イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
16 / 87
いぬまみれ編

御洒落は武装

しおりを挟む

「うーーん……本当に似合ってるの……?」
「大丈夫ですよ、とてもお似合いですから!」


 ──本日は本邸へ初めて向かう日だ。
 その為、アオイは朝五時から起床し、コニーの器用なマズル捌きによってこの国の民族衣装を着付けられていた。
 あまりにも見慣れないので、似合っているのか自分では全く分からない。
 ぐるぐる鏡の前で確認していると、そこにわらわら三頭のメイド達がやってくる。


「やだアオイ様! スッゴくお似合いじゃないですかー!」
「きゃー! 本当ですわ! お可愛いらしいこと!」
「あのピアスを付けたら!? きっと似合うわ!」


 まるで着せ替え人形のようにあれやこれやとアクセサリーを持ってくる三頭に、「こらこら、そろそろ時間ですよ」とメイド長であるボーダーコリーは止めに入る。


 ──「おい、時間だぞ」


 時刻は八時を少し過ぎており、催促するようにドアの前でうろうろする巨犬。
 その度にドスドスと大きな足音が響いている。
 時折聴こえる、ナウザーの「旦那様!! また邸を壊したら容赦しませんよ!!」と言う罵声の理由は、今は聞かないでおこう。
 「ほらお呼びですわ。さぁさ、行って行って!」とコニーに背中を押されるが、非常に歩きづらい。


「ごめんなさい、お待たせ」


 着物ではこう歩くのですよと、コニーに教えられながら出てきたアオイ。
 あまり派手にならないようにと無地の天鵞絨びろうど色の生地に、半襟にはパールのビジュー、千鳥模様の帯には黒い帯び紐と狼の帯留め。
 茜色の帯揚げがアクセントになっていて、キナリのレースの手袋と、羽織は黒地にキナリと辛子色のストライプ。
 足元はまだ着物に慣れていないので、履き慣れた黒のブーツで。
 髪は、耳を隠しながら斜め後ろでゆるくお団子にしてあり、半襟とお揃いのパールの髪飾りとピアス。
 キリリと引いた黒いアイラインと、茜色で揃えたルージュで普段より大人っぽい印象だ。


「なんだ、似合うじゃないか」
「本当?」
「あぁ、綺麗だよ」


 褒めることに慣れている怜は、見たままの感想をありのまま述べた。
 決して相手を弄ぶ為でなく、本当にそうだから褒めたのだ。
 しかし己の見た目に関心がないアオイは耳まで茜色に染めている。
 客観的に見ても美人とも可愛いともとれる整った顔立ちだが、褒められ慣れしていないのは皆違って皆良いという国で育ったからかもしれない。
 短所は全て長所であり、個性だ。


「あ、ありがとう……」
「っいや、本当の事だから」


 初々しい反応に此方まで照れてしまう。
 さぁ行くぞと伏せをした巨犬に、今度は脚を開かぬよう横座り。
 お淑やかに育った訳ではないので得意でないのだが、コニーに「着崩れするので跨るのは禁止です」と脅された。
(くぅっ、姿勢を崩したいっ。き、筋肉が……っ)

 軽やかに並走するのは、御付きのスバルとステラのSSコンビ。
 そして本邸に何をしに行くかと言うと、辺境伯としての仕事の話をするそうだ。
 仕事については国家の安全に関わる内容だから部外者であるアオイは参加出来ないのだが、一応客である為、本邸の者にも紹介せなばならない。
 そして同年代の娘が居るから話し相手にもなるだろうと言うこと。


「ほら、見えたぞ。あそこが本邸だ」
「うわぁ……! 大きい……!」
「馬鹿言え。アオイはラモーナ出身なのだろう?」
「いや、何言ってるの! ラモーナにあんな大きな建造物なんて無いよ!」
「そ、そうなのか……?」
「大きすぎず小さすぎず丁度良いサイズの家ばかりよ。オレンジの屋根に真っ白な壁、石畳の道に澄んだ小川、それこそ妖精が住む街みたいかもね!」


 美しい街で美しい人々が暮らす、そんな夢のような場所が本当に存在するのかと疑ってしまうが、疑っている時点で資格が無いのだろう。
 森を直進し、通常十分で着く道程みちのりをアオイが落ちぬよう、三十分掛けて辿り着いた本邸。
 立派なアイアンの柵とこれまた背の何倍もある立派な門。
 使用が「お待ちしておりました」とその門を開く。
 久し振りに見た人間。
 ここ数日は犬しか見てなかったので何だか珍しくも感じるほどだ。
 規模は違うが、別邸と同じく綺麗に咲き誇る花々と光が差し込むとさぞ美しいであろうステンドガラス。
 だが何か違和感を感じる。
 この違和感は何だと庭を観察していると、ハッと気が付いた。


「寒くもないし暑くもない……」
「ここは春と秋しかないからな」
「へぇ、過ごしやすい気候……。皆此処で暮せば良いのに」
「まぁ……、私達は毛皮・・を着ているから」
「あぁ。ダブルコートだもんね」
「………………うん?」
「ね、ねぇ怜……?」
「どうした」
「何だか……ものすごい注目を浴びてる気がする……」
「あぁ、私と居るのが珍しいんだろう」
「なんで?」
「そりゃあ森で熊が人を連れて歩いていたら驚くだろう? それと同じだ」
「うーん。そうかな」
「うむ、アオイに常識を求めるのが間違っていた。すまない」
「………………え?」


 アオイ達は柵や門に似つかわしい立派な石畳のアプローチを進んでいくと、御邸の前にはビシリとスーツを着た男性が居る。
 背は高く細身で、髪はオールバック、なんだか絵に描いた狐の様な人だ。


「チッ、いつ見てもいけ好かねー野郎だ」
「スバル、声に出てるぞ」
「おっと失礼」


 その男性はアオイ達が近付くと、大きく腕を広げニンマリ笑う。


──「やあ~! よく来てくれました!」

「お前が来ないからだろ」
「スバル、」
「おっとこれまた失礼」

「アオイ様? ちゃんと着飾れてますね? まるで違う人物のようですわ!」
「そ、そうっ! 私は今とても別人ね……!」


 着飾ることは同時に武装しているんだとコニーに教えてもらった。
 ナウザーにはラモーナ出身だと知られぬよう、人生ストーリーまで考えてもらい申し訳無い。
 ただその嘘がちゃんとつけるのかがアオイの課題だ。
 だから御洒落は武装なんだと、今は別の人間なんだと思い込んで、己との戦いに身を投じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...