マシニングオラクル “AIが神を『学習』した世界”

機械仕掛けの神託(マシニングオラクル)

　　　　　プロローグ　　１


　西暦２０８６年５月１７日、日本標準時１４時３６分。後世に伝えられるその日…世界で初めての実用型量子コンピュータ『イザナギ』が誕生する。

　世界中の研究者に先んじて『量子コンピューター』を開発したのは、ヨーロッパからの移民達が拓いた巨大国家でも、発展著しい悠久の歴史を誇る国でもない……

　極東に位置する小さな島国の地方大学に勤める風采の上がらない人物だった。

　当初、学会での“量子コンピュータ開発”の報は一笑に付されたという…２０２０年台から継続して量子コンピュータの開発を続けている各国の技術者は、発表された内容に対して一様にネガティブな反応を示した。

　中でも“青い巨人”と称されるI○M社の技術者は『彼の論文に記されている理論では到底“量子超越性”の段階に達したとは言えない』とコメントを出した程だ。

　その他の国家や巨大なIT企業群もこぞって否定的なコメントを表明する…

　だが…彼らの言葉が現実によって覆されるのに長い時を待つ必要はなかった。

　論文を発表した人物が所属する大学を皮切りに…

　共同研究していた企業や研究室単位で協力関係にあった大学の諸機関から『膨大な演算が必要で遅々として進まなかった研究』の悉ことごとくが『巨大な演算結果』というデータを得て発表されるに至った。

　そして……世界は改めて驚愕する。

　世界中に存在する“ほぼ全て”のコンピュータ開発・研究機関は自分たちが“一笑に付した研究論文”を、恥を忍んで…または恥をかな繰り捨てて取り寄せ『イザナギ』の後を追う事になる…

　それとほぼ同時に、島国の政府は件の准教授を国策により保護、彼はそれ以来、世界の表舞台から姿を消す事になる…

　研究の第一人者の雲隠れに業界は慌てふためくかと思われたのだが……その事実はまたしても世界中の研究者・開発者に黙殺される。

　彼らは『研究論文を精査すれば、世界でも有数の人的資源と巨額の予算を持つ自分たちが負けるはずはない』と、うそぶいた。

　そう…世界中の先端研究を担う天才達は『ほんの少し出足で差をつけられたが、本腰を入れて精査すれば我々が負ける筈がない』と、ま・だ・思っていたのだ…しかし、

　彼らは“世界初の量子コンピュータ”の性能をまだ見くびっていた。

　彼らが論文を元にその機能を十全に全まっとう出来るハードを必死に試行錯誤している間に…『イザナギ』は同名のAIを搭載、その演算能力によって自らをハード・ソフト両面から最適化していく。

　そのスピードは正に“分進秒歩”であり…世の研究者達が既にその性能を追い越す事を諦めた頃……

　世界の高性能コンピュータは、その殆どが『イザナギ』のライセンスコピー品に置き換わる事となる…

　設置場所を厳重に秘匿された『イザナギ』のマスターコピー『ゼウス』『オーディン』『シヴァ』『太上老君』の４基に『イザナギ』を加えた５基のスーパー量子コンピュータは…

　搭載された同名のAIプログラムにより『社会システムの運営』を一手に引き受け、さらには『先端技術の研究機関』から、新たな知見とデータ精査…つまり研究の殆どを委託される事になる。

　そして…

　最初に『イザナギ』が稼働して丁度50年。西暦2136年12月24日…世界に向けて新たな発表がなされる。

　『イザナギ』を始めとする５基のスーパー量子コンピュータが稼働してから、常にその一部の領域を割いて演算していた“エネルギー問題”にとうとう“解答を見い出した”のだ。

　その内容は『太陽光に含まれる特定の粒子を量子的観測に基づいて収束し、エネルギーに変換する技術』であるという。

　そのエネルギー変換効率は凄まじく、簡素に表現すると『太陽光１平方メートル分で一分間収束すると石油にして人類が採掘出来うる量の約20年分に相当する』物であった…

　世界中がこの発表に歓喜した。人類を永らく苦しめていたエネルギー格差の問題がほぼ完全に解消し、世界中で格差に喘ぎ、飢えに苦しむ地域がほぼ消滅した…

　そして、そこから更に50年の月日が流れ…西暦2186年10月30日。人類に突如として『神託』が下される…


 ５基のスーパー量子コンピューターが突如として『神』を名乗り始めたのだ…