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8.夫の葛藤(4)
鏡に映る自分の顔を見る。襟足の長くなった青鈍の髪には、たまに白いものが混じるようになった。それを見つけたときには抜いている。
――ブチッ。
先日、オレリアに手紙を送ってから返事がこない。返事がこないというのが、これほど不安なものであるとは知らなかった。もしかしたら、彼女もこんな気持ちになっていたのだろうか。
「閣下。お昼ご飯の時間です。食堂に行きますよ」
「お前か」
珍しく、ジョアンが食事に誘ってきた。
「だって、僕が誘わないと、閣下は食事に行く気がないですよね。今だって、行こうとはしてませんでしたよね? そして僕から逃げようとしてますよね? それよりも、きちんとご飯を食べてます? お酒ばっか飲んでません?」
副官よりも母親の称号をあげたいくらいだ。だが、こんな年下で口うるさい母親はいらない。
「うるさい」
「そうやって人の話を聞こうとしないってことは、図星ですね。って閣下、どうしちゃったんです? ここ最近、変ですよ? せっかくトラゴス国とスワン族のことが落ち着いたというのに」
「うるさい」
「はいはい。閣下はいつまでたっても大人げないですよね。僕のほうが大人じゃない?」
ジョアンとの会話は疲れる。だけど、気が紛れるのも事実。
「そういえば、閣下。知ってます?」
「何が、だ」
食堂へと向かう回廊をジョアンと並んで歩くのは初めてかもしれない。そして食堂へと向かうのも、アーネストにとっては久しぶりであった。
実はジョアンの言うとおり、オレリアに手紙を送ってからまともに食事をとっていない。腹にいれるのはつまみと酒ばかり。
「食堂で、かわいい女性が働き始めたんですよ」
口元をほころばすジョアンを見ると、なぜか冷静になれた。ジョアンはその食堂の女性に好意を寄せている。となれば、彼の想いの行く先を見守りたくなるのだ。
「そうか」
「閣下。そこはですね、そうか、じゃなくて、どんな女性なのかを僕に聞くところです」
「どんな女性だ……」
「なんなんですか。その義務感で聞いてやりましたよ、的な。投げやりな聞き方は」
聞けと言われたから聞いただけなのに、聞いたら聞いたで文句を言われるとは。
「でも、仕方ないから閣下に教えてあげます。閣下、女性に興味なさそうですもんね」
女性に興味がないわけではない。興味があるのはオレリアだけ。
先日、彼女は二十歳になった。二年前よりもぐっと成長しているだろう。どのような女性になったのか、二年前の彼女から想像してみる。
だけどオレリアが二十歳になったのを機に、アーネストは離縁してほしいと彼女に手紙を出した。
そろそろ彼女を解放すべきだと、アーネストは思ったのだ。
成人したときに言い出せばよかったのだが、デンスが後見人から降り、アーネストと別れるとなったら、彼女にさまざまな男が殺到するだろうと考えた。
二十歳になってから――
それがけじめのつもりだった。
ダスティンからの報告書によると、アーネストと別れて他の者と再婚させろという意見が、他の族長からもあがってきているらしい。特に、オレリアと同じ年代の息子を持つ族長たちがうるさいらしい。オレリアの手紙にもそれをにおわす文章が書いてあった。だけど彼女は、その縁談を受ける気がないようなのは、手紙から感じ取れた。自惚れかもしれないが。
国王夫妻ともっとも親しい女性。それがオレリアであり、彼女は今、ダスティンたちの子の家庭教師を務めている。また、他国との社交の場にも立ち会い、マルガレットをさりげなく助けていたとか。そのようなことがダスティンの手紙に書かれていた。
彼女には彼女にふさわしい相手がいる。
そう思っているのに、彼女を手放したくないと、心の底では訴えている。
オレリアの幸せを願うなら別れるべき。だけど――
そんな葛藤があり、あれからアーネストは酒に逃げるようになった。
――ブチッ。
先日、オレリアに手紙を送ってから返事がこない。返事がこないというのが、これほど不安なものであるとは知らなかった。もしかしたら、彼女もこんな気持ちになっていたのだろうか。
「閣下。お昼ご飯の時間です。食堂に行きますよ」
「お前か」
珍しく、ジョアンが食事に誘ってきた。
「だって、僕が誘わないと、閣下は食事に行く気がないですよね。今だって、行こうとはしてませんでしたよね? そして僕から逃げようとしてますよね? それよりも、きちんとご飯を食べてます? お酒ばっか飲んでません?」
副官よりも母親の称号をあげたいくらいだ。だが、こんな年下で口うるさい母親はいらない。
「うるさい」
「そうやって人の話を聞こうとしないってことは、図星ですね。って閣下、どうしちゃったんです? ここ最近、変ですよ? せっかくトラゴス国とスワン族のことが落ち着いたというのに」
「うるさい」
「はいはい。閣下はいつまでたっても大人げないですよね。僕のほうが大人じゃない?」
ジョアンとの会話は疲れる。だけど、気が紛れるのも事実。
「そういえば、閣下。知ってます?」
「何が、だ」
食堂へと向かう回廊をジョアンと並んで歩くのは初めてかもしれない。そして食堂へと向かうのも、アーネストにとっては久しぶりであった。
実はジョアンの言うとおり、オレリアに手紙を送ってからまともに食事をとっていない。腹にいれるのはつまみと酒ばかり。
「食堂で、かわいい女性が働き始めたんですよ」
口元をほころばすジョアンを見ると、なぜか冷静になれた。ジョアンはその食堂の女性に好意を寄せている。となれば、彼の想いの行く先を見守りたくなるのだ。
「そうか」
「閣下。そこはですね、そうか、じゃなくて、どんな女性なのかを僕に聞くところです」
「どんな女性だ……」
「なんなんですか。その義務感で聞いてやりましたよ、的な。投げやりな聞き方は」
聞けと言われたから聞いただけなのに、聞いたら聞いたで文句を言われるとは。
「でも、仕方ないから閣下に教えてあげます。閣下、女性に興味なさそうですもんね」
女性に興味がないわけではない。興味があるのはオレリアだけ。
先日、彼女は二十歳になった。二年前よりもぐっと成長しているだろう。どのような女性になったのか、二年前の彼女から想像してみる。
だけどオレリアが二十歳になったのを機に、アーネストは離縁してほしいと彼女に手紙を出した。
そろそろ彼女を解放すべきだと、アーネストは思ったのだ。
成人したときに言い出せばよかったのだが、デンスが後見人から降り、アーネストと別れるとなったら、彼女にさまざまな男が殺到するだろうと考えた。
二十歳になってから――
それがけじめのつもりだった。
ダスティンからの報告書によると、アーネストと別れて他の者と再婚させろという意見が、他の族長からもあがってきているらしい。特に、オレリアと同じ年代の息子を持つ族長たちがうるさいらしい。オレリアの手紙にもそれをにおわす文章が書いてあった。だけど彼女は、その縁談を受ける気がないようなのは、手紙から感じ取れた。自惚れかもしれないが。
国王夫妻ともっとも親しい女性。それがオレリアであり、彼女は今、ダスティンたちの子の家庭教師を務めている。また、他国との社交の場にも立ち会い、マルガレットをさりげなく助けていたとか。そのようなことがダスティンの手紙に書かれていた。
彼女には彼女にふさわしい相手がいる。
そう思っているのに、彼女を手放したくないと、心の底では訴えている。
オレリアの幸せを願うなら別れるべき。だけど――
そんな葛藤があり、あれからアーネストは酒に逃げるようになった。
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