだためである。デンスですら、こめかみをひくひくとさせた。
だけど、ダスティンの言葉もあり得ない話ではないだろう。
結婚したと言っても、その相手が当時は八歳の子どもだったオレリアなのだ。そこからずっと離ればなれで、名ばかりの夫婦。
健全な男であれば、女性を求めることだってあるかもしれない。その女性に本気になるかもしれない。そういうこともあるかもしれない。
そんな『かもしれない』ことばかりを考えていると、胸がズキズキと痛み始めた。
「アーネストさまと会って話がしたいです……」
痛む胸を押さえるかのようにして、オレリアは心の底から気持ちを吐き出した。
仮にアーネストが他に好きな女性ができたとしても、一方的に手紙で別れを告げられただけでは納得できない。
はっきりと彼の口から、その事実を聞きたい。
「わかったわ、オレリア。ガイロの街にいきましょう!」
マルガレットの明るい声に、みんなの注目が集まった。
「え?」
驚きのあまり、オレリアの涙がピタリと止まる。
「だが、あのアーネストだぞ? オレリアが行ったところで、素直に会うと思うか? 会いたくないから、こうやって手紙を一方的に送ってきたのだろ?」
「そうね。兄さんのことだから、正攻法でいけば絶対に逃げる。会わずにオレリアと別れるつもりよ。それってね、ようは会ったら別れられないと思っているからでしょ?」
マルガレットの言葉は、オレリアにとっても意外なものであった。
会ったら別れられない。だから、会わない。
「オレリアがオレリアだと気づかれないようにして、兄さんの様子を見に行けばいいわ」
「そんなこと、できるわけ……あ、できるか?」
ダスティンにもその案に心当たりがあるようだ。まさかオレリアに斥候の真似事をしろとでも言うのだろうか。
「オレリア。ガイロにはね、兵士や街の人たちが利用できる大きな食堂があるの」
たったそれだけで、デンスもシャトランもマルガレットの言いたいことを理解したようだ。
「そこの食堂で給仕として働いたら、兄さんの様子が探れるんじゃない?」
「儂は反対だ。オレリアをそんな危険な場所に……」
「あら、あなた。ガイロの食堂は危険な場所なんかではないわよ。ダスティンの目も届く場所ですし」
「違う。儂の目の届かぬ場所にオレリアが行くのが危険なんだ……」
過保護、とダスティンがぼそりと呟く。
「過保護? そうではない。アーネストがオレリアを放っておくから、オレリアをアーネストと別れさせて他の者と結婚させろという話が出ているのを、お前だって知っているだろう? その話を必死で食い止めていたのは、儂じゃ」
オレリアの身体はピクリと震えた。知ってはいたが、こうやって実際に聞いてしまうと、アーネストとの仲を認められていないような気がしてくる。
「お義父様。だから、オレリアがオレリアとバレないようにすればいいのですよ。名前を変えて髪の色も変えて、ちょちょいと……。食堂の働き手として潜り込ませることくらい、あなたなら容易いでしょう?」
「まあ、な。……ふむ。その手でいこう。オレリアをガイロの食堂で働かせて、アーネストの様子を探る。アーネストに不審な動きがあったら、オレリア。きっぱりと諦めてアーネストと別れろ。むしろそんな男は、オレリアの夫としてふさわしくない。私がそう判断する」
話が変な方向に流れてきた。オレリアとしてはアーネストと別れるつもりは毛頭ない。今まで一緒にいられなかった時間を取り戻すように、濃厚な時間を過ごしたいとそう思っているのに。
だけど、ガイロの街の食堂で働きながら、アーネストの様子を確認できるのはちょっと面白いかもしれない。
アーネストはオレリアに気づいてくれるだろうか。そしてアーネストは、どんなふうにかわっているだろう。
少しだけ、オレリアに笑顔が戻った。
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