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【第三部】堅物騎士団長に溺愛されている変装令嬢は今日もその役を演じます
7.子どもの時間です(1)
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「ふーん。バーデールからの留学生ね」
学院新聞の最新号を手にしている男子生徒がいる。ソファにゆったりと座り、目の前のテーブルには今にも消えそうな湯気が立っているカップが並んでいた。
「はい。二学年の特別クラスに入ってきました」
答えたのは、その向かい側に座る男子生徒。名前はサイモンという。この学院の生徒会副会長である。
「そうか。サイモンと同じクラスというわけだ」
新聞を片手にカップを口元に運ぶその男は、最終学年である生徒会長のアレックス。この学院では、卒業するまでその生徒会役員の任務を全うする。だから、卒業を約二月後に控えているアレックスがまだ生徒会長という役を担っていた。
「しかも。演劇部に入ったのか」
「はい、あのクリスが他の部員よりも演技力が高いと大絶賛していました」
「へえ。あのクリスがね」
「それから、あのプライドの高いジェイミでさえ、彼女の演技力を認め、自分の役を彼女に譲ったという話です」
その話を聞いたときはサイモンでさえ信じられなかった。ジェイミは演劇にかけては他のどの生徒よりも真面目に取り組んでいる。真面目に取り組んでいるからこそ、口調もきつくなるし、一つ一つの仕草も鋭くなっている。
「クリスとジェイミが認める留学生ね。その留学生の演技、見てみたいものだな」
「ジェイミが役を譲ったくらいですから。卒業公演には出るのではないでしょうかね」
「そのジェイミはどうしている?」
「ジェイミですか?」
少し思い出すために、視線を斜め右上にあげた。役を譲った彼女はあの部でどのような立場になったのか、思い出す。
「ああ、思い出しました。彼女は演劇の指導を担当していますよ。もともと演劇力も高い彼女だけれど、本当は指導の方をやりたかった、と言っていたそうです」
「なるほどね」
そこまで聞いて、アレックスはカップの中の液体を口に含んだ。
あのクリスにスカウトされ、あの我儘なジェイミから役を譲り受けた留学生。アレックスの興味を引くには十分な情報量だった。
「ねえ、サイモン」
そこでアレックスは学院新聞を半分に折って、パサリとテーブルの上に置いた。
「私もこの留学生と話がしてみたいな」
「会長?」
「だって、興味があるだろう? あのクリスもジェイミも一目置いているその留学生に」
「まあ、そうですが」
そこへガチャリと勢いよく生徒会室の扉が開いた。
「おつかれさまでーす」
一人の女子生徒が、元気な挨拶とともに入室してくる。
「あれ? 今日は会長とサイモンだけですか?」
「ドロシー。せめて扉を開ける前にはノックをしろよ」
「したよ。会長とサイモンが聞いていなかっただけではないんですか?」
ドロシーは新聞部の部長という立場でありながらも、生徒会の庶務の仕事も担っていた。庶務、つまりは雑用一般だ。大した仕事はないけれど、いないならいないで困るという縁の下の力持ち的なポジション。
最新号の新聞を発行したところであるため、今日は生徒会室の方に顔を出した。
「あ、会長。最新号を読んでくれたんですね」
ドロシーはテーブルの上のお菓子を一つつまみ、口の中へひょいと放り込んでから、サイモンの隣に座った。
「ドロシー。お茶は自分で準備するんだよ」
「え、サイモンが淹れてくれるんじゃないの?」
「淹れないよ、ほら、ゆったりする前に自分でお茶を淹れる」
早く立て、と言わんばかりにドロシーの背中をバンバンと叩いた。
「ひっどいなー、サイモン。暴力反対。セクハラ反対」
「暴力でもセクハラでもないよ。僕のドロシーに対する愛情表現」
このサイモンとドロシーは幼馴染らしい。他人から見たら過度のスキンシップのようにも見えるが、二人の間ではそうでもない。
ドロシーがカップ片手に、もう一度サイモンの隣に座る。アレックスの前に広げてあった新聞を覗き込むと、エレンの紹介記事が表にあった。
「会長。エレンちゃんと話したことあります?」
「エレンちゃん? ああ、留学生のことか。残念ながら無いな。君たちと同じクラスらしいな」
「そうですよ。エレンちゃん、とってもかわいいんですよ。いつもツインテールで赤いリボンをつけているんです。本当、同い年とは思えないくらいかわいいですよ」
ドロシーの言う同い年とは思えないというのは、大人っぽく見える方ではなく、子供っぽく見える方の同い年とは思えない、だろう。ここに本人がいたら、きっと引きつった笑いを浮かべていたはず。あなたたちよりも、二つも年上ですけどね、と。
「そういえば、ドロシーが一番エレンさんと仲が良かったよね」
「そうよ。だって、私の隣の席だし。それに、その記事を書いたのも私だし」
そこでドロシーはお茶を一口飲む。そして、あっつっとか言う。ふーふーと湯気に息を吹きかけている。どこまでもマイペースなドロシー。
「そうか。この記事はドロシーが書いたのか」
「そうよ。私だから、エレンちゃんは引き受けてくれたのよ」
ふむ、とアレックスは腕を組んだ。
「ドロシー。君だからこそ頼みたいことがあるのだが」
「はい、なんでしょう?」
そこでドロシーはカップをテーブルの上に置いた。
「この留学生を、生徒会の方に引き入れて欲しい」
学院新聞の最新号を手にしている男子生徒がいる。ソファにゆったりと座り、目の前のテーブルには今にも消えそうな湯気が立っているカップが並んでいた。
「はい。二学年の特別クラスに入ってきました」
答えたのは、その向かい側に座る男子生徒。名前はサイモンという。この学院の生徒会副会長である。
「そうか。サイモンと同じクラスというわけだ」
新聞を片手にカップを口元に運ぶその男は、最終学年である生徒会長のアレックス。この学院では、卒業するまでその生徒会役員の任務を全うする。だから、卒業を約二月後に控えているアレックスがまだ生徒会長という役を担っていた。
「しかも。演劇部に入ったのか」
「はい、あのクリスが他の部員よりも演技力が高いと大絶賛していました」
「へえ。あのクリスがね」
「それから、あのプライドの高いジェイミでさえ、彼女の演技力を認め、自分の役を彼女に譲ったという話です」
その話を聞いたときはサイモンでさえ信じられなかった。ジェイミは演劇にかけては他のどの生徒よりも真面目に取り組んでいる。真面目に取り組んでいるからこそ、口調もきつくなるし、一つ一つの仕草も鋭くなっている。
「クリスとジェイミが認める留学生ね。その留学生の演技、見てみたいものだな」
「ジェイミが役を譲ったくらいですから。卒業公演には出るのではないでしょうかね」
「そのジェイミはどうしている?」
「ジェイミですか?」
少し思い出すために、視線を斜め右上にあげた。役を譲った彼女はあの部でどのような立場になったのか、思い出す。
「ああ、思い出しました。彼女は演劇の指導を担当していますよ。もともと演劇力も高い彼女だけれど、本当は指導の方をやりたかった、と言っていたそうです」
「なるほどね」
そこまで聞いて、アレックスはカップの中の液体を口に含んだ。
あのクリスにスカウトされ、あの我儘なジェイミから役を譲り受けた留学生。アレックスの興味を引くには十分な情報量だった。
「ねえ、サイモン」
そこでアレックスは学院新聞を半分に折って、パサリとテーブルの上に置いた。
「私もこの留学生と話がしてみたいな」
「会長?」
「だって、興味があるだろう? あのクリスもジェイミも一目置いているその留学生に」
「まあ、そうですが」
そこへガチャリと勢いよく生徒会室の扉が開いた。
「おつかれさまでーす」
一人の女子生徒が、元気な挨拶とともに入室してくる。
「あれ? 今日は会長とサイモンだけですか?」
「ドロシー。せめて扉を開ける前にはノックをしろよ」
「したよ。会長とサイモンが聞いていなかっただけではないんですか?」
ドロシーは新聞部の部長という立場でありながらも、生徒会の庶務の仕事も担っていた。庶務、つまりは雑用一般だ。大した仕事はないけれど、いないならいないで困るという縁の下の力持ち的なポジション。
最新号の新聞を発行したところであるため、今日は生徒会室の方に顔を出した。
「あ、会長。最新号を読んでくれたんですね」
ドロシーはテーブルの上のお菓子を一つつまみ、口の中へひょいと放り込んでから、サイモンの隣に座った。
「ドロシー。お茶は自分で準備するんだよ」
「え、サイモンが淹れてくれるんじゃないの?」
「淹れないよ、ほら、ゆったりする前に自分でお茶を淹れる」
早く立て、と言わんばかりにドロシーの背中をバンバンと叩いた。
「ひっどいなー、サイモン。暴力反対。セクハラ反対」
「暴力でもセクハラでもないよ。僕のドロシーに対する愛情表現」
このサイモンとドロシーは幼馴染らしい。他人から見たら過度のスキンシップのようにも見えるが、二人の間ではそうでもない。
ドロシーがカップ片手に、もう一度サイモンの隣に座る。アレックスの前に広げてあった新聞を覗き込むと、エレンの紹介記事が表にあった。
「会長。エレンちゃんと話したことあります?」
「エレンちゃん? ああ、留学生のことか。残念ながら無いな。君たちと同じクラスらしいな」
「そうですよ。エレンちゃん、とってもかわいいんですよ。いつもツインテールで赤いリボンをつけているんです。本当、同い年とは思えないくらいかわいいですよ」
ドロシーの言う同い年とは思えないというのは、大人っぽく見える方ではなく、子供っぽく見える方の同い年とは思えない、だろう。ここに本人がいたら、きっと引きつった笑いを浮かべていたはず。あなたたちよりも、二つも年上ですけどね、と。
「そういえば、ドロシーが一番エレンさんと仲が良かったよね」
「そうよ。だって、私の隣の席だし。それに、その記事を書いたのも私だし」
そこでドロシーはお茶を一口飲む。そして、あっつっとか言う。ふーふーと湯気に息を吹きかけている。どこまでもマイペースなドロシー。
「そうか。この記事はドロシーが書いたのか」
「そうよ。私だから、エレンちゃんは引き受けてくれたのよ」
ふむ、とアレックスは腕を組んだ。
「ドロシー。君だからこそ頼みたいことがあるのだが」
「はい、なんでしょう?」
そこでドロシーはカップをテーブルの上に置いた。
「この留学生を、生徒会の方に引き入れて欲しい」
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