2 / 24
2 人族を買う意味
しおりを挟む
職場から徒歩10分の場所にある飲み屋でマールと合流した。
その店は上階が宿になっていて、一階が食堂で、蜂蜜料理を出している。マスターは熊の獣人で、旅人が多い店内は、知人が寄り付かないという利点がある。
「お疲れ」
すでにカウンター席で蜂蜜酒を飲んでいるマールに隣の席を勧められ、座る。
ジャケットを脱ぎながら蜂蜜酒を注文し、マールの頼んでいるツマミに手を出した。
「話とは何だ?」
「早いな、少し落ち着いたらどうだ」
「いや、明日も仕事だし、早く帰って寝たいのだが?」
「ああ、まあ、そうか」
飽き飽きしてつまらなくとも仕事は仕事。遅刻などしたくはないし、毎日似たり寄ったりの弁当作りも欠かしたくはない。
「おまえ、俺のこと、同僚以上の友人と思ってくれるか?」
マールにしては真剣に、でも気恥ずかしそうに告げて来て、酒を飲み干す。
おかわりが私の注文と一緒に出て来て、乾杯から始める。
「まあ、おまえがどう思っているかは知らないが、私は獣人の中で数少ない、話し合いの出来る友人だと思っているが」
私がそう言うと、マールはホッとしたように笑んだ。
「俺は妻を愛しているが、獣人に無視されるたびに少しな、ほんの少し憤りとは別の虚しさを感じるんだ。でもおまえは違う。妻を慮り、俺を見下さない。それがどれだけ有難いか———」
「いや、普通だ」
普通であることが当然であって欲しい。だがそうでないことは分かっている。
「普通と言えるおまえと友人として飲める。本当に助けられているんだ」
「わかった。もう良い。それで? 話に入れよ」
酔っ払いの感情吐露にいつまでも付き合ってはいられない。
「ああ、そうだった。おまえ、一応はまだ貴族の肩書は持っているんだろ?」
「身分が必要になる話か?」
そういうのは嫌だと席を立とうとしたら、腕を掴まれて引き止められた。
「俺はミルルくんを……リスの孤児院の子だ。あの子を引き取ろうと思う」
「ああ、そうか。それはすごいな」
金か? と内心で思う。
「だがあの子は身受けを断って来た」
「それはまあ、その子にもいろいろ考えがあるのだろう」
「そうだ」
椅子に座り直されて、手に酒を持たされる。仕方なく残りの酒を飲み干した。
「おまえ、人族の子の身受けをしてくれないか?」
人族の子?
苦い過去が頭をよぎる。
「なぜ私がそんなことを」
「おまえなら人族の子を引き取っても、醜い扱いをしたりしないだろ?」
そう言ったマールは表情を歪め、落ち込んだ。
「庶民の俺では人族を買う金も身分もない。ミルルくんを引き取ったところで、必ず幸せに出来るとは言えない」
そう言って言葉を切ったマールは、思い直したように顔を上げ、強い眼差しで私の目を見る。
「お願いだアレス。形だけで良いんだ。彼らを救ってはくれないか」
とても強い言葉に、一瞬怯んだ。
人族を買う。
それは父の愚行を思い起こさせ、私の不甲斐なさを思い出す。それは何年経っても重く胸に燻り続けている。
「買ってどうする。リスの子はまあ良い。働き先も見つかるだろうし、先の結婚も望めるだろうから、いつかは手を離れる。だが人族はどうだ。女性であれば奥方のようにパートナーが見つかれば良いが——」
「……男だよ」
人族の扱いは物と同じだと言っても良い。マールの奥方は特別だ。マールが奥方を愛している。それは奇跡だ。世の人族と婚姻する男は、愛で婚姻をしない。気まぐれ、産みの道具、どう扱っても許される。なにせ家に囲って一歩も出さないのが通常のやり方で、首輪を付けて鎖で繋いでいるという話も聞いたことがある。
それが男となればもっと酷い。
「やめておいた方が良い」
私が全ての言葉を飲み込んで、それだけを伝えたが、マールはまだ諦めが付かないという表情だ。
「悪いが、おまえの未来に影を落とす存在を買うことなどできない。奥方を大切にしてくれ」
飲んだ酒以上の金額をカウンターに置いて、席を立ち、マールの視線を振り切って、店を出た。
その店は上階が宿になっていて、一階が食堂で、蜂蜜料理を出している。マスターは熊の獣人で、旅人が多い店内は、知人が寄り付かないという利点がある。
「お疲れ」
すでにカウンター席で蜂蜜酒を飲んでいるマールに隣の席を勧められ、座る。
ジャケットを脱ぎながら蜂蜜酒を注文し、マールの頼んでいるツマミに手を出した。
「話とは何だ?」
「早いな、少し落ち着いたらどうだ」
「いや、明日も仕事だし、早く帰って寝たいのだが?」
「ああ、まあ、そうか」
飽き飽きしてつまらなくとも仕事は仕事。遅刻などしたくはないし、毎日似たり寄ったりの弁当作りも欠かしたくはない。
「おまえ、俺のこと、同僚以上の友人と思ってくれるか?」
マールにしては真剣に、でも気恥ずかしそうに告げて来て、酒を飲み干す。
おかわりが私の注文と一緒に出て来て、乾杯から始める。
「まあ、おまえがどう思っているかは知らないが、私は獣人の中で数少ない、話し合いの出来る友人だと思っているが」
私がそう言うと、マールはホッとしたように笑んだ。
「俺は妻を愛しているが、獣人に無視されるたびに少しな、ほんの少し憤りとは別の虚しさを感じるんだ。でもおまえは違う。妻を慮り、俺を見下さない。それがどれだけ有難いか———」
「いや、普通だ」
普通であることが当然であって欲しい。だがそうでないことは分かっている。
「普通と言えるおまえと友人として飲める。本当に助けられているんだ」
「わかった。もう良い。それで? 話に入れよ」
酔っ払いの感情吐露にいつまでも付き合ってはいられない。
「ああ、そうだった。おまえ、一応はまだ貴族の肩書は持っているんだろ?」
「身分が必要になる話か?」
そういうのは嫌だと席を立とうとしたら、腕を掴まれて引き止められた。
「俺はミルルくんを……リスの孤児院の子だ。あの子を引き取ろうと思う」
「ああ、そうか。それはすごいな」
金か? と内心で思う。
「だがあの子は身受けを断って来た」
「それはまあ、その子にもいろいろ考えがあるのだろう」
「そうだ」
椅子に座り直されて、手に酒を持たされる。仕方なく残りの酒を飲み干した。
「おまえ、人族の子の身受けをしてくれないか?」
人族の子?
苦い過去が頭をよぎる。
「なぜ私がそんなことを」
「おまえなら人族の子を引き取っても、醜い扱いをしたりしないだろ?」
そう言ったマールは表情を歪め、落ち込んだ。
「庶民の俺では人族を買う金も身分もない。ミルルくんを引き取ったところで、必ず幸せに出来るとは言えない」
そう言って言葉を切ったマールは、思い直したように顔を上げ、強い眼差しで私の目を見る。
「お願いだアレス。形だけで良いんだ。彼らを救ってはくれないか」
とても強い言葉に、一瞬怯んだ。
人族を買う。
それは父の愚行を思い起こさせ、私の不甲斐なさを思い出す。それは何年経っても重く胸に燻り続けている。
「買ってどうする。リスの子はまあ良い。働き先も見つかるだろうし、先の結婚も望めるだろうから、いつかは手を離れる。だが人族はどうだ。女性であれば奥方のようにパートナーが見つかれば良いが——」
「……男だよ」
人族の扱いは物と同じだと言っても良い。マールの奥方は特別だ。マールが奥方を愛している。それは奇跡だ。世の人族と婚姻する男は、愛で婚姻をしない。気まぐれ、産みの道具、どう扱っても許される。なにせ家に囲って一歩も出さないのが通常のやり方で、首輪を付けて鎖で繋いでいるという話も聞いたことがある。
それが男となればもっと酷い。
「やめておいた方が良い」
私が全ての言葉を飲み込んで、それだけを伝えたが、マールはまだ諦めが付かないという表情だ。
「悪いが、おまえの未来に影を落とす存在を買うことなどできない。奥方を大切にしてくれ」
飲んだ酒以上の金額をカウンターに置いて、席を立ち、マールの視線を振り切って、店を出た。
11
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる