婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)

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第八章

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 一人残されたヘイデンは、先ほどよりも深く息を吐いた。
 ブルースの証言から、全てが見事につながった。見事につながり過ぎて怖いくらいだ。本当にこれで全てなのだろうか。とりあえず、フニペロを捕まえるためのネタは揃った。きっともう逃れることはできないだろう。

「お兄さま、イルメリお義姉さまとエメレンス殿下をお連れしました」
 リューディアの声で、ヘイデンは我に返る。
「ああ、座ってくれ」

「今、お茶を淹れますね」
 リューディアが手際よくお茶の準備をし始めると、イルメリも手伝う。香ばしいお茶の匂いが殺風景な会議室に漂い始める。

「お疲れのようですね」
 エメレンスは目の前のヘイデンを見た。彼の顔には疲労の色が濃く表れている。

「ああ。もう、頭が痛くなるようなことばかりだ。事件が解決した、といえば解決したが」
 イルメリがカップの一つをヘイデンに渡した。ありがとう、と言ってそれを受け取った彼は、一口、飲んだ。
「あぁ。お茶がこんなに美味しく感じるとは。やはり、俺も疲れているのか……」

 リューディアもカップを二つ手にしたままソファに座れば、隣のエメレンスにそれの一つを手渡す。その行為があまりにも自然であったため、イルメリは何かあったのかと問い質したくなったが、今はそれよりも別件が優先される。そもそも、リューディアがあの眼鏡をかけていない。それもイルメリが気になっているところ、でもあるのだが。

「それで。ブルースから話を聞いたのでしょ?」
 イルメリが尋ねた。
「そうだ。こちらが予想していた通り、彼は前責任者のフニペロに脅されて、この現場を崩落させたり、クズ石を盗んだりしていたようだ」

「力の無い者が、力のある者に脅されてというのは、よくある話ね」
 イルメリが軽く息を吐いた。

「ああ、情けないことにな。とにかく、ブルースからの証言と、採掘師たちからもらった採掘量の写しの資料、それがあればフニペロの不正を暴くことはできる。すぐにミシェルとシオドリックへ連絡を入れる」

「の割には、冴えない顔をしているわね」
 夫の微妙な変化に、妻として感じ取る何かがあったようだ。

「ああ。本当にこれだけで済むのか、という思いがどこかにある。何か、こう、引っかかるというか」

 エメレンスがヘイデンに視線を向けてから、ゆっくりと口を開いた。
「ヘイデン。その前責任者のフニペロという男ですが。フニペロ・メイソンで合っていますか?」

「ああ。フニペロ・メイソンだ。メイソン侯爵家の当主だ」

「メイソン侯爵家……。最近、資金繰りに困っているという話を耳にしたことがある……」

「だから、魔宝石やクズ石を盗んでいたんだろうな」
 ヘイデンの呟きを聞きながら、エメレンスは考える。フニペロ・メイソン。メイソン侯爵家。最近、それ以外でも聞いたことは無いだろうか。

「あ……。フリート・メイソン……」
 エメレンスが一人の女性の名を口にした。ヘイデンが敏感に反応する。
「フリート・メイソンは、フニペロの娘だろう」

「ええ、そうです。そうでした。そして、兄がリューディアとの婚約を解消してまで、結婚をしたいと口にした相手です」

「モーゼフ殿下が?」
 まさか妹のリューディアの婚約が解消された原因が、このメイソン侯爵家に繋がるとは思ってもいなかった。

「ですが、そもそも兄上があのフリートに惹かれる理由がわからない」

「いやいや、エメレンス殿下。恋は盲目というだろう? 人の恋路に口を挟むものではないよ」

「違うんです。兄上は、ずっとリューディアのことが。リューディアのことをブスブス言いながらも、リューディアと会うことを楽しみにしていた」

「え?」
 もちろん、それはリューディアにとって初耳だ。
「兄上はあんな性格だから。自分だけがリューディアを好きになっていることが悔しかったんです。だから、心にもないこと、リューディアのことを『ブス』と言って困らせていた」

「まるで、子供ね」
 イルメリの呟き。
「はい。その件に関してだけ、まるで子供のような人なのです。だから、あの兄上がリューディアに向かって婚約解消を言い出すなんて、あり得ないと思っていた」

「だが、それでもモーゼフ殿下は婚約解消を願い出て、リューディアとの婚約は無くなった。それは紛れもない事実だ」
 そのときの悲しそうな妹の顔を、ヘイデンは今でも覚えている。

「だから、おかしいんです。あの兄上にリューディアより好きな人がいるとは思えない。まして、フリート・メイソンという女性。はっきり言って、兄上の好みではありません。兄上の好みは、リューディアそのものですから」
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