レアロス国の神子 〜転生したら美形な神子の弟でした〜

サクラギ

文字の大きさ
9 / 43

9 絶望

しおりを挟む
 目を覚ましたら、御伽の国の世界で、一瞬、我を忘れてぼんやりした。

 白く清潔な寝具の中に寝かされている。上に見えるのは天蓋付きのベッドの上部で、白に金で小鳥が描かれている。開け放たれた両開きの窓から、白と緑色のカーテンを揺らす風が入って来る。風は緑と花の香り、土の香りを運んで来て、遠くから小鳥の囀りが聞こえて来る。

 それは暖かな幸せの風景で、ティアは頬に涙が流れているのを知る。

 悲しい。
 幸せが悲しい。

「気づいたか」

 窓とは反対側のドアからアシュが入って来る。とても申し訳ない気持ちになった。

「ごめんなさい……ごめん、なさい」

 苦しい。
 この人に兄をと望んでいたのに、壊してしまった。

「おまえだけでも無事で良かった。もう考えるな、あれもおまえの幸せを望んでいた。俺はその手伝いをさせてもらっている。もうそれで良い」

 無理だと思う。兄はティアを捨て置いた償いとして、ティアを側に置いた。なのにティアは兄に何の償いもできない。

「兄さまを、取り戻すことはできませんか? せめて安らかに眠らせてあげることは……」

 ティアが泣きながら訴えると、アシュはベッドに座り、ティアの涙を拭った。

「例えば、おまえが俺の地位にあったとしよう。それでも彼の国に攻め込むのは難しい。彼の国は特殊だ。たとえ暗躍し、兄の体を盗もうとしても、あるのは王城の奥深くだ。逆に捕らえられる。意味はない」

 ティアの涙は止まらない。声を上げずに泣く姿は、いっそう辛く映る。

「妖精族に言わせれば、人の全ては魂だ。兄の魂は浄化され、すでに神世に送られている。忘れろ。誰もおまえを咎めはしない」

 ティアは頷き、目を閉じた。
 心が現実を拒んでいる。それは仕方のないことだった。


◇◇◇


 ティアは時折、目を覚まし、侍女に水を与えられ、涙を流して、また眠る。それをひと月続けた。

 栄養は魔術を取り込んだ液体を体に流すことで補っていたが、元々痩せていた体はさらに細り、貧相になった。

 アシュはいっそ記憶を消してやろうかとティアに問うたが、ティアは頑なにそれを拒んだ。

 ひと月後、目を覚ましたティアは、鏡を見て絶望を感じた。

「以前の姿は魔術でも掛けられていたのか?」

 アシュは絶望するティアを見て、そう言った。

 ティアの容姿が変わっている。兄と似た白銀の髪と薄い青色の瞳へ。ただ美しさはない。痩せて貧相な骸骨のような姿だ。

「……わかりません。でも兄弟です。同じ方が通常なのかもしれません」

 黒髪黒目は珍しい。獣人と鬼人にはいるが、人はティア以外見たことがない。だからティアが鬼か悪魔かと疑われた。

「体が元に戻れば、おまえも美しくなるのだろうな」

「いいえ、兄は特別な人でした。あんな心も姿も美しい存在にはなれません。……髪を切っても良いですか?」

 以前は肩ほどしか無かった髪が、なぜか背中まで伸びている。たったひと月で。その長さは兄を思わせ、ティアを苦しめる。忘れるのか? 忘れるなと、問い詰められているようで、苦しい。

「好きにすれば良い。後ほど従者を呼ぼう」

「ありがとうございます。もう一つお願いがあります。僕をアシュ様の側から離れさせてもらえませんか? 僕の存在がアシュ様を悲しませていますよね。それが辛いです」

 アシュは兄を側に置きたかった。だから義務とはいえ7日置きに神殿に通っていた。兄を手にする為に、ティアに施しをくれた。

「俺から全てを奪うのか?」

 アシュの声は苦しそうで、ティアは思わずアシュを見上げた。美しい青い瞳がティアを見ている。揺れる瞳が辛そうに見える。

「でも、でも僕はお荷物でしかない」

 逞しい腕に抱きすくめられ、頬に触れる胸の温もりが、懐かしいと思った。

「苦しいです、アシュ様」

 立つのも辛いくらい、体力が落ちている。アシュの足元にペタンと座り込んで、笑いが浮かんだ。

「本当にお荷物ですね。これでは出て行くことも叶いませんね。すみません、わがままを言いました。もう少し、体力が戻るまで、ここに置いてください。お願いします」

 アシュのズボンに手を触れさせ、その足元に口付けをしようとして、拒まれた。

 ティアはガッカリした。庶民の何の地位も名誉もないただの子どもが、国の軍隊長位にある貴族に、お願いをするには乞わなければならない。足先への口付けがそれにあたる。

「そんなことをする必要はない」

「では、この体が元に戻ったら、伽にお呼びください」

 ティアが対価を支払うには、体しかない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...