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第六章:弟 x 毒女 x 夫(3)
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姉弟の感動の再会であるのに、クラリスは背後から冷たい視線を感じていた。ぐごごごごごという効果音が聞こえてきそうな圧を感じる。
「お初にお目にかかります。ユージーン・ウォルターです」
だが、ユージーンはクラリスとデリックを無視するかのような落ち着いた声色で、挨拶をした。
「ウォルター卿。遠いところ、わざわざ足を運んでいただき感謝する。部屋を用意してあるから案内しよう」
父親の機嫌がよい。
「では、愛しの妻に案内してもらいます」
いつまでもクラリスに張り付いているデリックをけん制するかのように、ユージーンは紫紺の瞳を細くした。
「姉様。本当にこの男と結婚したんですか? いくら陛下の命令であっても、相手は選びましょうよ」
「そうね。陛下の命令だからこそ、相手は選べないのよ」
「ほら。デリックもいつまでも甘えていないで。クラリスだって疲れているのだから、まずはゆっくりとしてもらいましょう」
母親がいつまでもひしっと抱きついているデリックを引き離す。
その瞬間、ユージーンの腕が伸びてクラリスの腰を引き寄せた。
「ウォルター卿は、そうやって支えがないと歩けないのですか」
クラリスを抱き寄せた姿が、デリックにはそう見えたのだろうか。
「いや。愛する妻を手放したくないだけだが? 妻は、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうからな」
「ここは姉様にとっては勝手知ったる場所ですから、ウォルター卿が心配されるようなことは何もありませんよ」
デリックとユージーンの間には何か隔たりがあるようだ。
「デリック、またあとでね。まずは旦那様を部屋に案内するわ」
その瞬間、なぜかユージーンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
王都にいる間、クラリスとユージーンはベネノ侯爵家の別邸で過ごすことになっている。
「旦那様」
階段を上がりきったところで、クラリスがピシッと腰にまわっている彼の手を叩いた。
「両親の前ではこのようなことをしないでください。恥ずかしいではありませんか」
「何を恥ずかしがる必要がある? 俺たちは夫婦なのだから、このくらいの触れ合いがあっても問題ないだろう? むしろ、仲の良い様子を、ご両親に見せたほうが安心するのではないのか?」
「そうかもそれませんが……それでも、恥ずかしいのは恥ずかしいのです」
それでもクラリスの腰を解放しようとしない彼の手を、もう一度力強く叩いた。
「俺の妻は手厳しいようだ」
おどけてみせるユージーンを、クラリスはキリッと睨みつける。
「旦那様。お部屋はこちらをお使いください」
クラリスが案内したのは、二階にある客室だった。
「クラリス、君の部屋は?」
「わたくしは、以前、使っていた部屋がありますので」
「夫婦なのに、部屋は別々に使うと?」
「夫婦であっても、ここは旦那様のお屋敷ではありませんから。両親の前でベタベタされるわたくしの身にもなってください」
きっちりと線を引かねば、ユージーンはどこであろうとクラリスに触れてくるだろう。もしかしたら、人前で口づけすらしてくるかもしれない。それだけは、絶対に避けたい。
「やはり、俺の妻は恥ずかしがり屋なのだな」
「どうぞご自由に、なんとでもおっしゃってくださいな。ですが、ここにいる間、不用意にわたくしの部屋には入らないでください」
「つまり、君のほうから俺に会いに来てくれると? 寝る前に二人でお茶を飲む決まりだろう?」
「そのような決まりができたという記憶はございません。いつも、旦那様がわたくしの部屋に来るから、それでお茶を淹れているだけです」
「実家に戻ったからか、俺の妻はなかなか手強くなったな」
仕方ないとでも言うかのように、ユージーンは肩をすくめる。
「ネイサンには隣の控えの間を使っていただきます」
「できれば君に控えていてもらいたいが」
「ご冗談がお上手ですこと。では、夕食の時間にお会いしましょう」
ピシャリと言葉を放ったクラリスは、客室を出て、懐かしい自室へと向かう。
「クラリス様。お茶の用意ができております」
そこには荷物の片づけをしているメイの姿があった。
「ありがとう、メイ。あなたも疲れたでしょう? まずは、休んだら?」
「では、お言葉に甘えまして」
クラリスはいつも持ち歩いている毒を二滴、紅茶に垂らした。住み慣れた屋敷に戻ってきたこともあり、ふっと気持ちが軽くなる。
「デリック様は、クラリス様のことが本当に大好きなのですね」
「ええ。わたくしたち、たった二人の姉弟ですもの。……あ、メイ」
クラリスが少しだけ声を張り上げると、メイはきょとんとする。
「いつも、寝る前にお茶の準備をしてくれていたでしょう? だけど、ここにいる間、それは不要よ」
「どうされたのですか? 寝る前に旦那様とお茶を飲むのが日課だったのではありませんか?」
「お初にお目にかかります。ユージーン・ウォルターです」
だが、ユージーンはクラリスとデリックを無視するかのような落ち着いた声色で、挨拶をした。
「ウォルター卿。遠いところ、わざわざ足を運んでいただき感謝する。部屋を用意してあるから案内しよう」
父親の機嫌がよい。
「では、愛しの妻に案内してもらいます」
いつまでもクラリスに張り付いているデリックをけん制するかのように、ユージーンは紫紺の瞳を細くした。
「姉様。本当にこの男と結婚したんですか? いくら陛下の命令であっても、相手は選びましょうよ」
「そうね。陛下の命令だからこそ、相手は選べないのよ」
「ほら。デリックもいつまでも甘えていないで。クラリスだって疲れているのだから、まずはゆっくりとしてもらいましょう」
母親がいつまでもひしっと抱きついているデリックを引き離す。
その瞬間、ユージーンの腕が伸びてクラリスの腰を引き寄せた。
「ウォルター卿は、そうやって支えがないと歩けないのですか」
クラリスを抱き寄せた姿が、デリックにはそう見えたのだろうか。
「いや。愛する妻を手放したくないだけだが? 妻は、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうからな」
「ここは姉様にとっては勝手知ったる場所ですから、ウォルター卿が心配されるようなことは何もありませんよ」
デリックとユージーンの間には何か隔たりがあるようだ。
「デリック、またあとでね。まずは旦那様を部屋に案内するわ」
その瞬間、なぜかユージーンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
王都にいる間、クラリスとユージーンはベネノ侯爵家の別邸で過ごすことになっている。
「旦那様」
階段を上がりきったところで、クラリスがピシッと腰にまわっている彼の手を叩いた。
「両親の前ではこのようなことをしないでください。恥ずかしいではありませんか」
「何を恥ずかしがる必要がある? 俺たちは夫婦なのだから、このくらいの触れ合いがあっても問題ないだろう? むしろ、仲の良い様子を、ご両親に見せたほうが安心するのではないのか?」
「そうかもそれませんが……それでも、恥ずかしいのは恥ずかしいのです」
それでもクラリスの腰を解放しようとしない彼の手を、もう一度力強く叩いた。
「俺の妻は手厳しいようだ」
おどけてみせるユージーンを、クラリスはキリッと睨みつける。
「旦那様。お部屋はこちらをお使いください」
クラリスが案内したのは、二階にある客室だった。
「クラリス、君の部屋は?」
「わたくしは、以前、使っていた部屋がありますので」
「夫婦なのに、部屋は別々に使うと?」
「夫婦であっても、ここは旦那様のお屋敷ではありませんから。両親の前でベタベタされるわたくしの身にもなってください」
きっちりと線を引かねば、ユージーンはどこであろうとクラリスに触れてくるだろう。もしかしたら、人前で口づけすらしてくるかもしれない。それだけは、絶対に避けたい。
「やはり、俺の妻は恥ずかしがり屋なのだな」
「どうぞご自由に、なんとでもおっしゃってくださいな。ですが、ここにいる間、不用意にわたくしの部屋には入らないでください」
「つまり、君のほうから俺に会いに来てくれると? 寝る前に二人でお茶を飲む決まりだろう?」
「そのような決まりができたという記憶はございません。いつも、旦那様がわたくしの部屋に来るから、それでお茶を淹れているだけです」
「実家に戻ったからか、俺の妻はなかなか手強くなったな」
仕方ないとでも言うかのように、ユージーンは肩をすくめる。
「ネイサンには隣の控えの間を使っていただきます」
「できれば君に控えていてもらいたいが」
「ご冗談がお上手ですこと。では、夕食の時間にお会いしましょう」
ピシャリと言葉を放ったクラリスは、客室を出て、懐かしい自室へと向かう。
「クラリス様。お茶の用意ができております」
そこには荷物の片づけをしているメイの姿があった。
「ありがとう、メイ。あなたも疲れたでしょう? まずは、休んだら?」
「では、お言葉に甘えまして」
クラリスはいつも持ち歩いている毒を二滴、紅茶に垂らした。住み慣れた屋敷に戻ってきたこともあり、ふっと気持ちが軽くなる。
「デリック様は、クラリス様のことが本当に大好きなのですね」
「ええ。わたくしたち、たった二人の姉弟ですもの。……あ、メイ」
クラリスが少しだけ声を張り上げると、メイはきょとんとする。
「いつも、寝る前にお茶の準備をしてくれていたでしょう? だけど、ここにいる間、それは不要よ」
「どうされたのですか? 寝る前に旦那様とお茶を飲むのが日課だったのではありませんか?」
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