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第五章
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◇◆◇◆
このシャルコの街の生活になかなか慣れないエメレンスでもあったが、それでも近くにリューディアがいることだけが心の支えでもあった。彼女も慣れない生活を経て、今、この街に溶け込んでいる。それよりも驚いたのはヘイデンの適応能力だ。彼だってここでの生活は不便だろう。もちろんその妻であるイルメリも。しかも魔法公爵家のご子息、次期魔法公爵とまで言われている男が、庶民と同じように生活を送っている。
そもそも魔導士団にこの採掘部隊が嫌われている理由が、現地での生活なのだ。魔導士になるような者は、家柄に恵まれている者が多い。ごく少数、平民から魔導士になりあがるような者もいるが、そのような者が地方に派遣される採掘部隊に配属される。
「レン……、どうかしました?」
リューディアとエメレンスは、クズ石置き場の確認に来ていた。クズ石。魔力を充分に取り入れることのできないできそこないの魔宝石。
リューディアはこれを見るたびに、まるで自分のようだと感じていた。
「いや、何でもないんだ。ただ、ここに来て、もう一月も経つんだな、と。そう思っただけ」
エメレンスが採掘部隊に異動し、シャルコの街に来てから一月が経とうとしていた。
「そうですね。レンがこちらに来て下さって、お兄さまも随分助かっていると、言っておりました。本当に、ありがとうございます」
魔導士のローブを身に着け、フードを深くかぶり、レンズの大きい眼鏡をかけているリューディアが深く頭を下げる。
「いや、そんな礼を言われるようなことじゃないよ。ボクもこの街に来て学ぶことは多い。魔宝石によって栄えている街であることはよくわかった。だが、その魔宝石を採り尽くしてしまったらこの街はどうなるのだろう、という不安がある」
「はい。それをわたくしも今考えておりまして。このようにたくさんのクズ石ももったいないと言いますか。もしかして、他にも使い道があるのではないか、とそう思っているのです」
そこでリューディアはしゃがみ込み、大量に捨てられているクズ石の一部を掴み取った。色が汚い、形が歪、取り込める魔力が少ない、だから魔導具に利用できない。
「限りある資源を再利用できる術はないのでしょうか……」
「再利用……」
リューディアの呟きに、ついエメレンスも考え込む。そして、彼女の隣で膝を折った。
「ねえ、ディア。採掘師のブルースって知ってるよね」
「はい、採掘師の中でも最年少。確か、レンと同い年くらいだったと記憶しております」
「そう。だからね、ボクたちわりと話をするんだけど。やっぱり、採掘師たちはこの仕事を一生続けることができるのか、ということを不安に思っているらしい」
「どういう意味でしょうか?」
リューディアは小首を傾げる。
「今、ディアが言った通り。資源には限りがあるから、だよ。ここの魔宝石を採り尽くしてしまったら、自分たちの仕事が無くなってしまうのではないかって。毎日、そう思っているらしいんだ」
「そうなのですね」
リューディアはクズ石を手の平に乗せて眺めていたが、手を傾けてそれをさらさらと落とす。
「シャルコの街に来てから、わたくしも自分がいかに恵まれていたのかということを感じるようになりました。あの屋敷に引きこもって、ただ言われたことに従うような生活でしたが、衣食住には困らなかった。ですが、こちらに来てからは自分のことは自分でやる。それがシャルコに住む人たちの生活の仕方なのです。ですから、職を失ったら、という気持ちもわかるような気がします」
再び、リューディアはそこでクズ石を掬う。
「選ばれし民。選ばれし魔宝石。選ばれし民は、他の民たちのためにその選ばれた力を使う。となれば、選ばれし魔宝石も選ばれなかった魔宝石のために、その力を使ってもいいとは思いませんか?」
「え? それこそどういう意味だい? もしかして、魔宝石とこのクズ石を混ぜるってこと? それじゃ、偽造だよ」
違います、と言ってリューディアは笑む。
「ええと、レンがおっしゃったことに近いのですが。このクズ石と呼ばれるものを分類すると、魔力を取り込むことができるけど形が悪いもの、形はいいけれど魔力を取り込む力が弱いもの、の二つに分けられると思います」
「そうだね」
「ですから、これらのクズ石のその二種類を混ぜ合わせたら、その、魔宝石としての効果を発揮してくれるのではないか、と考えているのですが」
「なるほど。ディアの発想は面白いね。やってみる価値はあるかもしれない」
「本当ですか? レンにそう言われると、その、自信がもてます。いつも私の背中をそうやって押してくれたのが、レンだから……」
そこで恥ずかしそうに俯いたリューディアは、空いている方の手で眼鏡を押し上げる。その仕草に、エメレンスは少しドキリとする。
「今日のクズ石の確認は終わりだよね」
ドキリとしたことを誤魔化すように、エメレンスは勢いよく立ち上がる。
「ディア。この後は東の第六区の確認だよね」
「はい、そこは三月程前に崩落を起こしている現場です。なぜそれが起こったのかの原因を調査する必要があります。やっと、安全が確認できたということで、今更ですが」
その安全確認を行ったのも、リューディアたちだ。他の業務もこなしながら、崩落現場の安全確認を少しずつ行い、事故の原因を確認するための足掛かりを作っていた。
「でも、安全確認は重要だよ。現場調査に行って、また巻き込まれてという話になったら、部隊長も困るよね」
「そうですね」
リューディアも立ち上がる。
「じゃ、行こっか」
エメレンスが声をかければ、リューディアも「はい」と答える。だが、気になってもう一度後ろを振り返る。このクズ石置き場がなんとなく気になったから。何かが、いつもと違うように感じる。いや、ここに来るときはいつも違和感があった。それは言葉で言い表すことができない何かで。今も、エメレンスに説明することができない。
だからリューディアはその違和感を、自分の心の中にそっとしまっておく。
このシャルコの街の生活になかなか慣れないエメレンスでもあったが、それでも近くにリューディアがいることだけが心の支えでもあった。彼女も慣れない生活を経て、今、この街に溶け込んでいる。それよりも驚いたのはヘイデンの適応能力だ。彼だってここでの生活は不便だろう。もちろんその妻であるイルメリも。しかも魔法公爵家のご子息、次期魔法公爵とまで言われている男が、庶民と同じように生活を送っている。
そもそも魔導士団にこの採掘部隊が嫌われている理由が、現地での生活なのだ。魔導士になるような者は、家柄に恵まれている者が多い。ごく少数、平民から魔導士になりあがるような者もいるが、そのような者が地方に派遣される採掘部隊に配属される。
「レン……、どうかしました?」
リューディアとエメレンスは、クズ石置き場の確認に来ていた。クズ石。魔力を充分に取り入れることのできないできそこないの魔宝石。
リューディアはこれを見るたびに、まるで自分のようだと感じていた。
「いや、何でもないんだ。ただ、ここに来て、もう一月も経つんだな、と。そう思っただけ」
エメレンスが採掘部隊に異動し、シャルコの街に来てから一月が経とうとしていた。
「そうですね。レンがこちらに来て下さって、お兄さまも随分助かっていると、言っておりました。本当に、ありがとうございます」
魔導士のローブを身に着け、フードを深くかぶり、レンズの大きい眼鏡をかけているリューディアが深く頭を下げる。
「いや、そんな礼を言われるようなことじゃないよ。ボクもこの街に来て学ぶことは多い。魔宝石によって栄えている街であることはよくわかった。だが、その魔宝石を採り尽くしてしまったらこの街はどうなるのだろう、という不安がある」
「はい。それをわたくしも今考えておりまして。このようにたくさんのクズ石ももったいないと言いますか。もしかして、他にも使い道があるのではないか、とそう思っているのです」
そこでリューディアはしゃがみ込み、大量に捨てられているクズ石の一部を掴み取った。色が汚い、形が歪、取り込める魔力が少ない、だから魔導具に利用できない。
「限りある資源を再利用できる術はないのでしょうか……」
「再利用……」
リューディアの呟きに、ついエメレンスも考え込む。そして、彼女の隣で膝を折った。
「ねえ、ディア。採掘師のブルースって知ってるよね」
「はい、採掘師の中でも最年少。確か、レンと同い年くらいだったと記憶しております」
「そう。だからね、ボクたちわりと話をするんだけど。やっぱり、採掘師たちはこの仕事を一生続けることができるのか、ということを不安に思っているらしい」
「どういう意味でしょうか?」
リューディアは小首を傾げる。
「今、ディアが言った通り。資源には限りがあるから、だよ。ここの魔宝石を採り尽くしてしまったら、自分たちの仕事が無くなってしまうのではないかって。毎日、そう思っているらしいんだ」
「そうなのですね」
リューディアはクズ石を手の平に乗せて眺めていたが、手を傾けてそれをさらさらと落とす。
「シャルコの街に来てから、わたくしも自分がいかに恵まれていたのかということを感じるようになりました。あの屋敷に引きこもって、ただ言われたことに従うような生活でしたが、衣食住には困らなかった。ですが、こちらに来てからは自分のことは自分でやる。それがシャルコに住む人たちの生活の仕方なのです。ですから、職を失ったら、という気持ちもわかるような気がします」
再び、リューディアはそこでクズ石を掬う。
「選ばれし民。選ばれし魔宝石。選ばれし民は、他の民たちのためにその選ばれた力を使う。となれば、選ばれし魔宝石も選ばれなかった魔宝石のために、その力を使ってもいいとは思いませんか?」
「え? それこそどういう意味だい? もしかして、魔宝石とこのクズ石を混ぜるってこと? それじゃ、偽造だよ」
違います、と言ってリューディアは笑む。
「ええと、レンがおっしゃったことに近いのですが。このクズ石と呼ばれるものを分類すると、魔力を取り込むことができるけど形が悪いもの、形はいいけれど魔力を取り込む力が弱いもの、の二つに分けられると思います」
「そうだね」
「ですから、これらのクズ石のその二種類を混ぜ合わせたら、その、魔宝石としての効果を発揮してくれるのではないか、と考えているのですが」
「なるほど。ディアの発想は面白いね。やってみる価値はあるかもしれない」
「本当ですか? レンにそう言われると、その、自信がもてます。いつも私の背中をそうやって押してくれたのが、レンだから……」
そこで恥ずかしそうに俯いたリューディアは、空いている方の手で眼鏡を押し上げる。その仕草に、エメレンスは少しドキリとする。
「今日のクズ石の確認は終わりだよね」
ドキリとしたことを誤魔化すように、エメレンスは勢いよく立ち上がる。
「ディア。この後は東の第六区の確認だよね」
「はい、そこは三月程前に崩落を起こしている現場です。なぜそれが起こったのかの原因を調査する必要があります。やっと、安全が確認できたということで、今更ですが」
その安全確認を行ったのも、リューディアたちだ。他の業務もこなしながら、崩落現場の安全確認を少しずつ行い、事故の原因を確認するための足掛かりを作っていた。
「でも、安全確認は重要だよ。現場調査に行って、また巻き込まれてという話になったら、部隊長も困るよね」
「そうですね」
リューディアも立ち上がる。
「じゃ、行こっか」
エメレンスが声をかければ、リューディアも「はい」と答える。だが、気になってもう一度後ろを振り返る。このクズ石置き場がなんとなく気になったから。何かが、いつもと違うように感じる。いや、ここに来るときはいつも違和感があった。それは言葉で言い表すことができない何かで。今も、エメレンスに説明することができない。
だからリューディアはその違和感を、自分の心の中にそっとしまっておく。
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