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11.大好きな人(1)
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食堂での仕事を終えたオレリアは帰路についた。最近、変な男に絡まれることが多いなとは思っていたが、さほど気にしていなかった。誰かがやってくれば男たちはさっと逃げていくし、何かをされたわけではない。
ただ「付き合って」「恋人になって」「結婚して」と。そういった声をかけられるだけ。
アーネストに会いに来たオレリアにとって、アーネスト以外の男性など眼中にない。だけど、変に断って角が立つのも嫌だし、食堂の売り上げに影響が出るのも嫌だった。
『夫がおりますので』
にっこりと笑って、既婚の証の指輪を見せても男たちは引き下がらない。
たいてい困っていると、エミがひょっこりとどこから顔を出して「皿を洗っておくれ」「下準備をしておくれ」と仕事を頼むそぶりを見せつつ、助けてくれた。
だけど今日は、食堂から自宅までの帰り道に男たちとばったり出会った。
夜も遅いし人通りも少ない。だから逆に、こんな時間に彼らがいるとは思わなかったのだ。
『リリーちゃん』
へらへらと笑いながら、男たちが寄ってくる。
――いい? オレリア。変な男が寄ってきたら、すぐに逃げるのよ。
マルガレットはそう言っていた。目の前の男たちは見るからに変な男に分類される。
オレリアは逃げた。逃げたがこの辺の土地勘が全然ない。どの道をどこに抜けたらどこに出るのかなど、まったくわからない。わかるのは寝泊まりしている家と食堂の間の道くらい。
だからすぐに彼らに捕まった。
『……きゃっ』
壁に追いやられて、声を出せないようにと口を押さえられる。
『……やっ……んっ』
男たちの気持ち悪い手が、オレリアの身体中をなで回す。
『おぉ。ほんと、いい身体してやがる。俺、勃ってきちまった』
足のない虫が身体中を這い回っているような感じだった。ぞわぞわとした感覚は、プレール侯爵夫人から鞭で打たれたほうがマシだと思えるくらい。
ガクガクと足が震える。
怖い、怖い、怖い――。
『何をしている』
涙で視界がぼやけていても、声だけで誰が来てくれたかだなんてすぐにわかった。
ガイロに来てからは、数回しかやりとりをしたことがない。それも客と給仕という関係であるけれど。
身体に衝撃が走って、倒れそうになった。それを支えてくれたのがアーネストだ。
あの男たちを取り逃がしたと彼は悔しそうに口にしたが、あんな男を追いかけるのであれば側にいてほしかった。だけど、今のオレリアはオレリアでなく食堂で働くリリーである。
あの後、家まで送ると言われたときも、それを断った。
アーネストとリリーの関係は客人と給仕。
けれどもオレリアの身体には力が入らなかった。先ほどの恐怖心が心のどこかにあって、一人で歩くのもままならない。
ふわりと身体が浮いたと思えば、その身体はアーネストによって抱きかかえられていた。これはあのときと同じ。結婚式の食事会を終え、部屋に戻ろうとしたあのとき。
懐かしい思いに、胸が熱くなる。
会いたかった、話したかった。そして、触れたかった。
オレリアも彼の身体に腕を回して、力強く抱きしめた。
家に着き、彼の腕から解放されたとき、離れたくないと思った。おもわず上着の裾を掴み、本音をこぼした。それは、オレリアとしての気持ち。
とにかく、一人になるのが怖かった。
月明かりの下、彼の鉄紺の瞳を見上げると、自然と涙がこぼれてきた。
もう、気持ちがおさえられない。
ただ「付き合って」「恋人になって」「結婚して」と。そういった声をかけられるだけ。
アーネストに会いに来たオレリアにとって、アーネスト以外の男性など眼中にない。だけど、変に断って角が立つのも嫌だし、食堂の売り上げに影響が出るのも嫌だった。
『夫がおりますので』
にっこりと笑って、既婚の証の指輪を見せても男たちは引き下がらない。
たいてい困っていると、エミがひょっこりとどこから顔を出して「皿を洗っておくれ」「下準備をしておくれ」と仕事を頼むそぶりを見せつつ、助けてくれた。
だけど今日は、食堂から自宅までの帰り道に男たちとばったり出会った。
夜も遅いし人通りも少ない。だから逆に、こんな時間に彼らがいるとは思わなかったのだ。
『リリーちゃん』
へらへらと笑いながら、男たちが寄ってくる。
――いい? オレリア。変な男が寄ってきたら、すぐに逃げるのよ。
マルガレットはそう言っていた。目の前の男たちは見るからに変な男に分類される。
オレリアは逃げた。逃げたがこの辺の土地勘が全然ない。どの道をどこに抜けたらどこに出るのかなど、まったくわからない。わかるのは寝泊まりしている家と食堂の間の道くらい。
だからすぐに彼らに捕まった。
『……きゃっ』
壁に追いやられて、声を出せないようにと口を押さえられる。
『……やっ……んっ』
男たちの気持ち悪い手が、オレリアの身体中をなで回す。
『おぉ。ほんと、いい身体してやがる。俺、勃ってきちまった』
足のない虫が身体中を這い回っているような感じだった。ぞわぞわとした感覚は、プレール侯爵夫人から鞭で打たれたほうがマシだと思えるくらい。
ガクガクと足が震える。
怖い、怖い、怖い――。
『何をしている』
涙で視界がぼやけていても、声だけで誰が来てくれたかだなんてすぐにわかった。
ガイロに来てからは、数回しかやりとりをしたことがない。それも客と給仕という関係であるけれど。
身体に衝撃が走って、倒れそうになった。それを支えてくれたのがアーネストだ。
あの男たちを取り逃がしたと彼は悔しそうに口にしたが、あんな男を追いかけるのであれば側にいてほしかった。だけど、今のオレリアはオレリアでなく食堂で働くリリーである。
あの後、家まで送ると言われたときも、それを断った。
アーネストとリリーの関係は客人と給仕。
けれどもオレリアの身体には力が入らなかった。先ほどの恐怖心が心のどこかにあって、一人で歩くのもままならない。
ふわりと身体が浮いたと思えば、その身体はアーネストによって抱きかかえられていた。これはあのときと同じ。結婚式の食事会を終え、部屋に戻ろうとしたあのとき。
懐かしい思いに、胸が熱くなる。
会いたかった、話したかった。そして、触れたかった。
オレリアも彼の身体に腕を回して、力強く抱きしめた。
家に着き、彼の腕から解放されたとき、離れたくないと思った。おもわず上着の裾を掴み、本音をこぼした。それは、オレリアとしての気持ち。
とにかく、一人になるのが怖かった。
月明かりの下、彼の鉄紺の瞳を見上げると、自然と涙がこぼれてきた。
もう、気持ちがおさえられない。
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