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第一の世界
歌声と涙ー2
しおりを挟むパールの言葉に思わず声が出なくなる
ーー本当にパールなのよね?
湧き上がる疑念に槍を納められずにいると静かにナルザルクが問いかけた
「お前、パールじゃないな?」
その言葉に槍を構えると青年は小さく「パール……」と呟き考える素振りを見せる。
ラクナザス様を見ると真剣な表情をしてパールを見つめていたがやがて口を開いた。
「初めまして。私はラクナザス。貴方が今抱いている女性の味方です。以前、一度だけお会いした事があるかもしれないのですが覚えておられないでしょうか」
そう言うと青年と目線を合わせる様に屈み「思い出してみて下さい」と言った。
青年はじっとラクナザス様の顔を見ていたが少しはっとした表情になった。
それを見たラクナザス様は「一先ず座りましょうか」と言った。レイチェルは気を失ったままなので床にラクナザス様とナルザルクの上着を敷き、その上で寝かそうと言う話になったがふとパールが持ってきた荷物を思い出した。
中を見てみると簡易食料や水がぎっしり入っている他にタオルやブランケットの様な物も出てきた。流石はパールだと思いながらそれを床に敷いてレイチェルを寝かせ、私達も軽く食事をする事にする。
簡易食料を食べながら聞いたパールらしき青年の話は余り脈絡を得ない物だった。
その中でわかった事は
・自分は誰だかわからない
・目の前の彼女がとても大切な人で、守れなかった後悔がとても大きい事ははっきりとわかる
・ラクナザス様の事はぼんやりと見た事がある気がする
・私とラクナザス様の髪の色に違和感がある
と言う物だった。
ーー全然何もわからないわね
何故か気が付いたらドアの前だったらしい。そして部屋の中に自分のずっと求めていた『彼女』がいるという確信があり、その姿を見ると周りは何も見えなくなっていたらしい。
食料面での心配は無くなったが別の心配が出てきた。思わず頭痛がする。
「そういえばラクナザス様、どうしてこの状態のパールを見て『会った事がある』と言えたのですか?」
そう聞くとラクナザスは少し笑った
「まあ、勘なんだけどね」
「勘、ですか」
「前に一度この姿のパールに会ったんだ。レイチェルの部屋で。その時パールはしっかりと自我を持っていていつものパールだったよ」
ーー今さらりと仰ったけど、レイチェルの部屋に普段から普通に通っておられたのかしら
今聞いても更に頭が痛くなるだけな気がするので一先ず流すが後々聞いておかねばなら無さそうだ
「初めて会った時、この青年パールはレイチェルを抱きしめていてね。思わず私も槍を出してしまったんだ」
ラクナザス様の言葉に私だけではなく正面にいるナルザルクも絶句している。やはりラクナザス様はレイチェルに恋情をお持ちなのだろうか
「そこで見たパールの瞳の奥にね、気のせいかもしれないけどパールとは別の人格が見えた気がしたんだ」
気のせいかもしれないと言いながらラクナザス様はどこか確信を得ている様に見えた。
「その後いつものパールに戻った彼女に『悋気か』と聞かれたんだけどね。私には青年の姿のパールの方が私に悋気を起こしている様に感じたんだよ」
「これも全部勘だ」と言って笑うラクナザス様が私にはどうにも不自然に見えた。
普通そんな所まで気がつくだろうか。真珠が自我を持ち動き出す。そして様々な姿に擬態する。そんな普通ではない状況なのにラクナザス様はただレイチェルと、レイチェルへ向けられる感情を見ている。それが私には少し恐ろしく感じた。
「ラクナザス様。失礼を承知でお伺いします。貴方がレイチェルへ向ける感情は一体何なのでしょう」
するのラクナザス様は怒るどころかにこやかな笑顔で答えてくれた
「それがね。わからないんだよ。自分でも不思議なんだ。初めは恋かとも思った。でも恋なんて言葉では言い表せない感情が自分の中で大きく育ってしまって、これが何なのかもわからないまま大事に抱えているんだ。」
そう言ってラクナザス様は眉を下げた
「恥ずかしい話だけど私は今まで人を恋情と言う意味で好きになった事が無くてね。これが恋なのか、もしくは別の物なのか見分けが付かないんだよ。
でも、自分が自分で無くなる様なこんなに強い感情を持つのはレイチェルに対してだけだ。家族にだって向けた事がない感情なんだよ。
これが聖なる巫女かもしれない彼女への忠誠心なのか、独占欲なのかはわからないけど、とにかく自分では何か検討もつかない。彼女の事を守るのは自分でなければという気持ちははっきりとしているから、やっぱり独占欲なのかな?
結局何かわからないね。けどきっと今の私は普通では無いのだろうね」
私の表情を読み取ったのだろう。少し気不味い気持ちになるがラクナザス様は軽く笑って気にしていない様だった。
するとそれまで黙っていた男性パールがゆっくりと口を開いた。
「それが『愛』という物、なんだろうか」
そう言ってパールは立ち上がり、眠っているレイチェルの側で屈むと彼女の頬をひと撫でした。
その姿が余りにも愛おしそうで、ラクナザス様には悪いが何だか恋人同士の様にも見えた。
「ありがとう。次は、間違えない」
そう言って立ち上がるとパールは私の前まで歩いてきて握った手を差し出してきた。
思わず手を差し出すとその上に何か乗せられる。見てみると華奢な作りのペンダントチェーンが乗せられていたが肝心のペンダントトップが付いていない。
「レイチェルが起きたらこれを渡して。それから『愛してる』って伝えて」
パールはそう言って微笑むと「そろそろパールが起きそうな気がするよ」と言って静かに椅子へ座り目を閉じた。
どういう事かと思いパールへと近づく。
「パール?」
私が呼びかけるとカッと目を見開き勢いよく立ち上がったパールは「レイチェル!」と言いながら辺りを見渡した。立ち上がると同時に髪の短い女性の姿になったパールは横たわるレイチェルを見付けると私達には見向きもせずに彼女へと駆け寄った。
「レイチェル……?」
心配そうにレイチェルを覗き込むパールに声をかけたのはナルザルクだった
「多分気を失っているだけだ」
すると今初めて私達に気が付いた様子のパールはゆっくりと振り返り「何がどうなっているの?」と言った。
どちらかと言えばそれはこちらの台詞なのだが、どう考えても先程の青年と今のパールは別人格だ。
「説明する前に1つ確認させてくれ。お前は誰だ」
ナルザルクの問いに心底理解出来ないと言う顔をしながら「パールよ」と答えたのは、間違いなく彼女だった。
それから先程までの事を説明する。するとパールは自分の両手を見つめ、確かめるように握ったり開いたりを何度か繰り返した後また青年の姿になりラクナザス様に向かい合った
「今『彼』は見える?」
そう言って真っ直ぐにラクナザス様を見つめるがラクナザス様は首を振り「いや」と言った。
それを聞いたパールは少し溜息を吐くと静かに話し出した。
私達の食料を調達する為に部屋を出たパールはまず学園内の様子を確認する事にしたらしい。思ったよりも混乱は起きていないが私達が自由に歩くには危険な状況だとの判断だった。
次に私達全員の部屋の周りや理事長室をこっそりと見に行くと過激派の者達が大勢待ち構えていた。なので食堂や街の方に少し足を伸ばしがてら様子を見てきた。
街の方は学園での騒動は伝わっていない様子で特にいつもと変わらなかったので買い出しをして引き返してきたらしい。
「そしてここへ戻って来る途中、何かレイチェルに異変が起きている気がしたの」
そしてこの部屋の前辺りから先程までの記憶が無いらしい。
全員が黙り込み沈黙が訪れる。何故か少し居心地が悪い。
「とりあえず……貴方達は少し休んで。私は特に休まなくても大丈夫だから」
そう言うパールのお言葉に甘えて休む事になった。レイチェルの隣で横になる。
「絶対に守ってあげるからね」
そう呟いて目を瞑った。
目を覚ますと私意外の全員が起きていた。
「レイチェル!」
飛び起きて彼女に異変がないか確認する
「サルティナごめんね。心配かけてしまったわね」
そう言ってレイチェルは申し訳無さそうに落ち込んでいたがそもそもレイチェルに歌ってほしいと強請ったのは私達だ。レイチェルは悪くない。そう言うとレイチェルは少し困った様な顔で笑っていた。
私が眠っている間にナルザルクと見張りを交代したパールはまた外の様子を見て来てくれたらしい。相変わらず私達の部屋の周りに過激派らしき者達がいるので部屋に戻るのは難しいがパールが学園を動く分には問題ないと言っていた。
部屋に戻れない、と聞いた時のレイチェルはどこか少し残念そうに「そう……」と言っていた。
ーー部屋に何か大切な物があったのかしら
何となく聞けないまま一旦話は終わった。
そしてレイチェルがパール達と話し出したのを見ながらナルザルクがレイチェルが覚えている今回の件について聞かせてくれた。
ナルザルクとの会話が終わってからレイチェルを見るとどこかぼうっとしていた。私はレイチェルにこれだけは伝えたいと思い近づき口を開く。
「元の世界がどうであれ、私はレイチェルの見た目も中身も大好きよ」
その時のレイチェルの驚いた後の嬉しそうな顔をきっと私は一生忘れないだろう。
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