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14.新生活(5)
そう言ったアーネストは、目の前のオレリアをじっくりと見つめた。
八歳だった女の子が、すっかりと成熟した二十歳の女性へと変化した。
「アーネストさま」
机の向こう側にいる彼女は、艶やかな唇を震わせながらその名を口にする。
「アーネストさまは、わたしのことを好いてくださっているのですか?」
少しだけ眉間にしわを寄せたアーネストは、こっちへ来いと手を振った。
「そんなところじゃなくて、もっと近くに来なさい」
オレリアも不安げに眉根を寄せてから、机をぐるりと回ってアーネストの横に立つ。すぐさま彼はくるっと椅子の向きを変え、オレリアの腰を引き寄せてから自身の膝の上に彼女を座らせた。アーネストが後ろより抱きかかえるような形である。
「え?」
「俺も自分の気持ちを伝えるのが得意ではないが。少なくともお前との結婚生活は続けていきたいと、今ではそう思っている」
そっと耳元でささやくと、細い身体がふるりと揺れた。
「お前が二十歳になって離縁届を送ったのは、お前には俺よりも相応しい相手がいると思ったからだ」
ずっとそう思っていた。
守ると約束しておきながらも、側にいてやることすらできなかった。側におけば逆に危険にさらされるのではとも思っていた。だから、突き放す。
そうするつもりだったのに、最後の最後でそれすらできなかったのは、やはり心のどこかで彼女を手放したくないと願っているから。
約束も守れないような枯れ始めた男に、彼女は眩しかった。
アーネストだってなんだかんだと心の中で言い訳を考えながらも、彼女の側にいたいのだ。
それを認めるのに、ずいぶんと回り道をして時間がかかっただけ。
「わたしが一番助けて欲しかったときに、手を差し伸べてくださったのがアーネストさまです」
彼女の腹部を支えるようにして抱きしめていたアーネストの手に、オレリアの手が重なる。
「だけど、俺は十二年間もお前を放っておいた」
「あのとき、アーネストさまがわたしに寄り添ってくださったから、十二年間、待ち続けることができました。十二年前のあの日、わたしはアーネストさまに救われたのです」
彼女だって望んだ結婚であったわけではないだろうに。
「そうか……そう思ってもらえたのであれば、何よりだな」
今となっては、穏やかな気持ちでそう思えるから不思議だった。
あのときは、彼女を危険な目に遭わせないように、すくすくと育ってほしいと、そう願っていた。
「お前から送られてくる手紙が、俺にとっては、とても楽しみなものになっていたよ」
抱きしめている彼女の身体が、ふるりと震えた。
「ガイロの情勢だってよくないときも続いた。俺も剣を握り、この国を守るために、何人も人を斬った。仲間を失った。だけど、お前から送られてきた手紙を読み直すたびに、冷えた心を暖めてくれるような、そんな気持ちになったんだ」
仲間を失ったのだって一人や二人ではない。
冷え冷えとした風が心を凍り付かせた。それでも血が通うような気持ちを次第に思い出させてくれたのが、オレリアの手紙なのだ。オレリアの手紙で、アーネストは人としていられた。
内容としては、特別なことが書かれているわけではない。アーネストを思う言葉と、オレリアの近況。たったそれだけなのに、心が救われたのは事実。
「オレリア。俺の側にいてくれてありがとう」
「それって……どういう意味ですか?」
彼女は別の言葉を待っている。アーネストもそれをわかっていて、わざとそう言った。少しだけ、恥ずかしいという気持ちもあったから。
彼女の淡雪のような白い顎をとらえ、こちらを向かせる。吸い込まれるほどの碧眼に魅入られながらも「愛している」と呟く。
庇護欲がいつ愛情へと変化したのかはわからない。それに気づかぬふりをしていたのも間違いない。年の差、立場、罪、すべてを言い訳にして、彼女に相応しくないと勝手に評価をつけていた。
そんなアーネストを受け入れてくれたのがオレリアだ。ひたむきに十二年間も待ってくれた。
静かに唇を合わせる。
花のような甘い香りが、アーネストを魅了する。わけのわからない酩酊感に襲われ、自我すら手放しそうになる。
八歳だった女の子が、すっかりと成熟した二十歳の女性へと変化した。
「アーネストさま」
机の向こう側にいる彼女は、艶やかな唇を震わせながらその名を口にする。
「アーネストさまは、わたしのことを好いてくださっているのですか?」
少しだけ眉間にしわを寄せたアーネストは、こっちへ来いと手を振った。
「そんなところじゃなくて、もっと近くに来なさい」
オレリアも不安げに眉根を寄せてから、机をぐるりと回ってアーネストの横に立つ。すぐさま彼はくるっと椅子の向きを変え、オレリアの腰を引き寄せてから自身の膝の上に彼女を座らせた。アーネストが後ろより抱きかかえるような形である。
「え?」
「俺も自分の気持ちを伝えるのが得意ではないが。少なくともお前との結婚生活は続けていきたいと、今ではそう思っている」
そっと耳元でささやくと、細い身体がふるりと揺れた。
「お前が二十歳になって離縁届を送ったのは、お前には俺よりも相応しい相手がいると思ったからだ」
ずっとそう思っていた。
守ると約束しておきながらも、側にいてやることすらできなかった。側におけば逆に危険にさらされるのではとも思っていた。だから、突き放す。
そうするつもりだったのに、最後の最後でそれすらできなかったのは、やはり心のどこかで彼女を手放したくないと願っているから。
約束も守れないような枯れ始めた男に、彼女は眩しかった。
アーネストだってなんだかんだと心の中で言い訳を考えながらも、彼女の側にいたいのだ。
それを認めるのに、ずいぶんと回り道をして時間がかかっただけ。
「わたしが一番助けて欲しかったときに、手を差し伸べてくださったのがアーネストさまです」
彼女の腹部を支えるようにして抱きしめていたアーネストの手に、オレリアの手が重なる。
「だけど、俺は十二年間もお前を放っておいた」
「あのとき、アーネストさまがわたしに寄り添ってくださったから、十二年間、待ち続けることができました。十二年前のあの日、わたしはアーネストさまに救われたのです」
彼女だって望んだ結婚であったわけではないだろうに。
「そうか……そう思ってもらえたのであれば、何よりだな」
今となっては、穏やかな気持ちでそう思えるから不思議だった。
あのときは、彼女を危険な目に遭わせないように、すくすくと育ってほしいと、そう願っていた。
「お前から送られてくる手紙が、俺にとっては、とても楽しみなものになっていたよ」
抱きしめている彼女の身体が、ふるりと震えた。
「ガイロの情勢だってよくないときも続いた。俺も剣を握り、この国を守るために、何人も人を斬った。仲間を失った。だけど、お前から送られてきた手紙を読み直すたびに、冷えた心を暖めてくれるような、そんな気持ちになったんだ」
仲間を失ったのだって一人や二人ではない。
冷え冷えとした風が心を凍り付かせた。それでも血が通うような気持ちを次第に思い出させてくれたのが、オレリアの手紙なのだ。オレリアの手紙で、アーネストは人としていられた。
内容としては、特別なことが書かれているわけではない。アーネストを思う言葉と、オレリアの近況。たったそれだけなのに、心が救われたのは事実。
「オレリア。俺の側にいてくれてありがとう」
「それって……どういう意味ですか?」
彼女は別の言葉を待っている。アーネストもそれをわかっていて、わざとそう言った。少しだけ、恥ずかしいという気持ちもあったから。
彼女の淡雪のような白い顎をとらえ、こちらを向かせる。吸い込まれるほどの碧眼に魅入られながらも「愛している」と呟く。
庇護欲がいつ愛情へと変化したのかはわからない。それに気づかぬふりをしていたのも間違いない。年の差、立場、罪、すべてを言い訳にして、彼女に相応しくないと勝手に評価をつけていた。
そんなアーネストを受け入れてくれたのがオレリアだ。ひたむきに十二年間も待ってくれた。
静かに唇を合わせる。
花のような甘い香りが、アーネストを魅了する。わけのわからない酩酊感に襲われ、自我すら手放しそうになる。
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